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第20話 王子様ってガラじゃねーけど

「やべー遅れる! 先上がる、お疲れ!」 「お疲れ様でーす!」  パート事務員の山本さん以外は営業フルメン揃っている中、一同に声を掛けて慌ただしく展示場を後にした。  昼過ぎまで契約見込みのお客様相手に現場見学会のご案内、それが長引いて昼休憩をしっかり取る暇もなくパン一個掻っ込んで、午後は契約客の打ち合わせ。打ち合わせが終わったらパンとコーヒーで小休憩挟んで、からの事務処理。と時間に追われていたらあっという間だ。毎日仕事して仕事して、会社の奴らとスノボ行って、仕事して仕事して飲み行って、仕事して仕事して。  慌ただしく日々が過ぎ、本日十二月十三日土曜。年の瀬が近づく師走は普段よりか時の流れが速く感じる。まあ、大人になってからはなんでもかんでもあっという間だが。  十九時半の待ち合わせに間に合いそうもなく『ごめん、十分くらい遅れる』とメッセージを送り、西武新宿線沿線の自宅最寄駅のロータリーへと向かった。  ロータリーすぐそば、駅真ん前のコンビニ外に、ショート丈のライトグリーンのダウンを羽織り同じくライトグリーンのニット帽を被って紺のミニスカを穿いている派手なギャルが目に映る。向こうも俺に気が付いたらしく、満面の笑みでブンブン手を振り車に近づいてきた。 「しーちゃーん!」 「ごめんお待たせ! ナナ、元気だったか〜? 楽しかった? ハグは俺が職質されかねないからやめような〜」 「全然ヘーキ! めちゃ楽しかった! 見て見て、今日遊んできた梨乃ちゃん! と、ぬい! かわいーっしょ?」  駅真ん前の乗降スペースに車を停めて、一旦運転席から降りると飛びつくように抱き付かれて頬を緩めた。忙しなくスマホを取り出したナナに梨乃ちゃんなる女の子とのツーショ写真を見せられて、ちゃんと同年代の女の子だなと安心する。友達と東京に行く、と聞いていたが、よくよく聞いたら『SNSで繋がった友達と東京でオフ会』とのことだったから少しばかり心配していた。  写真の中の二人はちっさいぬいぐるみを手に持って、可愛らしいポーズで自撮りしている。ナナはギャルって感じのファッションだが梨乃ちゃんは清楚っぽい。 「そりゃ良かった。ナナも梨乃ちゃんもかわいーな。ほら、荷物積み込むからから渡して。一泊二日だっつーのに荷物多すぎね?」 「ありがと! 着替えも入ってるし同人誌とかグッズも買ったしーあと応援上映行ってきたからペンラとかうちわとか!」  透明ポケットにキャラクターの缶バッジが大量に付いているライトグリーンのバッグ、本がずっしり入ったキャンバス地のトートバッグ、着替え等が入っているであろう黒いボストンバッグを呆れ顔で受け取った。俺はよく知らんけど、ナナは緑がメンバーカラーのキャラクターが好きらしい。  冬休みになってから来りゃいーのにと思っていたが、キンライとかいうアニメ映画の上映スケジュールの都合で今日にしたとかなんとか。泊まりで明日も遊んで帰るらしい。いーな高校生、羨ましい。 「あーまあナナが楽しそうで何より。んじゃ移動すっかー」 「はーい」  荷物を三列シートの二列目に積み込んで、ナナを助手席に乗せて運転席へと乗り込んだ。ロータリーから車を発進させて、自宅に向けて走り出す。  本日、ナナは三葉姉の家に泊まる予定だったが、三葉姉は漫画家であり、同人活動とかいうものもやっている。進捗が宜しくないまま締切が近付き、とてもナナを泊めてやれるような状況ではなくなってしまったらしい。というわけで、本日は俺の自宅に泊める手筈だ。  言うて俺の自宅は1LDK。オムツを替えていた姪っ子相手に親心以外の気持ちはミクロも無いし、更に言えば俺の自認はゲイ寄り。ナナ自身も俺と同じ部屋に泊まることを全く気にしていない。が、俺が気にする。だからナナを部屋に上げた後、俺は乃亜んとこに泊めてもらう予定。 「みっちゃんとも会いたかったなぁー、キンライの話したかったぁ。折角だから、いっくんとも会いたかったし」 「三葉姉も五木もナナに会いたがってたよ。ま、二人とも年明け多少実家に顔出すだろ。俺は年末年始こっちに居るつもりだから今日会えて良かった」  俺の今年の年末年始の公休は二十九日から二日までの五日間。土日祝休みの職だと今年は大抵九連休らしいが、俺らは世間の休みが働きどきだ。三日が土曜だから今年は三日が仕事始めとなり、年明けの休みが二日しか無いから今年の帰省は無しにした。 「しーちゃん、今日友達のとこ泊まるって言ってたけど、彼氏っしょ。年末年始彼氏と過ごすつもりなんだ〜? 連れてくればいーのに」 「やー、まあ、今日はそう。年末年始どーすっかは決めてねーけど。付き合いたてホヤホヤだから、実家に連れてくのはちょい無理だなぁー」  口唇を尖らせて指摘され、ハンドルを握ったまま肩を竦めた。二年前の正月、実家で親やきょうだいから彼女の有無を聞かれた時に『今付き合ってんの男で』とカムアウト済みだ。地元に居たときゃ女の子と普通に付き合ってたから多少驚きはされたものの、否定されるようなことはなかった。  まあ、きょうだい六人居て、性格だってバラバラだし。一人くらい同性と付き合ってるやつが居たっておかしかないだろう。