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◇小品 なおの写真③引出しの奥

【暁輝視点/第一楽章 秋ごろ】  放課後の練習室。  その日はパートごとの自主練習に充てられていた。  窓際にはヴァイオリン、奥の壁際にはチェロ。  部屋の中には、各々がばらばらに音をさらう弦の響きが、不規則な地層のように積み重なっている。  七音はパイプ椅子に深く腰かけ、チェロを抱えていた。  弓をゆっくりと、端から端まで使うように引く。  基礎練習。長いボウイングで、一定のテンポを保ちながら音を伸ばしていく。  地味で、けれど最も精神を使う作業。その動きに合わせて、七音の身体がわずかに、規則正しく揺れていた。  少し離れた椅子に、暁輝が座っていた。  ヴァイオリンを膝に置いたまま、彼はまだ一度も弦を弾いていない。本当は自分も課題曲をさらうつもりだったのだが、隣で七音が音を出した瞬間、抗いようもなく意識を奪われてしまった。  七音の弓が、静かに、執拗に動く。  呼吸に合わせて、制服の肩がわずかに上下する。  目は譜面を追っているはずだが、時折、遠くの景色でも見ているかのように細められる。  集中している顔だった。  普段、自分と話している時の七音とは決定的に違う。  静かで、まっすぐで、余計な夾雑物が何一つ存在しない表情。  暁輝は、無意識のうちにポケットからスマホを取り出していた。  そっとレンズを向ける。シャッター音は消してある。  画面の四角い枠に収まった、チェロを弾く七音。  西日の差し込む窓から光が横ざまに当たり、弓が弦の上を滑る刹那が、銀色の糸のように浮き上がった。  暁輝は何枚か、吸い込まれるようにシャッターを切った。  七音は気づかない。音の芯を探し当てることに、全神経を注ぎ込んでいる。  不意に、弓が止まった。  七音が、ふっと憑き物が落ちたように顔を上げた。  その瞬間、暁輝は反射的にスマホを下ろす。   「先輩?」  七音が、不思議そうにこちらを覗き込んできた。 「ん?」 「弾かないんですか」 「今から」  暁輝は何事もなかったような顔でスマホをポケットの奥にしまい、ヴァイオリンを肩に乗せた。  七音も、疑うことなくチェロを構え直す。  ふと、視線がぶつかった。 「やる?」 「やりましょう」  暁輝のヴァイオリンが先んじて空気を震わせる。  高く鋭い旋律。  その下で、七音のチェロが、待っていましたと言わんばかりに深く鳴った。  音が重なり、練習室の空気が一気に密度を増す。  弓を動かしながら、暁輝の脳裏には、さっきのレンズ越しの残像が張り付いて離れなかった。 (さっきの顔)  ――あれは、いい顔だった。    ◇    その日の夜。  暁輝はベッドに寝転び、天井にスマホをかざしながら、保存された写真を見返していた。  画面の中には、チェロを弾く七音。  少し俯いた顔のライン。  弓を引く、しなやかな腕。  射抜くような真剣な目。  しばらく無言で眺めてから、暁輝は独り言のように小さく笑った。 「いいじゃん」  その写真は、部活のメッセージグループに流すことも、誰かに自慢することもない。  ただ暁輝のスマホの奥深くに、彼だけの秘められた記録として、静かに残された。

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