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第13話 付き合ってくれてありがとな

「そーだ、ナナとハチにクリスマスプレゼント買わねーと。ちょい見ていい?」  コインパーキングまで歩いて下瀬の車に乗り込み、映画前にアウトレットに入ったところ。屋外に店舗がずらりと立ち並ぶ中、通路の真ん中に置かれたでけぇクリスマスツリーが目に入り、ふっとそう口にした。  まだギリ十一月だが、外気の冷たさの中でアウトレットはクリスマス一色に染まっている。 「もち、いっすよ。姪っ子さんと甥っ子さんでしたっけ」 「そそ。ナナの方はもう十七だけど、クリスマス近くに友達と東京遊びに来るっつーからちょい会う予定でさ。ハチはまだ五つでかわいー盛り。何かいーのねーかなー、ハチはおもちゃで良いとして、十七のギャルって何喜ぶんだろ」  ナナは七緒。ハチは八尋。二人とも一番上の一音姉ちゃんの子だ。  ナナは俺が十三の頃に一音がシングルで生んだ子で、何度とオムツを替えている。きょうだいの一番下の六番目が俺の四つ下で、六番目とナナは九才違い。歳が離れた末の妹みたいなもんだ。 「あんま重くねー方がいっすよね。ハンドクリームとかのギフトセットは? パッケージがクリスマス仕様になっててかわいーじゃないすか」 「あー、喜びそう。ナナ可愛いの好きだし。そこの店寄らせて」  さらっと案が出てくる辺り、やっぱ女慣れしてんだろうなあと思う。別にいいけど。そりゃまあ、さぞかしモテてきたことだろうし。そんなことを思いつつ、目に入った斜め右にあるコスメショップをちょいと指差した。 「うぃ。上条さんちってホント仲良いんすねー。家族仲いーの、羨ましいなあ」 「んー、まあ適度な距離感で仲良くしてんじゃね。地元離れたから良い関係築けてるってか。地元戻って暮らすとかはぜってーヤだし」  コスメショップに向けて足を進め、ぽつぽつ話す。下瀬の言う『羨ましい』は口先だけじゃなく、本当に羨ましがってるように聞こえた。ガチで家族仲が宜しくなかったんだろう。 「地元嫌いっすか? 静岡って良いところそうだけど」 「地元の良いとこはメシが美味いのと東京に近いっつーことくらい。俺は東京に骨埋めるわ。上から三人目と五人目も上京してるけど、あいつらも地元にゃ戻んねーだろうな」  コスメショップの前に着き、店内に足を踏み入れた。キツイくらいにフレグランスの香りが漂っている。家族仲が悪いやつ相手に家族の話を続けていいものか少し迷ったが、聞かれるまま続けて答えた。  うちの実家は静岡でも東の方で、最寄り駅から東京駅まで新幹線なら四十分。都会育ちの下瀬にはわかんねーだろうけど、雰囲気としては田舎のデケー敷地にデケー車とか軽トラが置いてあって、休日にBBQしてるような家を想像すればまんまそれ。マイルドヤンキー的な。  でも三葉姉は絵描くのが好きなインキャのオタク。今は漫画家してて、なんだかんだ儲けているらしい。弟の五木は明るかったけど育つうちにインキャになって、今は東京にゃ住んでるけど在宅SE。同じ家で育っても様々だ。 「へー、上京してるご兄弟とは会ったりします?」 「たまにな。どっちも在宅仕事の没頭型でほっとくとロクなもん食ってねーし、ヘルプ来たらメシ作りに行ってやったり。二人とも出来るくせにしねーんだよなぁ」  そう言いつつ、クリスマスギフトコーナーに近付いた。どれもなかなか良いお値段だ。  三葉姉は先に上京していたから、大学の頃に同居させてもらい世話になった。世話も焼いたが。五木はちっせー頃はいつも俺の後ろウロウロ付いてきて可愛がってた。だけど人が嫌になったらしく長々不登校してて、俺が仕事始めた後に『お前も東京来い』つって俺の家に住ませたり。 「やっぱりメシアじゃないすか。もう大人なんだしほっときゃあ良いのに」 「まー、三番目と五番目は歳近いし、一番長く一緒に過ごしたからさ。死んだら悲しいし、たまには見に行ってやらんと。世話焼くの嫌いじゃねーし――あ、これどう?」  外箱がクリスマス仕様になっている可愛らしいハンドクリームとコロンのセットを手に取り下瀬に聞く。 