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◇小品 BPM125の拍動①

 ある日、家で二人で映画を見ている時、七音が唐突に言い出した。 「夜遊びをしてみたいです」  暁輝は目を丸くした。夜遊び。およそ七音には似つかわしくない言葉だ。彼は日々を余すことなく「音の探求」に費やす、ストイックを通り越して変態的な音楽学生である。  暁輝は、また変なスイッチが入ったのかと怪訝な顔で訊ねた。 「どうしたの。なおみたいなのが夜の街をフラフラしたら、悪いやつにすぐ食われるよ」  七音はモニターの映像を指差した。画面では、海外のティーンエイジャーたちがクラブで踊り狂っている。七音はその開放的な場面の、「音」そのものに興味を持ったらしい。DJによる即興のミックスやエフェクト処理を生で体感したいという、思いのほか真面目な要望だった。  暁輝は少し考え、スマホで方々に連絡を取ると、その夜、七音を連れて繁華街へと繰り出した。  ◇  夜の渋谷は街全体が疼いているように落ち着きがなかった。雑居ビルの地下、重い防音扉を開けた瞬間、暴力的な低音が鼓膜を震わせる。 「暁輝くんが来てくれるなんて、マジで嬉しい!今まで誘っても塩だったからさあ」  昂った様子で話しかけてきたのは、暁輝の知り合いだという男。派手な意匠のTシャツを着て、遊び慣れていると言わんばかりにパーマ頭を揺らしている。 「今日はうちのサークルの貸し切りだから、ヤバい奴はいないよ。安心して」  楽しんで、と言い残し、男は人の群れへ消えていった。フロアへ踏み入ると、数多の視線が二人を、主に暁輝を射抜く。女子たちの目が獲物を狙うように血走っているのに気づき、七音は肩を震わせた。  勝手がわからず立ち尽くす七音をよそに、暁輝はあちこちから浴びせられる秋波を完璧に捌きながら、彼をバーカウンターへと導く。カクテルを手渡して喉を潤させると、二人はDJブースの至近距離へと移動した。  今時珍しいヒッピー風のDJが、音の波に身を委ねながら縦フェーダーとノブを操っている。七音は目を輝かせ、その指先の挙動に見入った。  やがて、四打ちのキック音を維持したまま、フィルターを絞り込んで音を籠もらせ、溜めに溜めたところで一気に開放する。なめらかに次の曲へとクロスフェードしていく様を見て、七音は暁輝の耳元に顔を寄せた。 「BPM125くらいですかね。ハウス特有の、ハットが裏で跳ねるグルーヴがめちゃめちゃ気持ちいい。イコライザーで低域をカットしてスネアの抜けだけで繋ぐの、最高のセンスですね」  暁輝は、七音の「音楽オタク的考察」と、興奮に染まった彼の表情を肴にエールの瓶を傾けた。  注視されていることに気づいたDJが、ニヤリと笑って七音をブースの傍らへ招く。機材の役割を耳元で解説するのを、七音は興味津々で聞き入った。ターンテーブルの感触や、音に色彩を与えるエフェクターのつまみを触らせてもらい、七音は子供のような笑顔を爆発させていた。  七音がブースから降りると、暁輝は友人らしき集団に囲まれていた。その華やかな輪を遠巻きに見つめ、七音はカクテルを片手にフロアの隅へと陣取る。  そこへ、男女数人の集団がわらわらと近寄ってきた。かなり酔っているらしく、遠慮のない声で絡んでくる。 「ねえ、八神くんの連れでしょ!」 「一緒に飲もうよー!」  軽いノリの男たちと、露出の多い女子たち。あっという間に「捕獲」された七音は、居心地の悪さを紛らわすようにグラスを煽った。その勢いの良さに周囲が沸き、次々と新たな酒が手渡される。アイスティーのようなフレーバーの後は、菫色の甘いカクテル。度数は高いようだが、フルーティーな口当たりは七音の好みだった。  七音がおかわりを求めて手を伸ばした瞬間、その手首が強く掴まれた。  暁輝だった。表情の読めない顔で、七音と周囲の連中を見回している。 「おい、調子乗りすぎ」  爆音の中でも、その声はやけに通った。七音は一瞬首を竦めたが、どうやら先の言葉は友人たちにかけたものらしい。 「だってさー、この子、めちゃめちゃ強いんだもん」 「色々試させてあげたの!」  調子の良い言葉が耳に付く。暁輝は眉間に皺を寄せてさらに詰め寄った。 「こいつが酒慣れてなかったらどうすんの?急性アルコール中毒になったら?そういう何も考えてない行動、ほんと、あり得ないから」  言い放つなり、暁輝は七音の腕を引いて歩き出した。そこで初めて、七音は自分の足元が覚束ないことに気づく。友人からの「もう帰るの?」という声を、暁輝は「二度と来ない」という冷徹な一言で切り捨てた。

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