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◇小品 愛くるしい装飾音
ある日の学生オケ練習日。
休憩時間、七音はチェロを抱え、自分のパートをさらっていた。ふと顔を上げると、正面のコンマス席が騒がしい。女子団員たちが鈴なりに集まっている中心には、一枚目も霞むほどの世紀の色男、暁輝がいた。
暁輝は女子たちのとりとめもない話に楽しそうに相槌を打っている。すごいな、と七音は純粋に感心した。七音は思ったことをズバズバ言ってしまう質で、それゆえに対人関係は不器用な方だ。反面、暁輝は相手の意図を正確に捉え、最も欲しい言葉を投げることができる。本人もそれを楽しんでやっているというのだから、彼のような人こそを「コミュ強」と呼ぶのだろう。
暁輝がおもむろに、女子の目線に合わせて体をかがめると、彼女たちは蜜に群がる蜂のように一斉に暁輝へ群がった。とたんに暁輝の姿が見えなくなる。ああでもないこうでもないと楽しげに手を動かす彼女たちの歓声が上がった数分後。
満を持して姿を現した暁輝の頭は、伸びた前髪を編み込むように結い上げられ、耳の上には女の子が大好きな某桃色頭巾ウサギのヘアピンが飾られていた。
七音は呆れた。女児のような頭にされているというのに、なぜか暁輝は誇らしげで、しかもそれが妙に似合っているのだ。美形もここまでくると嫌味にすらならないらしい。
女子の輪から離れて、暁輝が七音の方へ寄ってくる。
「なお。どう? 調子」
七音は黙って暁輝を見上げた。正確には、暁輝の顔ではなくその頭を。視線の先に気づいた暁輝が、さわやかに笑って「似合う?」と言うので、七音は素直に頷いた。
それにしても女の子は器用だ。たった一瞬で、こんなにも複雑なスタイリングができるものかと恐れ入る。七音は心の中で感心しながら、腹違いの妹に今度やってあげようと思い、至近距離でその複雑な細工を凝視した。
すると、暁輝は何を勘違いしたのか、耳の上についていた桃色ウサギのヘアピンを外した。
「え」
声を上げたのは七音だったか、それとも背後で様子を窺っていた女子団員だったか。
暁輝は七音に一歩近づき、その素直な毛質の、七音の前髪をかき上げた。額が露出するように寄せて、ヘアピンで丁寧に留める。そして一歩引き、七音をじっと見つめると、満足そうに頷いた。
一連の行動の間、練習室は無音だった。群れていた女子たちも、自主練に励んでいた他の団員たちも、皆が手を止めて暁輝の指先の動きを注視していた。
暁輝の手つきは、楽器に触れるときのように、あるいは愛しい者の素肌に触れるときのように優しく、妙に生々しかった。
反応を返せない七音の様子に、暁輝が首をかしげて「どうした?」と訊く。七音はようやく我に返って言った。
「いや、別に欲しかったわけじゃないです」
「そうなの? 羨ましそうな顔で見てたから」
自分はそんな顔をしていただろうか。七音は自分の頬を手で揉みながら首を傾げた。すると、沈黙を守っていた女子たちが堰を切ったように騒ぎ出した。
「朝波くん、めっちゃかわいい!」
「暁輝くんより似合うじゃん!」
今度は七音が女子団員に囲まれた。うまく受け答えができず、困って暁輝を振り返ると、彼は実に面白そうな顔をしてこちらを眺めていた。
七音は確信した。この男、こうなることがわかっていてやったのだ。
結局、七音は可愛らしいヘアピンを追加でいくつも頭につけられ、「今後の練習では必ず着用すること」という誓約を半ば強制的に結ばされる羽目になった。
解放されてくったりした七音の、露わになったままの額を、暁輝は楽しそうにするりと撫でた。
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