「可愛いと思います! きっとナナちゃん喜びますよ。他のご兄弟さんは地元ですか?」  目を細めた笑みを向けられ「じゃあこれにしよ」と呟き、それだけ持ってレジへと向かう。 「そ。一番目は実家の工務店で設計士、二番目は不動産屋の自営、六番目は保育士やってる。そんなワケで、地元帰ると速攻で誰かしらの知り合いに声掛けられんのよ。『あれっ、上条さんとこの息子さん?』とか『おっ、上条弟?』とかさー。みーんな知り合いで、俺は息子か弟で、みたいな。それがイヤ」  肩を竦めて息を吐く。レジは並んでおらず、「プレゼントで」と店員に伝えて支払いを済ませた。 「そういや、上条さんがべろんべろんに酔っ払ってた時、俺は上条の弟とか上条の息子で、特別扱いされたことがないってぼやいてました。だから俺は一番が好きなんだー、店長なれんのうれしーって」 「俺そんなんお前に言ったの? 恥ずー……」  ラッピングをレジ横でしばし待つ間、下瀬はそう言うと眉を八の字にして目を細めた。これも忘年会で話したのだろうが、そんなことまで下瀬相手にぼやいているとは思わなかった。小さい頃からずっと尾を引く、俺がこう育った原因みたいな部分の話だから。いくら酔っ払っていたと言え、きっと下瀬を信頼しているから話してしまったのだろう。  実際、あの忘年会の後に『クリスマスに恋人と喧嘩したんだって?』だとか誰からも聞かれていないから、下瀬は誰にも話していないはずだ。クソお喋りしか居ないから、職場での会話なんてフリー素材の筒抜けなのに。 「俺はかわいーなって思いましたよ」 「かわいーっつか、ガキっぽいだろ」 「ガキっぽくなんてないっすよ。そういうの、普段言わねーだけで結構みんなあんじゃないかな」  ラッピングが終わり、可愛らしいショッパーに入れられたプレゼントを受け取った。店の出入り口に向け歩きながら続きを話す。 「サンキュ。子どもの頃、父親が仕事独立して自営になって、母さんも父さん手伝ってて両親忙しくてさ。そっから六番目も大きくなってちょい落ち着いたかなーみたいな時に姉ちゃんが未婚で妊娠して、ナナが生まれて。弟は不登校になったり。良い子の俺は手を掛けられてきてないワケよ。そんで、なんか、一番になりてーみたいなのがあって……だから、今店長やってんのうれしーんだよね」  慌ただしいまま、きょうだいの中間の俺はスクスク育った。顔良いからモテたりはしてきたけど、中高の頃の恋人って存在はステータスみたいな感じじゃん。俺自身を見てもらえてない感じ? 大学以降も上手くいった試しがないけど。  営業って仕事は良い。天職だ。数字至上主義上等。数字は俺を裏切らないし。中央展示場は俺の城。所詮雇われだけど、自営の大変さはよく知っている。大企業で会社に守られて働く方が安心感あんじゃん。なんだかんだ安定思考なのも育ち柄。 「上条さん、グレたりしなかったんですか?」 「グレよっかなって思ったことは一瞬あるよ。父さんのタバコパクって吸ってみたりくらいのもんだけど。したら父さんに見つかって『インハイ出れなくなっても良いのかタコ助!』つってゲンコツ喰らって、まあちゃんと愛されてはいんのかあーとか思って、グレずに済んだ」 「タコ助って上条さんもよく言う〜。良いお父さんっすね」  ふっと小さく笑うと、下瀬も目を細めた。 「まーな。父さんも母さんも好きだよ。実家の工務店はデカくなったし、ナナもデカくなったし、弟も引きこもりじゃなくなったし、今は全部落ち着いてんだけど。ちっさい頃の寂しさみたいなのが残ってるっつーか……我儘なだけだな。ごめん、つまんねー話した」  笑みを浮かべて相槌を打つ聞き上手に流されるまま、ベラベラと喋ってしまった。まあ下瀬なら、喋っても他人に言わんでくれるだろうな、みたいな。  コスメショップから外に出て、アウトレットの広い通りを肩を並べて歩いていく。 「いーえ。上条さんの話聞けんの嬉しいです。寂しかったって、俺に話してくれんのうれしーし、そういう人だから好きになったんだなーって思う。