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◇小品 八神家のおかしな晩餐会②

 七音が中身の抜けた人形のようになっている間に、ディナーは粛々と始まった。  目の前のグラスに飴色の酒が注がれ、暁輝の父・和輝(かずき)が乾杯の音頭を取る。初めて喉を通る紹興酒は、なんだか味がしなかった。  母・舞が、切れ長な冷たい目で問いかける。 「暁輝くんがお友達を連れてくるなんて。一体どういう風の吹き回し?」  そのひやりとした問いに、七音は即座に席を立とうとした。家族団欒の席に部外者が混じるなど、迷惑以外の何物でもない。しかし、暁輝の一言がそれを遮った。 「だってさ、俺たち滅多に食事なんてしないんだから、なにか『話のネタ』がないと通夜みたいな会になるだろ?」  一瞬、その場に凍りついたような沈黙が流れた。  直後。  弾けたような笑い声が室内に響き渡った。父も母も、光理までもが涙を浮かべて笑っている。 「くく……いや、間違いないな」 「暁輝くん、あなたの推論は正しいわよ。私たち、今までろくに会話も交わしてこなかったんだから!」  こうして、八神家の会食に「話のネタ」として参戦することになった七音は、己の義務を果たすべく、飛び交う質問に必死で答えた。 「えっ! 七音くんはあそこの音大の作曲科なの!?あの村上鷹人の後輩じゃない!」  舞は、氷のような美貌に反して、一度話し出すと快活で気さくな女性だった。重度の音楽フリークであるらしい彼女は、うっとりとした顔で音楽への愛を語り始める。七音が持てる知識を総動員して言葉を返すと、彼女は子供のようにはしゃいだ。光理もそこへ参加し、目まぐるしく会話が回っていく。  父の和輝は、そんな妻子の様子を面白そうに眺めながら酒を煽っている。商社勤めである彼は、姉弟が幼い頃から長く海外を拠点にしてきた。英国紳士のような佇まいだが、今はインドに駐在しているというから驚きだ。  七音の隣で、暁輝は涼しい顔で回転テーブルを回し、自分の取り皿に次々と料理を盛っている。父の和輝がその様子を見て、「暁輝くんはよく食べる子なんだなあ」と目を細めていた。 「……こんなに家族で会話をするのは、初めてかもしれないな」  食後の熱茶を啜りながら、和輝が感慨深げに呟いた。光理が七音を見つめ、優しく微笑む。 「うちはさ、家族全員がバラバラに生きてるから、たまに会う親戚みたいな感覚だったの。でも、今日はどこにでもいる家族みたいだった。……七音、ありがとうね」  父さんと母さんがこんなに笑うなんて知らなかった、と嬉しそうに呟く光理。  暁輝はデザートの楊枝甘露に舌鼓を打ちながら、そんな家族の様子を満足げに眺めていた。  店を出て、三人がタクシーに乗り込むのを見送る。 「暁輝くん、今日も七音の家?」 「うん、しばらくはね」  姉弟の会話に、舞が呆れたような顔をした。 「あなたね、恋人や家族じゃないんだから。あまりご迷惑をかけないのよ」  それを聞いた暁輝は綺麗な笑みを深め、隣で光理が思わずといった風に吹き出した。七音は何も言えず、無心で足元の石畳の枚数を数えた。  夜でも明るい街を駅まで歩きながら、七音が呟く。 「先輩のご家族、みなさんかっこいいですね」  暁輝は星の見えない夜空を仰ぎ、ぽつりぽつりと零した。 「……俺の家はさ、部隊がバラバラなんだよ」  ゆっくりとした歩調に合わせ、暁輝が考えながら言葉を紡ぐ。 「でも、志は共通のものを持ってる。それが分かっていたから、俺も姉ちゃんも、自分の戦場で全力で闘ってこれた」  暁輝や光理が受けてきた、過剰とも言える英才教育。それは親のエゴではない。二人が自分の足で進めるように。自分に合った武器で闘っていけるように。それは両親からの、不器用で紛れもない「愛」の形なのだ。  顔を合わせずとも、会話がなくとも、二人が真っ直ぐにやりたいことへ邁進できたのは、あの父と母からの信頼と愛情を、その背中に受けてきたから。  七音は、暁輝が内側から輝くような強さを持っている理由が、今日ようやく分かった気がした。 (会えなくても、話せなくても、愛の伝え方はある)  そう確信すると、これからの長い人生で何が起きようと、なにも怖くない気がした。  ふと隣を見ると、いつの間に買ったのか、暁輝が中華まんを片手に満足げな顔をしていた。七音は思わず吹き出す。  隣を歩く男が、途方もなく愛おしい。  人混みの中を、二人はすり抜けるように歩き続ける。繋いだ指先から伝わる体温を、絶対に離すまいと誓いながら。

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