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第12話 shit, I'm gone

「あー……shit……I'm gone……っ⁉」  瞼の外が明るいなあ、なんて気付き薄く瞼を開ける。と、上条さんが俺の腕の中でぱっちり目を開けてまじまじと俺を見つめていたもので驚かされた。 「上条さん! おはようございます!」 「おはよ。こないだも思ったんだけどさあ、お前の寝言っておもしれーな。英語と日本語混じってて。どんな夢見てたの?」  目を細めて面白そうに問われ、夢から覚めて良かったと心底思う。あの日の続きの未来がすっぽり腕の中にある。  未来が手に入ったのだって、あの日上条さんに言われた通りに『あと一歩の押しの強さ』を身に付けたおかげであり、やっぱり信じるべきものは上条教だ。 「んー、ちょっと苦めの良い夢って感じ……? どんな寝言喋ってました?」 「むにゃむにゃ言ってたから殆ど聞き取れなかったけど、起きる直前は『shit, I'm gone』つってた。スラングだよな。どういう意味?」 「あー……言うシチュエーションで変わるっすけど、俺の夢ん中の場合は日本語で言うと『やべー、落ちた』って感じっすかね。恋に。上条さんに落っこちた日の夢見てました」 「なんだよ、俺に落ちたのやべーのかよ」  む、と口を尖らされ、頬が緩んだ。額に口付けて、ぎゅっと強く抱き締める。 「やべーくらい好きだって話っすよ。上条さんのこと好きになって、付き合えて、すげー嬉しい」 「恥ずい。けど嬉しーよ。俺も好き」  擽ったそうな笑みが愛しくて、好きで好きで止まらない。とか思わされる恋なんてしたのは人生初だ。 「朝メシどーする? なんか作る? モーニングでも行く?」 「上条さんはどっちが良いっすか? 散歩がてらモーニングも良いなと思うし、家でイチャイチャしながら食べんのもいーなと思うし」  ちゅ、ちゅ、と軽く啄むキスを上条さんの顔に落として問い掛ける。俺がどうしたい、より上条さんのしたいに合わせたい。つーか、どうしたいか聞きたい。けどそれはそれで負担かけるかなあ、と思わないでもない。 「じゃ、家。米炊いてねーからトーストと目玉焼きとスープとか、そんなもんでいい?」 「最っ高じゃないすかぁ! じゃー、朝食べたら昼からどっか行く? 上条さん映画観に行きたいつってたじゃん、あれは?」 「おー、観に行くかぁ。あ、じゃーさ、ついでにアウトレット行っていい? コート買いたい。アウトレットの向かいに映画館あんじゃん」 「いーすね、行きましょ!」  ちゅ、と頬にキスを返されて、頬が溶けるかと思った。上条さんはマジで優しい。誰に対しても。俺にだけじゃない。  でも今は俺にだけ笑ってくれて、キスを返してくれる。多分それは俺じゃなくても良かったと思う。今この瞬間、別の誰かの腕に抱かれてた可能性もあったかも。だけど今、ちゃんと俺の腕の中に居る。それが嬉しくて、幸せだった。  もぞもぞベッドから起き上がり、お互い軽く身支度を始める。上条さんは朝起きたらまず顔洗って歯磨きしたいタイプだから洗面所に向かう。  どうせ朝メシ食ったらまた歯磨きすんのに。って俺は思うけど、上条さんのご実家では『歯は一生物だから大事にしろ』ということで朝起きたらまず歯磨きする方針だったのだとか。だから上条さんの歯はピカピカに白くて綺麗だ。  やっぱ子どもの頃の育ちって、大人になっても影響残る部分が結構ある。自分の努力で変えられるところもあるけど、なんか家ごとのハウスルールみたいなのってあんじゃん。友達ん家行って全然違ってビビったり。うちの場合、歯磨きはそう口酸っぱく言われなかったな。