つーわけでナナの耳にも入っている。 「あー、夏に聞いた時は別れたてホヤホヤだったもんね。ラブラブー?」 「まあー付き合いたてだし、それなり? ナナは? 彼氏とどう?」 「こないだ別れた! 付き合う前はアニメの話とか興味ある風にしてたのに、キンライとかアニメ好きなのくだらないみたいに否定してくるから! キンライ一緒に観に行ってくれるような彼氏じゃなきゃ嫌!」  ナナに対して彼氏の話をするのは気恥ずかしくて、それとなく話を逸らす。が、彼氏の話は現在ナナにセンシティブだったらしく、元カレに対しての苛立ちが滲む声音で返された。 「マジか。オタク趣味に理解が無くとも否定はよくねーなぁ。キンライが分からんでも『ナナが楽しそうで嬉しい』って思ってくれるやつじゃねーと俺もヤダ。次はそう思ってくれるやつと付き合いな」 「そういうのってどーやって見極めたら良いのかな?」 「そぉなぁ〜、俺も失敗ばっかだから偉そうなこと言えんけど……まあ、ナナが好きなもんの話してる時、相手の顔とか態度はわりと正直に出るもんじゃね? ちゃんと聞いてくれてんのか、茶化さねーか、否定しねーか、とかさ」  少し考えて、そう口にする。俺だったらサッカーとか?  家でW杯観てる時に『こんなん後でいーじゃん。エッチしよ』とか言われたらムカつくだろうな。リアルタイムで観てーんだよってなると思う。趣味は人それぞれで、一緒に応援しろとか押し付ける気はねーけど、俺の好きなもんに理解くらいは示してほしい。 「あーほら、誠司さんとか。誠司さんは一音姉とぜんっぜん趣味合わんけど、一音姉の話ニコニコ聞いてるだろー。そんで一音姉の好きなもん一緒に好きになってんじゃん? 無理したりしねーで自然にさ。ナナのことも、ハチと差付けずに大事にしてくれてるし。ああいう人ならキンライも一緒に楽しんでくれるだろ」 「確かに、キンライの配信あった時にパパ一緒にキンライ観てくれたー。七緒は鉄雄くんが好きなんだね、鉄雄くんカッコいいねーってニコニコしてたなあ。パパみたいな人、見つかったらいいなー」  俺にとって義兄で、ナナにとっては母親の再婚相手である誠司さんは本当に良い人だ。だから一音姉もナナも良かったなーと心から思ってる。 「見つかるって。ナナは母親譲りで気ぃ強いとこもあるけど、人に優しくて懐っこくてかわいーもん。みんな失敗して学ぶもんだから別れも成長。いつかナナにぴったりの王子様に出会えるよ」 「しーちゃん、ありがと! ねね、しーちゃんの今カレは、しーちゃんにピッタリの王子様?」  俺の話に戻ってしまいウッとした。ナナに話すのはやっぱりどうにも気恥ずかしい。 「あー……そうだなあ。王子様ってガラじゃねーけど、優しくて、一緒に居て楽しいやつ……かなあ」  あと、俺のことめっちゃ好きで、結構ヤキモチ焼きで、見た目もタイプだし、キスもエッチも上手い。などと言えるはずもなく、当たり障りなく返事した。  乃亜の顔を思い浮かべると、心がじわっと温まる。元から恋愛的な意味で『ちょっと良いな』と惹かれていたものの、本気で付き合いたいだとか思うわけじゃなかった。だから向こうから告白されたのは俺にとって青天の霹靂で、熱意に負けて付き合って。ちょっと良いな、から、本気の好きに変わって、今は心から好きだと感じてる。  だけど、まあ。三十歳ともなると、それなりに酸いも甘いも噛み分けている。これまでの付き合いだって、ラブラブで幸せな時期もあった。  心の片隅に巣食った小さな穴は結構根深くて、多分この穴とは一生付き合うことになるんだろうなあ、とも思う。考えないようにしてるけど、いつか同じように、理由も分からないまま終わるんじゃないか、とか頭に過ぎってしまうこともある。  それでも確かに、俺は今幸せだ。 「いーね! 彼氏が王子様じゃなくても、しーちゃんが王子様だしバランス取れてる〜」 「まーな、俺は生まれてこの方アイドルフェイスの王子様よ。もう俺も三十だし王子様って年じゃねーけど」  冗談めかして笑っているうち自宅に到着して、軽く部屋を案内する。ナナがウチに来んのは初めてだから「しーちゃんの部屋おしゃれ〜!」とかキャピキャピはしゃいでる。 「あ、ナナ。これ、ちょい早いけどクリスマスプレゼント。こっちはハチ用。荷物増やして悪ぃけど、明日持って帰って」 「えーっありがとう! ラッピングかわいい〜! マロンマロンだ! 私の分開けていい?」 「いーよ、どうぞー」  ナナに乃亜と買いに行ったプレゼントをマロンマロンの紙袋ごと渡すと、ナナは顔を綻ばせた。ニコニコ顔で包みを開けて「クリスマスギフトセットだー! 超かわいい! ありがとう!」と笑みを浮かべる。 「写真SNSにアップしていい? しーちゃんも一緒に撮ろ〜っ」 「いーけど、ネット上の付き合いだけの友達とのアカウントでは顔とかスタンプで隠しとけよー。誰でも見れるような公開SNSでは言動とか写真とか気をつけること」 「はぁい、分かってまーす。はい、しーちゃん、撮るよーっ」  俺が口うっさい叔父ムーブで説くと、ナナはカラッと笑って俺の隣に寄った。肩を竦めてインカメにしたスマホに顔を向け、優しくてカッコいい自慢の叔父さんらしい笑みを作った。

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