上条さん、次どこ見たいですか? おもちゃ屋さんは入ってないっすよねー、コート見に行く? DEAMZっすよね」 「……うん。付き合ってくれてありがとな」 「どういたしまして。DEAMZはー……階段上がった方っすね。行きましょ」  下瀬はスマホでマップを開き、俺が私服でよく着ているブランドの位置を確認して笑った。服屋に向け、手に持ったショッパーを揺らして歩く。  付き合ってくれてありがとうは、俺の買い物に付き合ってくれるってだけの話じゃなく。俺のこと好きになってくれて、強引にでも付き合ってくれてありがとう。って感じ。  元々下瀬のことは気に入っていたし、中央に配転してきてからは余計可愛がってた。すげえ頑張ってんの間近で見てたから。見た目も好みだったし。って言うと軽い感じするけど。  色々知ってるつもりでいたものの、付き合って初めて見える部分も様々。まだ知らない一面もあることだろう。だからどんどん好きになる。 「クリスマス、何して過ごします? 俺もう一緒に過ごす気で居ますけど、いーっすよね?」 「もち、いーよ。二十四は原と当番変わってやったから仕事だけど、夜は空いてるし、二十五は振休」  クリスマス色に飾り付けられた店たちをショーウィンドウ越しに眺めながら歩く最中、ふと聞かれてそう答えた。  今年のイヴは水曜日。本来原が当番だけど、先週頭に頼まれて交代してる。二十四に出勤する分、二十五に休みを振り替えた。まさかイブを一緒に過ごせる恋人が出来るとは、先週月曜の俺は露ほど思っちゃなかったし。 「俺も二十四仕事入れて出勤にしよっかなー。そんで二十五振休にすれば、沢山一緒に居れんじゃん」 「……まー、二十四にやることありゃそうしてもいーけど。二十五確か中谷当番で相田も出勤のはずだし。でも、二十四出勤にすんならサボんねーでちゃんと仕事しろよ」 「了解でーす! 何かしらのアポは入れられると思うんで、張り切って仕事しまっす!」  キラキラした笑みを向けられ、肩を竦めて小さく笑った。相手が俺だから下瀬に振休取んなっつうのもおかしいし、休みを合わせたいがために仕事したってまあ良いだろう。原が二十四に当番交代頼んできたのもマミちゃんとデートだからだし。先日交代頼んできた時はラブラブだったくせ、原はあっちゅーまに別れの危機に陥っているらしいが。  恋人って関係は法的拘束力があるわけでもねーし、くっつくも別れるも自由。だからそんなもんと言えばそんなもん。世の中諸行無常。移り変わらないものなんて無いわけで。  でもまあ、振られないようにせいぜい頑張れよと思う。原だけじゃなくて、俺も。 「クリスマスがこんな楽しみなの、人生初です」 「人生初て。大袈裟か」 「大袈裟じゃないっすよ。マジで言ってます。ちっさい頃から今までの間全部含めて、一番嬉しい」  いや大袈裟だろ。とやっぱり思うが、幸せそうに破顔した下瀬を見るにリップサービスじゃなく本気で言っているようだ。  俺は俺のこと好きなやつが好き。だけど、そんなに好かれるほど下瀬に対して特別何かしたという記憶がこれと言って無いから不思議だった。きっかけらしい忘年会での話が丸ごと記憶から飛んでいるというのもあるが。怪訝な顔を浮かべてしまっていたようで、下瀬は俺の顔を見てふっと笑う。 「俺さあ、多分上条さんが思ってるより、ずーっと上条さんのことが好きっすよ。好きの深度がどうちゃらって昨日言ってましたけど、マジで俺の愛、海より深いんで」 「お前のこと信じてないわけじゃねーけど、そんな好かれるほどのことした身に覚えがねーから、信じがたいっつーかなぁ。変に理想化してね?」 「身に覚え無くても仕方ないんじゃないすかね。なんつーか、上条さんて分け隔てなくみんなにすげー優しいじゃん。それが当たり前みたいな。自分が特別なことしてるって気付いてないんじゃないかなー」 「えー、例えば?」  話しているうち、服屋の前に着いて店内に入る。店内には冬物の服がずらっと並んでいる。混んではいないが、ガラガラすぎるという程ではない。 「んー、上っ面じゃなくて、中身見てくれる感じ? 色々と、よく気付いてくれるじゃないすか。一人一人に向き合って、誠実に接してくれる。