いつも家の中って険悪ムードだし、母さんが口酸っぱく言うのは『勉強しなさい』だけ。その勉強しなさいだって、別に俺のためを思って言ってるわけじゃなかった。  とか、そんな記憶が浮かんできたけど、鏡に二人並んで映る姿を眺めて自然と笑みが浮かんだ。 「並んで歯磨きすんの、同棲っぽくて良くないすか?」 「んー、下瀬と並ぶと洗面所狭いけどなー」  上条さんと付き合ってからは、俺もそれに倣って朝食前にまず歯磨きするようにした。洗面台の前に並んでシャコシャコ歯磨きしつつ、鏡に映った上条さんの顔を眺めて頬を緩める。  上条さんはすげぇイケメンだけど、美男美女は見慣れてる。東京に住んでりゃ結構見掛けるもんだ。新卒で入社してから初めて見た時、アイドルみたいな顔してる人居んなあとは思ったけど、それだけ。顔で好きになったんじゃない。モチ顔の造りも好きだけど、見た目で一番好きなのは表情だな。綺麗に整った顔が大口開けて笑ったり、揶揄って目細めたり、表情豊か。 「なーに笑ってんだよ?」 「えー、上条さんってイケメンだなーと思って」 「んなの言われ慣れてるー」  口に歯ブラシ突っ込んだまま片眉上げて聞かれ、へらっと答えた。上条さんの表情が『なーんだ』みたいなケロッとした呆れ顔にコロッと変わる。このコロコロ変わる表情が好き。 「あははっ、そりゃそうだ。じゃー、可愛い」 「も、それなりに言われ慣れてる。けどもう三十だし、そんなん言うのお前くらいじゃね?」 「そうであってほしいっすね。俺以外から言われないでくださいよー、俺以外の前で可愛いことしないでほしー」 「お前の可愛いの基準がわかんねーよ」  上条さんはコップで口を濯いでうがいする。俺も買ってきて置かせてもらった自分のコップでうがいを済ませた。ら、手首を引かれてちゅっと口唇に口付けられる。悪戯っぽく目を細めた笑みにキュンとした。 「歯磨き済んだから口にしよ」 「そーいうとこが可愛いって言ってます」 「じゃ、お前にしかしないから大丈夫」  甘ったるい声と特別扱いに脳がどろっとして、蕩けちゃいそう。口唇にキスを返して、舌を絡め取る。上条さんは甘やかし上手なのに甘えんのも上手だ。お兄ちゃんでもあり、弟でもあるからなのかも。舌を絡めてキスしているうち、昨晩もたっぷりエッチしたのに朝っぱらからしたくなる。あー、ダメダメ。今から朝メシ食べて、アウトレット行くんだし。 「はぁっ……もー終わり。朝メシにしよ。続きは夜な」 「はぁーい」  蕩けた顔で言われて、もうメロメロ。上条さんの後に付いてキッチンに向かい、上条さんが朝メシの用意をしてくれる間に俺はコーヒーを淹れる。上条さんがコーヒー好きなのは知ってる。いつも職場にタンブラーで持ってきてるし。  俺よりずっと年収高いのに、出先でコーヒー買ったりしないんだって。金の使い所がきっちりしてる。余計な買い物はしないけど、使うとこにはきっちり使う。電動のコーヒーミルで毎朝豆を挽いて淹れている、と付き合う前から話に聞いていたそれで豆を挽き、上条さんのマグと、これまた持参した自分のマグに一杯ずつ淹れていく。  一応ちゃんと『俺の荷物持ち込んで良いっすか?』って事前に確認取ったから大丈夫。荷物置くの許してくれんのって、なんかテリトリーに踏み込むの許してくれる感じで嬉しい。 「じゃあ、いただきます」 「いただきまーす!」  テーブルの上には上条さんが用意してくれた朝メシと、俺が淹れたコーヒー。向かいには上条さん。恋人と迎える朝って幸せで、やっぱり締まりなく頬が緩む。  両手で抱えきれないほどの幸せを噛み締めながら、朝飯をぺろっと食べ終えた。

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