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第2話 上条店長、エース下瀬②※

「はー、今日もよく働いた……」  ジャケットを脱ぎネクタイも緩めた状態でぐだーっと天井に向けて伸びをする。無事に真島さんの契約を獲得し、事務所で事務処理を終えた頃には二十一時を回っていた。契約後の打ち合わせで提案するためのざっくりした間取りをプラン用紙に描いていたから、右手には製図用のホルダーペンを握っている。 「帰ったら何すっかなー……ドラマも映画も最近観てねーし……まずはメシ……何食べよ」  ホルダーペンをクルクル回し、思ったまま独り言を口にしながら考える。営業マンも多種多様だが、四分の一から三分の一は喋ってないと死ぬタイプ。俺はそれ。マジの一人きりでも独り言が多いやつ。口に出さずとも、この通り頭の中でもひたすら言葉が浮かぶ。 「うお、東京営業所内で今日二件挙げてんのうちだけじゃん。アチぃ~」  ノートパソコンで開いた社内システムの契約速報を眺めてほくそ笑む。契約は気持ちいい。アドレナリンがドバドバ出る。で、そういう時ほどふと気付く。 「……最近抜いてねーなー」  クルクル回していたホルダーペンを持ったまま、デスクに頬杖を突いた。ここ最近を振り返ってみると、ゴルフ、飲み会、部下連れてラーメン、ソファで寝落ち。一週間は抜いてない。帰って清々オナニーしてえ。と思いながら、手にしたホルダーペンの持ち手側をそっとシャツの隙間に潜り込ませた。 「ん……」  誰もいない事務所。照明は半分消してある。シャツの下に着たインナー越しに、ホルダーペンの底で乳首をカリカリ引っ掻く。元はノンケだったものの大学生の頃バイになり、ここ八年男相手の経験しかない俺は当然乳首開発済みだ。  ゲイの友達からは『四季はよくノンケの巣窟で働けるね』だとかたまに揶揄われる。住宅会社に就職すると、まあ結婚して自社で家を建てるっつーのがスタンダードなわけで。自社で建てればガッツリ補助も出るし、ハウスメーカーはノンケ向けの企業だよなとは思う。実際社員はもれなくむちゃくちゃノンケ思考で、お客様だって九割既婚者だ。一件だけパートナーシップを結んでいるゲイのお客様を担当したが。  ともかくそんなわけで職場で出会いは無い。が、男社会だから社内付き合いが多い。彼氏居ない歴は半年。女性と付き合うことも出来なくはないけれど、抱くより抱かれる方が気持ちいいんだよなーと思ってしまうから、どちらかと言えばやっぱり彼氏が欲しい。 「あー……」  小さく吐息が漏れる。ホルダーペンの底で引っ掻いているうち、乳首が勃ってコリコリしてきた。もし次に付き合うなら、どんな彼氏が良いだろう。  叶うなら、野球選手っぽいがっちりした身体付きがいい。俺はサッカー部だったけど。清潔感があって、セックスが好きな人が良いな。だけどインドアじゃなくて、俺の趣味にも付き合ってくれる人。色んなところに旅行したいし、年に一度はスノボも行きたい。サッカー観戦も行きたいなー。  タチが稀少なゲイ界で彼氏に求める理想が高すぎるのは重々承知。だから付き合うのはバイとかノンケになっちゃうんだよなー、とか、あれこれ考えながら乳首をくにくに刺激する。ふっと脳裏に下瀬の顔が浮かび、頭を振った。  正直、下瀬は見た目が好みだ。元野球部で今も会社の草野球サークルに入ってるから野球選手っぽい身体付きだし、清潔感あるし、顔良いし。素直で懐っこいし、ちょっと好き。  まあ、社内恋愛なんてする気はさらさらないし、本気の恋じゃない。ちょっと良いなってくらい。やっぱり、甘やかしてくれる年上が良い。だけど、セックスは意地悪な方が好き。たっぷり虐めてくれる人。乳首にきつく吸い付かれて、舌でたっぷり転がされたい。焦らしに焦らされてイかされたい。  そんなことを考えながら乳首をカリカリ引っ掻いて刺激を続けていたら、スラックスの前が張ってきた。なにぶん溜まっているから。  誰も居ないとは言え事務所で前を弄るほどの脳足りんじゃない。しかし、射精はせずともこのまま乳首だけでイける気がする。直帰して続きをするか、それとも今から久々にゲイバーでも行ってみようか。 「はぁっ……ンっ……」 「お疲れ様でーす!」  ――イケそう、と思ったのに、ガチャリと事務所側の勝手口が開いた。持っていたペンを即座にシャツから引き抜きそちらを見遣る。 「うぉっ、下瀬、お疲れ。ビビった」 「さっきまだ事務所居ますかーって連絡入れました! 本屋で色々買ってきて帰るとこだったんですけど、まだ事務所だけ明かり付いてたから上条さん居るなーと思って顔見に。十八件目おめでとうございます!」  平静を装って、間取りを書いてましたよーというポーズを取る。が、心臓が飛び出しそうなほどバクバクした。本屋のレジ袋を持った下瀬が懐っこい笑みを浮かべて寄ってくる。 「うっそ、気付かなかった。あんがと、お前の波に乗って取れたわ。マジで本買ったん?」 「上条さんの前座出来て光栄っす! 買いましたよー、ほら辞典!」  どうも気付かれていなかったようでホッとする。バクバク煩い鼓動を落ち着け、しれっと隣に座って辞典を取り出した下瀬に笑みを返した。 「お、ほんとだ。お前は素直で良い子だなー」 「へへっ、あざす! 上条さん腹減ってません? 契約祝い兼ねて、今から罰金上慶苑どうです? 明日休みだし。俺運転するんで、飲んでください」 「いーよ。ちょい待ち、支度する。の前に、これ見て。契約速報今日東京営業所内で二件上がってんのウチだけ」  今日もオナニーはお預けだ。ま、明日は予定入れてねーし、明日せいせいすれば良い。そう思いつつ、まだ薄っすら勃起していて立ち上がれないから、下瀬にノーパソの画面を向けて話を振った。 「うお、激アツ! 東京エリア契約数一位狙いたいっすね」 「まー現時点で東京一位と四棟差あっからなー。俺らが絶好調だとして、他三人にも一人一件決めてもらわねーとキチィ」 「既存鬼架電アポ取りします! 我らが上条店長に一位プレゼントしたいんで!」 「おっ、やる気じゃん。頼むぞ~我らがエース」  話しながらけらけら笑ったところで熱くなった身体も大分落ち着き、ノーパソの電源を落として蓋を閉じた。くだらない話を続けながらノーパソや資料をロッカーにしまって鍵を掛け、ハンガーにかけていたジャケットを羽織る。 「んじゃ行くか! 勝利の上慶苑!」 「うぃっす!」  事務所の電気を消し、靴を履いて外に出る。事務所に鍵を掛け、自分の車は駐車場に置き去りにして、下瀬の車の助手席に乗り込んだ。

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