109 / 115

◇小品 虎と獅子の闘い

 冬晴れの空が清々しい、ある休日。  美咲は、一週間の疲れを癒やすショッピングのため、ひとり表参道のメインストリートに繰り出していた。  馴染みのジュエリー店やブランドショップを冷やかし、お気に入りのカフェで一息つく。  最高の角度で撮ったラテアート(とショップ袋)の写真をSNSにアップしようと、指先を滑らせていたその時――美咲の『対敵レーダー』が、かつてない激しさで反応した。  石畳の道を、周囲の喧騒を撥ね退けるようなオーラを纏って歩く一団。  暁輝と七音だ。  ただの美青年というにはあまりに鋭く、まるで冬の冷気に調律された弦のように、研ぎ澄まされた静謐な熱量を放つ二人の姿に、道ゆく人々が抗いがたい引力を感じて振り返っていく。  しかし、美咲の視線が釘付けになったのは、二人の間に立つ一人の女だった。  モデルのような長身、風に靡く艶やかな黒髪。モードな雰囲気を完璧に身に纏った華やかな美女が、暁輝と七音に挟まれて歩いている。  あろうことか、女は暁輝と親しげに腕を組んでいた。  すわ、今度こそ『ヤバい彼女』の襲来か。  美咲が殺気を放とうとした、その瞬間。  冬の冷たい突風が吹き抜け、女が寒そうに首をすくめた。  続く光景に、美咲は自分の目を疑った。  あの、いかにも他人に無関心そうな七音が、自らの首に巻いていたマフラーを解き、甲斐甲斐しく女の首に巻きつけたのだ。  にこにこと笑い合う七音と美女。  美咲は居ても立ってもいられず、爆速でカフェを飛び出した。  呼吸を整え、つとめて優雅な足取りで、偶然を装い声をかける。 「……あれ? 暁輝くん?」  三人が同時にこちらを振り返った。  美咲は一瞬、その光景の「暴力的な美しさ」に気圧されそうになった自分を恥じた。  有り体に言って、美形が三人並ぶ図はあまりに破壊力が高い。  特に、真ん中の派手な美女。清楚女子アナ系の美咲とは対照的に、パリコレモデルのような貫録と、すべてを見通すような黒々とした瞳を湛えている。  美咲は震えそうになる膝を必死に鼓舞し、笑みを深めた。 「偶然だね、お買い物?」  暁輝はいつもの、そつのない笑顔で答える。 「まあ、そんな感じです」  会話を広げる気がないのが一目で分かる、鉄壁の拒絶。  ターゲットを七音に変えようと視線をずらした時、真ん中に佇む美女とバッチリ目が合った。  二人の女が「笑顔」という名の武装を整える。  目に見えないゴングが鳴り響いた。 「こんにちは。暁輝くんのお友達?」 「はい。暁輝くんには以前から、()()()()お世話になっていて」 「あら、そうなの。()()()暁輝くんに良くしてくれて、ありがとうね」  激しく散る火花。女の余裕に満ちた言葉の一つ一つが、美咲の神経を逆撫でする。  暁輝は露骨にげんなりした顔をし、七音は道ゆく鳩の歩数を数えるように視線を逸らしている。  美咲は、女が持つバッグが自分と同じ最高級ブランドのものであることに気づいた。 「そのバッグ、素敵ですね」  そう言いながら、さりげなく自分のバッグを前に出す。最新の流行色に、手に入れるのが困難な限定デザイン。対して女の持つそれは、流行りとは無縁の、落ち着きすぎた……言ってしまえば「渋い」デザインだった。  光理が、慈しむようににっこりと笑う。 「ありがとう。祖母の代からお世話になっていてね。特別に誂えてもらったものなの」  その一撃に、美咲は完敗(KO)した。  何度もショップに通い詰め、店員に顔を売り、ようやく手に入れた「流行りの一品」。  対して目の前の女は、代々「顔パス」でオーダーメイドを許されるレベルの超特級太客。  美咲は、引き攣りそうになる頬を必死に吊り上げた。 「……ごめんなさい、用事があるので失礼するね。暁輝くん、七音くん、ご機嫌よう」  振り向いた瞬間、美咲の表情は般若へと変じた。  歯軋りをしながら、逃げるようにその場を去る。  これは敗北ではない。あくまで、戦略的な一時撤退である。  背後から、冬の澄んだ空気をつんざくような、女の優雅で残酷な高笑いが聞こえた気がした。 「姉ちゃん、性格悪いよ」 「人聞きの悪い。ちょっと遊んであげただけよ」 「何の話ですか?」

ともだちにシェアしよう!