11 / 17
第11話 スコーンと床が抜けた感じ②
「――上条さぁん、もう酒止めた方が良くないっすか? 二次会でもすげぇ量飲まされてたじゃないすかぁ」
「んあ……あー……ヘーキヘーキ……しもせぇ、飲んでるかあ?」
「俺今日松浦さん達に送迎頼まれて車で来たんでノンアルっすよぉー、何度も言ってるじゃないすかぁ」
十二月二十六日。本日忘年会。の、三次会のスナック。アラフォーくらいの綺麗なママが一人で切り盛りしてる店。周りがカラオケ歌ってドンチャンしてる最中、俺は隣でうつらうつらしている上条さんを『いや平気じゃねーだろ』と思いながら見守っていた。
上条四季さん。中央展示場の副店長で、若くして新年からは店長に昇格することが決まっている。元々中央展示場の店長だった富田さんは本社の営業本部に異動するらしい。
中央展示場の現メンバーは四十歳の富田さん、今月末で定年退職することが決まった津川さん、上条さん、俺と同期の福田、俺の一個下の原。だけど富田さんと津川さんが居なくなるから、配置転換があると決まってる。まだ正式な発表は出てないけど、俺は東展示場から中央に配転になるかも、と所長からチラッと聞いた。
東展示場の現メンバーは俺の二個下の女子の木村を除いて全員俺より歳上で、年齢層高め。おじさん達みんな野球が好きだから話は合うし、上司たちのことは嫌いじゃないけど、上条さんの下に着けたらいーなって思ってた。から、是非とも配転したい。
他展示場とは仕事でも飲み会でも結構絡みがあるし、噂話も瞬く間に聞こえてくるから上条さんのことはよく知っている。仕事は厳しいけど、めっちゃ気が利いてすげー優しい。良い大学出身で頭良くて、大学までサッカーしてて、営業所でもフットサルサークルに入ってる。イケメンアイドル似のあまーいルックス。神様は二物も三物も与えるらしい。
「俺はぁ、もっと飲みてぇの。下瀬ぇ、テキーラ」
「上条さん、これテキーラですよ。はいどーぞ」
テキーラと言ってお冷やを渡す。酔っ払いにはもはや味の違いが分からないらしく、ゴクゴクお冷やを飲んでくれて安堵した。
上司の松浦さんと、松浦さん宅方面に住む三井さんに送迎を頼まれて車で来たものの、その松浦さんと三井さんはいつの間にやらタクシーで帰ったらしい。ここまでノンアル貫いたのに今から飲んで代行呼ぶのも勿体ねーし、とそのままノンアルを貫いている。三次会で酔っ払いの上条さんに捕まって、酔っ払いのフォローに回っている現在だ。最初は中央展示場の福田と原が餌食になってたけど、あいつらはとっくに二次会で潰れた。
上条さんは酒に強い。そう知っているし、ここまで酔っ払ってる姿を見たのは初めてで、だからちょっとびっくりしている。二次会で所長に飲め飲め言われてすげぇ量飲んでたし、それ超えてまだ飲んでんだから、流石に酔っ払いもするだろうとは思うけど。
「上条さん、なんかヤなことでもあったんすか? 今年二十棟契約取って、新店長になんのも決まって、いーことばっかじゃないすか」
「いーことばっかでもねぇよ。忙しいし、大変だしー。金は取れるけどさぁ」
「へー……上条さんでもそー思うんすね」
上条さんは口を尖らせて軽い調子でぼやく。仕事が大好きな人だと思っていたから、少し意外だった。なんか胸の奥がムズムズしてきて、酔いも手伝って口が勝手に動く。
「……俺、ちょっと思ってたんすよ。この仕事向いてねーのかなって。成績頭打ちっつーか、これが俺の天井なんかなーみたいな。空回ってんのかなとか……」
上条さんは半分寝ていたような顔をきょとんとさせて、まっすぐに俺を見た。
「しもせぇ。お前は、まだ全然いけるよ。マジで」
「……え」
「お前、ちゃんと人見てるし、ちゃんと考えて動いてるじゃん。結果だけ見て自分決めつけんな」
ふ、と笑みを向けられて、胸が跳ねる。酔っ払いの言葉なんて信用ならない。かもしれないけど、マジで思ってなきゃ、するっと言葉が出てこないような気もする。
