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◇小品 肉食獣の襲来

 美咲は、人混みの中で「ある獲物」の姿を探していた。  手元のスマホは通知を鳴らし続けているが、昨年度ミスキャンパスとしての公務など、今の彼女にはどうでもよかった。  ――見つけた。  遠くからでも目立つ長身に、美しく整った顔立ち。  今や学内で最も注目されている男、八神暁輝である。  美咲は獲物に狙いを定め、声をかけようと歩み寄った。  だが、暁輝の隣に見知らぬ人物がいることに気づき、足を止める。  暁輝の陰になって顔はよく見えないが、すらりと背が高い。  何より美咲を驚かせたのは、暁輝の表情だった。  自分や他の女子には決して見せたことのない、とろけるような甘い笑みを隣の人物に向けている。  さらに、美咲の鋭い審美眼が「決定的な違和感」を捉えた。 (……ちょっと待って、あのジャケットは)  隣の人物が羽織っているのは、最近、暁輝がお気に入りで着ているはずのジャケットだ。  ちなみに美咲は、暁輝のクローゼットの中身を一方的に、かつ完璧に把握している。見間違えるはずがなかった。  暁輝が飲み物を買いに屋台へ向かい、その人物が一人になる。  絶好のチャンス。  美咲は音もなくその人物に接近し、正面へと回り込んだ。 「……あれ?」  そこにいたのは、少年と言っても差し支えないほど瑞々しい顔立ちの青年だった。  突如現れた美咲に気づき、彼は印象的な琥珀色の瞳で、真っ直ぐに彼女を見つめ返す。 (……あ、だわ)  美咲の脳内鑑定が、瞬時に「合格点」を弾き出した。  繊細に整ったパーツ。色素の薄い髪に、小さな顔。 (暁輝くんの派手な顔も最高に好きだけど、この子の静かで理知的な雰囲気も……捨てがたい)  美咲が勝手に二人を天秤にかけて悦に入っていると、暁輝が戻ってきた。 「あれ、こんにちは」  暁輝が、いつもの「他所行き」の笑顔で美咲を見る。  美咲もプロの技で可憐な笑顔を張り付けた。 「暁輝くん、こんにちは。……こちらはお友達かな?」  暁輝は隣の青年をチラリと見て、淡々と答える。 「高校の後輩です」  なるほど。スレた大学生にはない、この瑞々しさはそういうことである。 (三歳くらい下かな?……大丈夫、イケる)  美咲は計算し尽くされた角度で瞳を潤ませ、青年にターゲットを絞って声をかけようとした。 「あの、私……」 「すみません、先輩」  言葉を遮ったのは、暁輝だった。 「彼を案内している途中なので、失礼しますね」  有無を言わさぬ、冷徹な響き。 「なお、行こ」  暁輝は青年の肩をさらりと抱き寄せると、美咲に隙を見せることなく去っていった。  美咲は、しばし呆然と立ち尽くした。  遠ざかる二人の背中。肩が触れ合うほどに近い、その親密な距離感。  (……ナオ。……ナオ?)  その呼び名の響きに、美咲は得体の知れない敗北感と、さらなる闘争心を燃え上がらせるのだった。 「すごく綺麗な女性でしたねえ」 「……そうかもねえ」 (こいつ、大学入ったら無事に生き延びられるのだろうか)

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