勿論、俺にも。上条さんが優しいのは俺だけにじゃないってわかってるけど、俺のことちゃんと見てくれて、向き合ってくれんのが嬉しかった」 「そんなん、下瀬だって周りのことよく見てんじゃん」  アウターが並ぶ一角に足を向けつつ、話を続ける。 「や、俺は上っ面みたいなもんで。薄いんすよねー。顔色読んだり、愛想良く取り繕うのは得意だけど……所詮他人事みたいな? リップサービスばっかりで、心から思ってるわけじゃないってか……基本的に、自分勝手なんすよ」 「言われた方がそれで喜ぶなら、リップサービス常套だろ。それにちゃんと見てっから、何言ったら良いか分かるわけじゃん。俺はお前のこと、やさしーやつだと思うし。一生懸命で、努力してんじゃん」 「そういう、丸ごと認めて肯定してくれるとこが好き。俺だけに対してじゃないけどさ。資格取れよとかも、自分のためとかじゃなくて、俺のこと思って言ってくれてんのわかるし……あ、それ良いすね。めちゃ似合いそう」  俺がダークグレーのチェスターコートを手に取ると、下瀬はへらっと笑った。まあまあ良いお値段だけど、コートにしちゃ安い方。アウトレットだし。  今使ってるコートは五年着た。以前の恋人二人分の冬の記憶が残ってる。まだ使えなくはないけれど、大事に使ってきたしそろそろ清算しても良いタイミングだろう。 「上条さんはみんなのこと好きで、みんなに優しくてさ。でも、恋人のことは特別好きになるみたいだったから、上条さんの『特別』がすげー欲しくなった。他の誰でもなくて、上条さんの一番になりたいって」  そんな言葉を聞きながら、コートをその場で羽織る。着丈も袖もちょうど良い。鏡で見てみると、シルエットもすっきりしていてピッタリだった。あれこれ悩むより直感で選ぶ方だから「これにするー」と言って脱いだコートを腕に引っ掛ける。 「ちゃんと、下瀬のこと特別好きだよ。本気で恋人になりてーみたいな気持ちとは違うけど、元から恋愛対象として見てたし。懐かれて慕われて、素直に言うこと聞くし、仕事も一生懸命だし、かわいーやつだなーって」 「ホントっすか? 嬉しーっす」  下瀬の顔を見て言うと、下瀬はパッと顔を明るくして笑みを浮かべた。こういうとこがやっぱかわいい。 「ホント。俺はこんだけ買ってくわ。お前は何か見る?」 「んー、新しい靴買いたいかも。上条さん、選んでくれません?」 「いーよ。ここはあんま靴置いてねーし、靴屋行こ。ボーナス出るし、良いやつ買ったら良いじゃん。かっこよくて履きやすいやつ。靴は幸せ運ぶからなー」  そう言いながら、自然と口角が上がる。下瀬もへにゃっと嬉しそうに笑った。 「えー、既に超ハッピーなのに、もっと幸せになれちゃうんすか?」 「良い靴は良い場所に連れて行ってくれるって言うじゃん。新しい靴履いて、色んなとこ出掛けよ。そしたらハッピーだろー」 「最高にハッピーっす! 沢山デート行きましょーね。上条さんはどこ行きたいですか?」 「お前が買う靴がどういうのかにも寄るけど。革靴系なら今日みたいに買い物とか、映画とかさ。スニーカー系ならサッカー観戦とか、キャンプとかアウトドアかなー。あと、靴関係ねーけどスノボ」  レジに向かって歩く最中、行きたい場所を考えて挙げていく。スノボは付き合う前から予定を入れていたから、来週水曜一緒に行く予定だけど。他のやつらも一緒だが。 「ぜーんぶ行きましょ! どれも楽しみだなー、スノボは行くの決まってるけど二人っきりじゃないのがちょい残念」 「じゃー、どっかしらで二人でも行く? 泊まりでさ」 「めぇっっっちゃ、行きたいです! やった、楽しみ増えた」  またも大袈裟に満面の笑みで喜ばれ、大袈裟なやっちゃなーと思いつつ、なんでも喜ぶからこっちも嬉しい。  レジに着き、コートだけ会計を済ませる。手に持ったショッパーが二つになった。 「後でスケジュール確認して、旅行の日決めよ」 「はーい!」  良い返事が返されて、くくっと喉を鳴らして笑った。

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