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第14話 安全運転第一
「はー、欲しいもんは全部買えたし、映画もおもろかったし、美味いメシも食べたし、良い休日だった」
「ですねー、楽しかった」
アウトレットの駐車場で下瀬の車の助手席に乗り込み、シートベルトを着けてぼすんと頭をヘッドレストに凭れた。時々仕事の電話がかかってきて邪魔されたが、それはまあご愛嬌。
後部座席にはコート入りのデカめのショッパーと、コスメショップの小さいショッパー、買って速攻履き替えたから下瀬が今朝履いてた靴が入ってる靴屋のショッパー、それとアウトレット向かいのデパートで買ったハチ用プレゼント入りのおもちゃ屋のショッパーが置いてある。殆ど俺の買い物だ。
下瀬にもクリスマスプレゼントを用意してやりたいから、何をやろうかなんとなく見てもいた。欲しそうなもん無いかな、とか、反応見たりもして。付き合って一ヶ月くらいの頃って、何をあげて良いものか難しい。あんまり高いもんも重たいだろうし。
「やっぱ夕方になると冷えますねー。車ん中もさみぃ。暖房付けよ」
「もう年末だもんなー。一年終わんのはえぇー」
下瀬は車のエンジンをかけて、暖房を少し強くした。車が発進する前、ひょいと覗き込むように顔が近付いてきて、ちゅっと軽くキスされる。
「なーんだよ。甘えた?」
「甘えたでーす。じゃ、出発しまーす」
車内だし、周りに人気もない。ふっと揶揄うように笑うと、甘えたな笑みが返ってきてこそばゆい。今幸せだなーとか実感して、だから少しだけ怖かったりもする。幸せだけな恋なんて中々無いもんだろうと思ってるから。
車内ではラジオが付いていて、帰路を走る道中、古い曲から流行りの曲まで流れてくる。下瀬の車には何度も乗ってるけど、そういやこいつの車っていつもラジオが付いてんなーとか思った。
「この曲懐かしー。中学生くらいの頃よく聴いてた」
「へえ、俺初めて聴きました。良い曲っすねー」
「ドラマの主題歌になってて結構流行ってたと思うけど知らねーの? 三歳差でもジェネレーションギャップってあんだなぁ」
当時流行っていた男性歌手のラブソングが流れて何気なく話題にしたけれど、初めて聴いたと言われて少し驚いた。
「や、ジェネレーションギャップっつか、俺ん家が特殊だっただけっすよ、多分。うちの家、テレビほぼNGでドラマとか音楽番組とか観れなかったんで。観れるテレビはニュースと、父さんが好きなメジャーリークだけ、みたいな。あとは英語のDVDっす」
「マジか。厳しかったんだなー……」
「そっすねー。昨日ちょっと言いましたけど、うちは母親がヒステリック教育ママで。父親曰く、元はフツーの人だったぽいんすけど、父親のアメリカ駐在からおかしくなっちゃったっぽくて……ま、今になって思うと、英語喋れねー母親が駐在付いてって孤独だったんだろうなーとか、ちょっと理解しなくもないんすけどね」
運転中の下瀬は前を向いたまま苦笑する。その横顔がちょっと寂しそうで、胸が痛い。
「母親はフツーの庶民の高卒なんすけど、駐在のママ友とかインターのママ友とかはみんな才女だったりお嬢様で。そういうのでコンプレックス爆発して、ぜんぶ俺に向いて。父親にもキーキー言ってたけど。俺は母親の劣等感解消のための道具で、だけどインターは頭良いやつばっかで、俺は中の下程度で。だからいーっつもヒスられてました」
冗談めかしたように下瀬は明るく言う。顔は笑えていない。
「そっか。しんどかったよな。俺のちっさい頃とは全然違うし、分かったようなこと言えねーけど……俺に話してくれてうれしーよ。誰にも言わねーし、大丈夫だから」
「へへ、あざす。なんか俺、多分寂しかったんすよ。目は俺を見てんのに、心が何にも俺に向いてないのが痛かった。俺をちゃんと見てほしかったってか……あー、こういうの話すの、恥ず……」
下瀬は口角を下げ、複雑そうな、気まずそうな顔を浮かべた。
小さい頃、俺も寂しかったし、見てほしかった。だけど下瀬のそれは、俺とは違う類のものだろうなあと思う。沢山の家族の中で普通に愛されて、でも俺だけの特別が欲しいと思っていた俺と、一人っ子で自分に注目されていたのに、自分そのものと向き合ってもらえなかった下瀬と。赤信号で車が止まる。
「俺はちゃーんと見とくよ、下瀬のこと。見て見てー褒めて褒めてーってアピールしてくるしなー」
「上条さん、いっぱい褒めてくれんだもん。褒められたくてついアピールしちゃうんすよぉ」
笑って言うと、下瀬は照れ臭そうにくしゃっと笑った。構ってほしがりで甘えたなかわいーやつ。
「偉い偉い。下瀬はよくやってるよ。いつも頑張ってる。家戻ったらめいっぱい甘やかしちゃる」
「最高っす。どういう風に甘やかしてくれるんすか?」
目を細めて横顔を眺めると、チラッと視線が向けられた。期待してる顔。くっと口角が上がり、揶揄う笑みを向けた。
「んー、朝の続き? 抱き締めてキスして、沢山褒める」
「今すぐ帰りてえっす。どうにか早く帰れねーかなー」
「安全運転第一。交通違反懲戒処分されっからなー。ゆっくり帰ろ。信号青んなったぞー」
へにゃっと緩んだ笑みを浮かべて「はーい」と返され、嬉しげな横顔に俺も頬が緩む。
人生色々。程度の大小はあれど、苦い思い出だって人それぞれあるだろう。癒えきれずに、まだ痛む傷も。全部開示しろなんて言わない。知っても知らなくても、俺から出来ることは変わんねーし。
下瀬が俺の前で安心して、気負わずに、そのまんまで居られたらいーな。とか思う。
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