「……調子良いなぁー、もう。どこをどう見てそう思います?」
「お前が新人の頃、松浦さんによく同行してたろ? 松浦さん若干気難しい人じゃん。こいつ大丈夫かなーって思ってたけど、すーぐ仲良くなってて驚いた。そん時見て思ったけど、下瀬は相手の機嫌とか察知すんのが上手いよな。顔色窺うのが上手いっつーか」
酔っ払っているはずなのに、上条さんの舌はペラペラとよく回る。さっきまでぼやいていたはずが、上条さんはご機嫌だ。
「お前の下に木村が入ってきて東の最年少じゃなくなったろ。見てっと上手いことおじさん達の緩衝材になって木村のフォローしてやってんなーって思う。よく気が利くよな、お前。客に対しても誠実にやってんなって思うし」
そこまで言うと、上条さんは俺がテキーラだと偽って渡したお冷やをゴクゴク飲んで、テーブルにグラスを置いた。
「お前が『空回ってんな』って思うの、多分空気読もうとしてる時じゃねえ? 気が優しいからそうなるんだよ。下瀬に足りてねーのは、あと一歩の押しの強さだな。察せる分引いちゃうとこあんじゃん。でもさぁ、藤原の家ってマジでモノが良いワケよ。ウチよりちょっと安い他社選ぶくらいなら価格上乗せでもウチの方がいーだろって強い気持ちで勧めてこーぜ。俺の契約客は資金で悩んでた人とかも結局みーんな満足して住んでっから!」
とびっきりの笑みを向けられ、わしゃわしゃと髪を撫でられた。
「お前ちゃんと頑張ってっから、頑張れとは言わねー。お前の持ち味残したまんま、ちょっと意識変えるだけでまだまだ伸びるよ。俺が保証してやる」
最後にもう一声、上条さんは白い歯を覗かせてニッと笑みを浮かべた。
――あー、やばい。何かちょっと、泣きそう。俺に対して『よく人見てる』とか言っておいて、実際、上条さんの方がずっと人をよく見てると思う。
「上条さぁん……なんで酔っ払ってんのにそんな風に喋れるんすか?」
「あー? 酔ってねぇよ」
「じゃあ今飲んでるの何ですか?」
「テキーラ」
上条さん、それはお冷やです。と口には出さず、曇りなき目をして答えた上条さんに内心返事する。やっぱ酔ってんじゃんと思いつつ、じーんと来てしまった。ぼやいてたくせに、俺のこと気遣ってくれる。なんか、ちゃんと見てくれてる。すげー嬉しい。
「いーことばっかでもない、って上条さんがぼやいてたのになあ。俺が慰められちゃった」
「いーことばっかでもないこの仕事のこと、俺は好きだよ。結果出したら出しただけ評価に繋がんの、分かりやすくていーじゃん。評価してもらえっとうれしーし」
お冷やを軽く飲ませたくらいじゃ酔いが醒めるはずもなく、上条さんの顔はやっぱりぽやぽやしていた。まばたきがゆっくりで、時々空中をぼんやり見てる。言ってること、全部本音なんだろうなあと思う。
「俺ん実家大家族じゃん? そうすっとさあ、俺自身が評価されることって地元に居たときゃほぼ無かったんだよね」
「上条さんが? 上条さん、何もかも完璧じゃないっすか」
上条さんが大家族なのはみんな知った話だ。四番目の子だから四季って名前なんだ、と聞いたことがある。お客様相手にも効きそうな人には実家の話をするらしい。お子さん三人居る人だったりとか。
「完璧なんかじゃねーよ。手がかかんねー良い子の息子って感じ。俺はずぅっと『上条の弟』で『上条さんちの息子』でさ。上京したときゃ、上条の弟でも、上条さんちの息子でもなくなって嬉しかった」
ソファの背もたれにぼすんと凭れて、上条さんは天井をぼんやり眺める。
「親きょうだいのこと、フツーに好きだし、仲良いけど。俺はきょうだいのうちの一人で、親から特別扱いみたいなのされたこともなかったし。誕生日だって、一番上のねーちゃんと近いから合同だし。だから俺さー、俺が一番になれんのが好き。店長になれんのすげーうれしー」
