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◇小品 救いの女神は、理系

「違う!わかっていないね、朝波くん!ここはもっとこう……宇宙の塵が燃えるような、静寂を切り裂く絶望の音が欲しいんだ!」  映像音楽研究会の湿っぽい部室に、崇峰の叫びが響き渡った。時刻は午前二時。窓の外は漆黒の闇だが、部室の中だけはモニターの青白い光と、異常な熱気に包まれている。  大学二年生になった七音は、目の下に濃い隈を作りながら、DAWの画面を虚ろな目で見つめていた。 「崇峰さん、さっきからそればっかりですけど……宇宙の塵が燃える音って、具体的にどんな周波数なんですか」 「物理的な話をしているんじゃない!精神の、魂の振動だよ!塵が、大気圏で、己の存在を証明するために放つ最期の絶叫!わかるだろ!?」  崇峰がぼさぼさの癖毛を振り乱し、編集画面のタイムラインを激しく往復させる。わずか十五秒のカット。そこに重ねる不協和音の塩梅が、彼の納得いく「宇宙の塵」に達していないらしい。  パイプ椅子に深々と腰掛け、カップ麺の出来上がりを待っていた新部長・仙川が、大きなあくびをしながら、冷めた声で突っ込んだ。 「崇峰さん。そもそも宇宙は真空なんだから、塵が燃えても音はしねえだろ。物理を無視すんな、物理を」 「仙川くん!映像は嘘をつくための芸術なんだよ!本物より本物らしい嘘を吐くのが僕らの仕事だろうが!」 「はいはい。朝波くん、適当にシンセのノイズ混ぜて歪ませとけ。こいつ、もう徹夜三日目で脳が沸騰してんだよ」  仙川は手慣れた様子で崇峰の首根っこを掴み、モニターから引き剥がそうとする。しかし崇峰は、蜘蛛のような細い指でデスクにしがみつき、「まだだ! まだ僕の鼓膜が納得していない!」と暴れている。  七音は、全てを投げ出したい気持ちを抑えて、再び鍵盤に指を置いた。  ◇ 「……何、この地獄絵図」  部室のドアが開き、バイト終わりに遊びに(様子を見に)来た暁輝が現れた。他大学生の癖に、慣れた様子で室内に足を踏み入れる。三年生になり、よりアカデミックな空気を纏い始めた彼は、部室に充満する謎の加齢臭とカップ麺の匂いに顔をしかめた。 「あ、暁輝先輩……」 「なお、ひどい顔だね。……崇峰さん、また無茶振りしてるの?」  状況を一瞬で把握した暁輝は、七音の隣に座ると、淀みない動作でマウスを奪い取った。 「宇宙の塵、ね。視覚効果(VFX)の輝度グラフと音声のエンベロープが同期してないから、違和感が出るんじゃないの。崇峰さん、このカットのフレームレートとパーティクルの密度を、一回数値化して」  暁輝は、七音の使っているDAWソフトと崇峰の編集ソフトを、見たこともないスクリプトで連携させ始めた。 「フーリエ変換して倍音構成を整理すれば、不協和音でも『不快』じゃなく『宇宙的』な響きになる。……ほら、これでどう?」  再生ボタンが押される。モニターの中で塵が弾け、同時に、どこか数学的な美しさを孕んだ「絶叫」が鳴り響いた。  一瞬の静寂の後、崇峰がデスクを叩いて立ち上がった。 「これだ! 八神くん!君はやはり僕のミューズだ!この冷徹で無機質な、神の視点のような音!」 「計算通りだよ。崇峰さんの感覚を逆算しただけ」  暁輝と崇峰が、一般人には理解不能な「音楽と視覚情報の数理モデル」についての独走トークを始める。仙川は「解決したなら何でもいいよ」と、買ってきたフ○ミチキを七音に差し出し、自分は埃まみれの毛布に包まって椅子の上で寝始めた。 「なお、お疲れ様。それ食べて、少し寝なよ」  暁輝が七音の頭をぽんぽんと叩く。熱く語る崇峰と、それを数字で論破する暁輝の声をBGMに、七音はチキンの脂の味を感じながら、深い眠りへと落ちていった。

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