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◇小品 策略の円卓
大学に入学した八神暁輝は、それはもう、嫌になるほど目立った。
頭ひとつ抜けた長身に、華やかに整った顔立ち。
国立大理系学部の素朴 な男子たちの中で、洗練されたオーラを放つ暁輝は、そこだけスポットライトが当たっているかのようだった。
結果として、暁輝は大学中の女子から「ロックオン」されることになった。
ある日。
仲良くなった先輩に「飯行こうぜ」と誘われ、暁輝がのこのこと付いていくと――。
そこには、気合の入った女子が五人、ずらりと並んでいた。
すなわち、合コンである。
暁輝は一瞬だけ目を丸くし、隣の先輩をじろりと睨んだ。
「……なんですか、これ」
「すまん! 去年のミスキャンパスの美咲ちゃんがさ、八神が来るなら行くって言うからさあ」
奢るから許して!と調子よく言い残し、先輩は女子の輪へとダイブしていった。
暁輝は深い深いため息をつく。
(……まあいい。食うもんだけ食って帰ろう)
先輩が女の子たちにあしらわれるのを横目に、暁輝は遠慮なく、単価の高い料理を次々と注文した。
目の前には、清楚な印象の女子が座っている。
指先まで手入れが行き届いた彼女は、潤んだ瞳で暁輝をじっと見つめていた。
女の子と話すのは、嫌いじゃない。
自分の出方一つで相手の反応がコロコロ変わるのは、ゲームみたいで楽しかったから。
昔の自分なら、この状況を楽しんでいただろう。
けれど今は、欠片ほどの興味も湧かなかった。
暁輝は「他所行き」の完璧な笑みを貼り付け、飛び交う会話にそつなく相槌を打った。
参加している女性陣は、表面上は平然を装いつつも、全員が暁輝の一挙手一投足に神経を尖らせていた。
彼女たちにとって、これはようやく掴み取った千載一遇のチャンス。
心の目はもはや血走っている。
ちなみに、暁輝が優雅な所作でとんでもない量を平らげていることに、彼の見てくれに夢中な彼女たちは誰も気づかなかった。
会の中盤、暁輝のスマホが震えた。
「すみません、ちょっと失礼します」
暁輝が席を立つ。
女子たちは見逃さない。
無言で頷き合うと、アクティブな一人がこっそり後を追った。
店の外。
夜風に当たりながら、暁輝は通話ボタンを押した。
「……なお?どしたー?」
その瞬間、声の温度が劇的に変わった。
さっきまでの、あの丁寧だが壁を感じる「他所行き」ではない。
甘ったるく、とろけるような響き。
「今ね、 大学の知り合いと飯。え、いいって。なおが一番優先に決まってんじゃん」
暁輝の口元に、見たこともないような柔らかな笑みが浮かぶ。
「寂しくなったの? ……ふ、素直だな。俺もだよ。早く会いたい」
最後には、「大好きだよ」とまで囁いている。
盗み聞きしていた女子は、戦慄して席に戻った。
「どうだった!?」
「……確定。女がいる。しかも、相当ヤバい」
女子たちの間に、小さな悲鳴と絶望が広がった。
「まあ、あの感じでフリーなわけないよね……」
「はい、あたしショックで死にます」
嘆きが渦巻く中、一人の女子が力強く宣言した。
「彼女がいようが、私は諦めない。ワンチャンを狙うのみ」
昨年度ミスキャンパス優勝者、美咲である。
清楚な皮を被った、生粋の肉食獣だった。
暁輝が席に戻るなり、荷物を手にした。
「すみません。用事ができたので、俺帰ります」
女子一同が「ええ〜っ!」とブーイングを浴びせる中、男子陣は「早よ帰れ」という顔をしている。
そこへ、美咲がすかさず立ち上がった。
「私もそろそろ帰ろうかな。八神くん、駅までご一緒させて?」
(おのれ八神……!)
男子たちの怨念に満ちた視線を背中に受けながら、二人は店を出た。
繁華街を並んで歩く。
隣の女子の名前を、暁輝はすでに忘れていた。
やたら近い距離感。上目遣いで見つめてくる瞳。
彼女が自分に気があることは、明白だった。
(どうしたもんかな……)
今の暁輝に、一時的な火遊びを楽しむつもりは毛頭ない。
適当にあしらおうと考えているうちに、駅の改札が見えてきた。
「じゃあ、俺はここで」
「あれ? 八神くん、方向一緒じゃなかった?」
暁輝は立ち止まり、意識して、うっそりと熱を帯びた笑みを浮かべて見せた。
「……いえ。恋人が待ってるんで。行きますね」
有無を言わせぬ響き。
暁輝は長い足を動かし、さっさとホームへ消えていった。
残された美咲は、年下とは思えない彼の色気に当てられ、顔を真っ赤に染めて立ち尽くしていた。
「…………絶対、諦めないんだから」
かくして、暁輝の「ちょっと面倒な日々」は、これからも続いていくのだった。
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