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第21話 クタクタに煮えるまで
「――ってことで、乃亜んとこ泊まらせてくんね?」
恋人から両手を合わせて小首を傾げておねだりされたら、断れるやつなんか居ないと思う。
「喜んで! めっちゃ綺麗にしときます!」
と、反射的に満面の笑みで返していた。そもそも断る理由もない。むしろめっちゃ嬉しい。
泊まらせて、と頼まれたのは一昨日のこと。姪っ子のナナちゃんを四季さんの家に泊めることになったらしく、ナナちゃんへの配慮で四季さんが出ていくことにしたと。
俺らが住んでるここは多摩地域だけど、四季さん宅の最寄駅までは高田馬場から四十分くらいらしい。二十三区からは遠いけど、夜中に若い女の子一人で地元に帰るよりは安心だろう。ちなみに現在俺が居るこの自宅から新宿までは最寄駅から中央線で三十分。
そんなわけで、元気良く玄関ドアを開けた今時分だ。
「乃亜も忙しいっつーのに、急に悪いな」
「いーえ、待ってました! どーぞ、上がってください」
満面の笑みで迎えたけれど、四季さんは眉を下げて申し訳なさそうな顔をした。全然悪くない。ウチに来てくれんの、俺は嬉しい。東展示場在籍の頃に借りた部屋だから四季さんの自宅とは方向違うし部屋も狭いから、ウチに来てもらうのは初めてだ。
四季さんはスーツ姿で、一泊分の荷物を持ってきてる。明日も仕事だからこのままウチから出勤する予定。俺はトレーナーとスウェットパンツっていうテキトーな部屋着に着替え済み。
上がってもらい、短い廊下を歩きながら「こっちがトイレで、こっちが風呂場。正面が部屋っす」と軽く案内してく。
廊下にはしょぼいキッチンと冷蔵庫。飲みに行きやすい駅チカの家で、デカい駅の近くでの一人暮らしだから1DKの狭い部屋。グループ会社・藤原不動産の自社物件で、家賃補助がガッツリ出てる。言うて駐車場代と合わせて月六万は払ってるけど。駐車場代がクソ高い。
「へえ、案外綺麗にしてんじゃん。もっとごちゃごちゃしてんのかと思ってた。乃亜、書類の管理雑だし」
「雑じゃないすよぉー。スキャンして資料アップした後、原本そのまま取っといた方がいーのか分からん書類をとりあえずクリアファイルに全部入れて置いてるだけで」
「やっぱこれ要らんなって分かった後は定期的に処分してかねーと溜まる一方だろが」
部屋の様子は四季さんの言う通り、ある程度綺麗にはしてるけど実は整理が雑だ。押入収納に全部ぶっ込んで見えるところは綺麗なスタイル。
押入開けると片側がデスクになってて、そこに本とかノーパソが置いてある。押入反対側の上段には突っ張り棒でスーツとか服がかけてあって、下段の後ろ側に引越して来た時そのまんまの段ボール、前面にキャスターが付いた縦長の棚二つ。棚の中に諸々しまってるけど、まあごちゃごちゃ。
バッドやミットの野球グッズはしまわずにインテリアっぽく外に出していて、冬だからスノボグッズも外に出してある。部屋の中にあんのはそれらと座卓、テレビ、あとはベッド。そんくらい。
「うー、直します……でもでも、部屋は綺麗っしょ? 要らんってなったらちゃんと捨ててますし! 割引券付いてる飲食店のチラシとかは溜めちゃったりするけど……」
「あー、それはちょっと分かる。俺はクーポンだけ切って財布に入れたりするけど、気付いたら期限過ぎてんだよなーあれ。うん、綺麗綺麗」
四季さんはケラケラ笑って、俺の髪をくしゃっと撫でた。四季さんに頭撫でられんのすげー好き。
要らんってなったらちゃんと捨ててる。だから元カノ達の影を感じるようなモンは置いてないはずだ。そもそも自宅に呼ぶことってあんまなかったけど。仕事終わりに暇だったらふらっと彼女の家行くーみたいな感じだった。
最後に付き合ってた彼女と別れたのが去年末で、その後諸々処分したし、一応昨日一昨日でもザッと確認済み。まー四季さんは何か見つけたところで、俺と違ってヤキモチなんて妬かないかもしんないけど。
「四季さん、何鍋がいーすか? 鍋の素めっちゃ買ってきました。先メシにしますよね?」
ジャケットを脱いでハンガーに引っ掛けている最中の四季さんに鍋スープのパウチを見せる。せっかく初めて俺の家に来てくれんだから、まったり家で過ごしたい。だから『寒いし家で鍋食いましょ』と事前に伝えておいた。
「おー、種類何があんの? キムチ、味噌、白湯、トマト、ちゃんこ……んー、今日は辛いモンの気分じゃねーかも。キムチ以外ならどれでもオッケ。乃亜はどれが良い?」
「じゃあ〜……今日はちゃんこで! 俺作るんで、四季さんは適当に寛いでてくださーい」
材料はカット済みで、下準備は終えている。自炊はこれまで殆どしてこなかった。大学ん時から一人暮らししてるけど、基本居酒屋バイトのまかないと学食と飲み会、あとは彼女がメシ作ってくれたり。
社会人なってからも先輩達とか同期と外食ばっかで、家で食べるとしたらコンビニ飯やら牛丼のテイクアウト。あと朝にトースト焼いたりそんくらい。でも鬼忙しい四季さんでもたまには自炊してるとのことだし、俺もちょっと頑張るか、と思って最近になってようやくやり出した。言うて全然使ってなかった炊飯器で米炊いて、適当に肉炒めたりするくらいだけど。
