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第3話 俺のせいかなぁ?①
「くぅ~! 契約後のビールは美味い! 原でも足に呼びゃ良かったな、そしたら下瀬も飲めたのに」
乾杯してジョッキで頼んだ生ビールを半分までぐいっと飲み、対面の下瀬に笑みを向ける。
「嫌っすよ、原の分奢る羽目になるじゃないすか。代行呼ぶより高く付く」
下瀬は烏龍茶のジョッキを置いて口をへの字に曲げた。互いにネクタイを緩め、ジャケットは脱いでハンガーに引っ掛けている。個室の掘り炬燵の卓上には二人前ずつ注文した特上カルビ、特選ハラミ、ミスジ、フィレの皿がずらりと並ぶ。
「んじゃ代行呼んで飲みゃ良いのに」
「いーんすよ、俺は上条さんを無事に家まで送り届けないとなんで~」
「良い部下を持てて幸せだわ。来年配置転換無いと良いなー」
「俺も末長く中央展示場に居座りたいです。ずーっと中央が良いなー」
グビグビとビールを飲む間、下瀬がトングで肉を焼き始めてモクモクと煙が立ち上る。肉が焼ける良い匂いが鼻を擽った。
「それだと俺が中央で店長やってる限り副店長までしか行けねえじゃん。俺が異動になるとかあるかもだけどさー。数字も伸びてるし、あと三年もしたら店長行けるだろ。あーでも店長なるのに宅建必要か。今年の試験スルーしやがって。来年はちゃんと申し込めよー」
「ええー、上条さんの傍でまたまだ勉強させてもらいたいです。部下に指導するより、自分の数字追っ掛けたいし。俺理系だから宅建の問題文アレルギー出るし」
下瀬は肉に向けていた視線を俺に向け、シュンとした顔で見つめてくる。こいつそこそこ良い大学出てるのに資格勉強とか嫌いなんだよなあ、と思いつつもキュンと絆されて、いかんいかんと残りのビールを飲み干した。
「甘ったれんな、もう入社五年目だろ。下瀬は指導も上手いし、数字で後輩に背中見せれてるし、店長やんの悪くないと思うよ。俺は」
「上条さんにそう言ってもらえるのは嬉しいっす。頑張ります。はあ、でも上条さんと離れたくないなー……」
下瀬はしおしおと肩を落としながらトングで肉をひっくり返す。
「かわいーこと言うじゃん。俺相手にしなくて良いのに。下瀬、死ぬほどモテてきただろ」
ふっと口角を上げて軽く揶揄うと、下瀬は目を細めて俺を見つめた。
「大したことないですって。上条さんの方がモテたでしょ。てか、今だって死ぬほどモテてそう。なのに今、恋人居ないんすよね? 先週の飲み会でチラッと聞きましたけど」
「あーそう、半年前に別れたっきり。まあ忙しかったしな。そろそろ家建てたいのに相手が居ねぇ。親は姉ちゃんと住んでるし、もう一人で住む家建てっかなー」
「ここ半年、上条さん鬼のように忙しくしてましたよねー。別れてたなんて全然気付きませんでした。寂しそうな顔一切しないんだもんなあ、付け入る隙無いみたいな。あ、肉取り分けますねー」
話しながら下瀬が焼けた肉を俺の皿にトングで乗せていく。展示場メンバーで焼肉に行く際に俺が食べるのはハラミやフィレが多めで、脂っこいのはあまり手を付けず若いやつらにくれている。いつも通り俺の皿にはハラミとフィレが多めに盛られた。
「サンキュ。忙しくしてたら気が紛れんじゃん。寂しいとか思うのも癪だしな。普通に恋人は欲しいけど、出会いがないっつー……美味っ!」
フィレに塩とわさびを付けて咥内に迎え入れ、自然と笑みが溢れた。柔らかくてさっぱりしていて、口の中でスッと噛み切れる。牛の贅沢な味だ。やっぱり上慶苑の肉は最高に美味い。もう一枚フィレを咥内に放り込み口を閉じたところで、下瀬が小首を傾げた。
「それじゃあ、俺、恋人に立候補しちゃダメですか?」
「んぐっ⁉」
──なにやら、幻聴が聞こえた気がする。
口の中に入っていたフィレを思わず飲み込んでしまい、変なところに入ってしまった。顔を横向け、ゲホゲホと咽せて咳き込む。
「わっ、上条さん、大丈夫っすか? お冷や頼みます? 俺の烏龍茶飲む?」
「げほっ……はぁっ……大丈夫……えーと、さっき何つった?」
下瀬は立ち上がって俺の隣に寄ると、眉を八の字に下げて顔を覗き込んできた。
聞き間違いに違いない。そう思って聞き直す。
「俺が恋人に立候補しちゃダメですかって」
「……耳か脳がイカれたかな? もう一回」
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