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◇小品 肉食獣のレーダー
本郷の女神こと美咲は、深夜の日課であるSNSクルージングに勤しんでいた。
完璧に整えられた爪の先で、画面を冷徹にスワイプしていく。有象無象の投稿を切り捨てていたその指が、ふと、一枚の画像で止まった。
背景には燃えるような夕陽と、横浜の海。インカメラで微笑むのは、圧倒的なオーラを放つ絶世の美女。
そして、その背後――偶然を装って、二人の男の後姿が写り込んでいる。
"With two lovely gentlemen in Yokohama Port ⚓✨"
その少し長めの黒髪と、さらさらとした色素の薄い髪。
美咲の脳内コンピュータは、コンマ一秒で回答を弾き出した。
八神暁輝と、朝波七音。
(後ろ姿だけならバレないとでも? この私が見逃すはずないじゃない)
投稿主は、イギリスを拠点にする世界的な実業家、マリナ。美咲も愛用しているコスメブランドのCEOであり、フォロワー数百万を抱えるカリスマだ。その華やかなセレブ生活に憧れ、美咲も以前からフォローしていた。
美咲は、件の投稿の『いいね』欄をタップした。
膨大な数のアカウントを、上から順に目を皿にして確かめていく。その集中力はもはや金脈を探し当てる砂金掘り師のそれだ。
二時間後。ついに目当てのアカウントを掘り当てた。
アカウント名はシンプルに『AKI』。アイコンは使い込まれたヴァイオリン。
八神暁輝の本アカだ。彼はSNSを「親しい身内」にしか教えておらず、美咲はその「身内」の輪に入れていないという屈辱的な事実を再確認させられている。
投稿数は少ない。ラーメン、焼肉、学祭、海、定食。
しかし、美咲の鋭い審美眼(レーダー)は、写真の「向こう側」を透視する。
(……誰か座っている。それも、かなりの頻度で)
すわ『ヤバい彼女』の出現か? と美咲が殺気立った瞬間。いいね欄に並ぶ、とあるアカウント名が目に飛び込んできた。
『Naoto』。アイコンはチェロと五線譜。
吸い寄せられるように指が動く。投稿はカフェ、オーケストラ、学祭、海、定食。
決定的だった。投稿の日時、場所、メニュー。その大半が、暁輝の投稿と「完全に被っている」のだ。
「……どういうことだ、これは」
美咲はそれ以上考えるのをやめた。論理的な推論を、本能が上書きする。
自分は獣だ。それも、狙った獲物を逃さない最上位の肉食獣。二人の間に「何か」があるのなら、その隙間に力ずくで割り込むまで。
「待ってなさい。……二人まとめて、私の牙にかけてあげるんだから」
暗い部屋の中、スマホの光に照らされた美咲の瞳が、獲物を狙う猛獣のように怪しく、けれど美しく輝いた。
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