「付いてっていい?」
「いーすけど、材料もう切ってあるからあと煮込むだけっすよ? 鍋で失敗することそう無いだろうしヘーキですって。廊下さみーし」
「失敗するか不安なわけじゃねーよ。見てたいだけー」
ちゃんこ鍋の素持って部屋から出ようとすると、四季さんも一緒に付いてきた。
「甘えたっすか?」
「そー、甘えたさせて」
ちゃんこ鍋の素のパウチ切って、用意しといた鍋にとぷとぷ注ぐ。ちょっと背伸びする感じでぽすんと肩に顎を乗せられて、背中側から軽くハグされた。
「へへ、くっついてると廊下に居ても寒くねーっすね」
「人間湯たんぽな。乃亜あったけー」
「コンロ点けたら逆にあちーくらいかも?」
一口しかないIHコンロのスイッチを押して、鍋の素だけ入れた鍋を温め始める。火力が低いからすぐには沸騰しない。
「そいえばナナちゃんどーでした? どこ遊びに行ったって?」
「お台場で映画観て、池袋で買い物して、カフェ行って、目一杯散策してきたらしい。アウトレット行った時に買ったプレゼント喜んでたわ。速攻SNSにアップしてた。あんがと」
ちゅっと軽く頬にキスされて、身長が近いとなんか立ってても距離感近くて良いなーとか思う。押しまくってどうにか付き合えた分、ちょっと不安が過ぎる時もあるけど、四季さんは言葉でも態度でもちゃんと俺のこと好きだって丁寧に伝えてくれるから安心する。
「プレゼント自体は選んだの四季さんじゃないすか。今時の若い女の子ーって感じすね。一緒に写真撮りました?」
「撮ったよ。連写で撮った写真全部共有されたから大量にある。ほら」
四季さんは俺の目の前にひょいとスマホを差し出した。バックハグが解かれてちょい残念。スマホの画面にはバッチリ今時の女子高生っぽい化粧してるナナちゃんと、くしゃっとした笑顔の四季さんが映ってる。加工アプリで撮ったっぽくて実物とちょい違うけど。
「二人ともかわいー。写真もいーけど、四季さんは実物の方が可愛いっすね」
「ナナの加工設定に俺も巻き込まれてるから写真の方が顔ちっさくて目デカくね?」
「実物の方が顔ちっさくて目デカくないすか?」
写真に向けていた視線を四季さんに向けて、まじまじと顔を見る。アーモンドみたいな形のぱっちりした目で見つめ返されて、それだけでドキドキした。両目とも同じ形なわけじゃなくて、右目は左目よりちょっと二重の幅が狭いアシメントリー。そういうのが逆になんか色っぽいなと思ったりして。
「……乃亜くーん、あんまジロジロ見られると恥ずいんだけど。穴空きそう」
「やっぱ四季さん綺麗だよなーって見惚れてました。実物の方がかわいーっすよ。加工とかいらねー。でも一緒に写真撮ったりはしたいな。どっか行った時撮りましょーよ」
呆れを顔に浮かべた四季さんの綺麗な口唇にちゅっと軽く口づけた。目を離していた鍋からポコポコ音がしてきて、沸騰したらしいことを知る。
「あ、材料入れなきゃ。四季さーん、冷蔵庫ん中からボウル取ってください。切ったやつ全部入れてあるんで。あと豆腐のパックもー」
「りょーかい。ほい、ボウル。俺豆腐切るわ。包丁借りる」
ステンレスのボウルを受け取って、鍋の中に菜箸でザーッと具材全部ぶち込んだ。具材は白菜、にんじん、長ネギ、鶏団子、豚肉、しめじ、えのき。
四季さんはシンクで手を洗って、俺がシンクに置きっぱにしてた包丁をスポンジで洗って木綿豆腐を手のひらの上で大きめに切り分けた。切った豆腐をポンポンと鍋の中に追加で入れていく。換気扇回してるけど、食欲を唆るいい匂いがふわっと鼻を擽った。
「うまそ。いー匂いする」
「ね。四季さんどんくらい煮んのが好きっすか? 柔めと固めと」
たっぷり具材を詰めた鍋に蓋をしてIHの火力を弱めた。
「シャキシャキから食べ始めて、食べてる間も弱火でコトコト煮といて、最後の方クタクタになってんのがスキ。どっちか選ぶならクタクタかなー、しっかり味染み込ませたい」
「いーっすねー。今度卓上コンロ買っときます。使ってなすぎて久々に引っ張り出したら壊れちゃってて。今日はクタクタに煮えるまでチューして待ちましょ」
「軽めのチューに抑えとこ。あんま深いチューしたら、鍋が煮える前に俺が煮える」
バカップルっぽい会話しつつ、バカップル上等だから軽いキスをいくつも落としてく。四季さんは擽ったそうに笑いながら軽いキスを返してくれた。
「えー煮えてほしいっす。四季さんすぐトロトロの食べ頃になってかわいーんで。鍋の具材に例えんなら……白菜?」
「俺白菜かよ。乃亜はそーだなー、変わり種っぽい。チーズとか? すぐ蕩けてアツアツな感じ」
「チーズもあるっすよ。米も炊いてあるし、シメはチーズリゾットにしましょ」
返ってくるキスや言葉が嬉しくて、時々深く口づける。そうするとやっぱり鍋が煮えるより早く四季さんがトロトロになってきた。すぐ側では鍋がコトコト音を立ててる。
幸せってこういうことなんだろうなー。とか思って、締まりなく頬が緩んだ。
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