上条さんはニコニコ笑顔で、心から喜んでいるらしいことが伝わってきた。
家族の中でめいっぱい愛されて育ったんだろうな、みたいな、そういう人だとずっと思ってた。そんな上条さんでも家族に思うところみたいなものがあるんだなと驚かされる。
じゃあ、喜びで飲みすぎたのかな。とも思ったけど、どうも違和感があった。上条さんにも先ほど人をよく見てると言われた俺だ。結構こういうのは当たる方。
「でも、嬉しいだけじゃないんじゃないっすか? なーんか、変じゃないすか? 今日の上条さん」
「んー、あー……一昨日喧嘩したばっかで。付き合ってるやつと。だからちょっと、飲みてーなーみたいな。下瀬も飲めよぉー」
「じゃあ、テキーラ残りもらっちゃいますねー。なーんで喧嘩したんすか?」
上条さんが飲んでいた偽テキーラのグラスを掴み、冷たい水を喉に流し込んだ。
上条さんに恋人が居るらしいことは知ってる。全部持ってるような人だから、そりゃ居ないわけないだろう。女は勿論、きっと男だって放っておかない。でも、詳しい話は何も聞いたことがなかった。デートでどこ行ったとか、どんな人なのか、とかも。
「クリスマス頑張って空けたのにさあ、向こうが仕事入ったとか言って。連絡しても返ってこねーし、どこで何してっかわかんなくて。こないだ店長に昇格するって決まったのウキウキ報告したときに反応微妙だったのもあってムカついて、浮気してんだろって言ったらバチ喧嘩んなった。もーやだ」
予想外に可愛い愚痴を溢されて目が丸くなる。
「上条さんて、恋人のこと好き好きーって感じなんすか? 意外」
クリスマス一緒に過ごしたいんだとか。連絡取れないと不安になっちゃうんだとか。そんな風に思うタイプには一切見えないけど。
「あー? 超好きだよ。好きじゃなきゃ付き合わねーだろ。まあ、先に好きって言ってくんのは毎回相手の方だけど。でも逆転していつの間にか俺の方が好きになってんの。好きって言われっと好きになっちゃうんだよなー。好きにさせといて酷くねえ? あー、腹立つ。下瀬ぇ、酒持ってきて〜」
綺麗に整った顔を不満げにムスッとさせて、上条さんは口を三角にした。ついつい、かわいーな、とか思ってしまう。
点と点が線に繋がった気がした。多分、上条さんは自分を選ばれたいんだろう。傍から見たら全部完璧に見えるし、選ぶ側の人にしか見えないのに。
「そんな好きなら、プロポーズとかしないんです? 結婚したいとか、子どもほしいとか」
「したいよ? ホントは。でも無理だからさぁー。ま、良いんだけど。世話の焼けるきょうだいも居るし、姪っ子甥っ子かわいーしー。ほら見て、ナナとハチ。かわいーだろー?」
上条さんにスマホで女子高生らしきギャルな姪っ子とちっさい甥っ子の写真を見せられて「かわいーっすね、上条さんと似てるー」と言って笑った。
なんとなく、上条さんの恋人は男性かもな、とふと思う。結婚出来なくて、嘘かホントか知らんけどクリスマスに急に仕事が入ったって口実付けれる程度には働いてるタイプで、上条さんが出世しても反応微妙ってところとか。そうだったら、無神経なことを言ってしまった。
俺だったら、上条さんのことをおざなりに扱わないのにな。つか、なんでおざなりに出来んのか不思議だ。別れりゃいーのに。上条さんなら、絶対もっと良いやついんじゃん。
「ね、上条さん。さっき好きって言われっと好きになっちゃうって言ってましたけど――じゃあ、上条さん、俺が好きって言ったら俺のこと好きになってくれるんすか?」
ぽろっと、そんな風に聞いてしまった。偽テキーラはお冷やのはずだけど、テキーラとか言って飲んだから俺も酔っ払ったのかも。
「好きとか言われなくたって下瀬のこと好きだよ、俺。一生懸命で、素直でかわいーし。一番好きなのは恋人だけどなー」
あははっ、と笑い飛ばされたと共に、スコーンと床が抜けた感じ。バカみたく落っこちた。
ともだちにシェアしよう!

