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第22話 好きの理由
「あ、小野田さんからだ」
部屋着に着替えた四季さんと隣り合い、座卓に向かって締めのチーズリゾットを食べていたところ。社用スマホがピロンと鳴った。
先月末にテレアポから来場予約に漕ぎ着けて、現場見学会等のイベントごとも済ませた契約前のお客様だ。届いた文面にザッと目を通して、思わず「おっしゃ」と声が出る。
「なんだって? 契約?」
「です! 年内に契約しちゃいたい、って」
「やったじゃん。テレアポから一ヶ月足らずで契約決めるとか、さっすがうちのエースくん」
四季さんは缶ビール片手に悪戯っぽく目を細めて、ビール持ったのと反対の手で俺の髪をわしゃわしゃ撫でた。
「いやー、照れちゃうなぁ~。あざす」
頭を掻きながら照れ照れ笑う。爆速で小野田さんに契約の希望日程を質問すると、爆速で希望日程が返ってきた。それを見て「あー……」と小さく声が漏れる。
契約は嬉しい。嬉しいけど、ひとつだけ残念なお知らせがある。
「あのー、四季さん、残念な報告なんすけどぉ……」
「なに、どした?」
ちょっと申し訳なく眉を下げ、社用スマホを四季さんの目の前に差し出した。
「小野田さん、契約の日程、二十五日が良いらしくってぇ……クリスマス、ゆっくり一緒に過ごしたかったんすけど……」
「あー。ま、そりゃしゃーない。二十四の夜は一緒に過ごせんじゃん。俺のことは気にせんでいーよ」
四季さんは少し眉を下げて笑う。ちょっと残念、みたいな表情。二十四の水曜に出勤して二十五の木曜は振休取るつもりでいたけど、お客さんも俺も年内に決めたいとなればやむを得ない。
小野田さんは歯医者さんで、毎週木曜・日祝が定休日だ。俺は年内の日曜は仕事の予定埋まってて動かせんし、来週の木曜は小野田さんの都合が悪いと。クリニックが十九時までだから仕事終わりも都合が付かないし、二十七日からはご家族で海外旅行とのこと。詰んだ。
四季さんから、去年のクリスマスの時には当時の恋人が嘘か本当か仕事っつって一緒に過ごせなかった、とか聞いてたから、今年は俺が絶対最高の日にしたいと思ってたのに。だけど四季さんに東京営業所一位ってクリスマスプレゼントをあげたいのもマジの気持ちだ。
「ほんっとーにすみません! その代わり、東京営業所一位のための一件に貢献するんで!」
「だから気にすんなて。俺もまだ今月契約あるし、一位取れると思いてーな。北展のやつら突ついても今月の契約見込み吐かねーからまだ確定じゃねえけど」
両手をパチンと合わせて謝ると、四季さんは残ったビールを喉に流し込んで笑う。空になった缶がカツンと音を立ててテーブルに置かれた。
「俺、四季さんには東京一位プレゼントしたくて。四季さんへのクリスマスプレゼント色々考えたんすけど、一番喜ぶのってそれかなと思ったから。だけど、恋人としてもそれとは別にプレゼント用意したいっす。四季さんは欲しいもん自分で何でも買っちゃうけど、なんか俺から欲しいもんとかねーっすか?」
「そりゃ、東京一位取れたらめっちゃうれしーよ。でも、俺が一番嬉しいのは、乃亜がそう思ってくれること。物より、乃亜の気持ちが嬉しい。物だったら、そぉなぁー……」
四季さんはまっすぐな長い睫毛を伏せて、少し考える顔をする。俺も四季さんがそう思ってくれんのが嬉しいけど、四季さんって気遣い屋さんだから、無理してねーかなってちょっと思う。四季さんは何か思い付いたらしくて、俺に視線を向けて笑った。
「じゃー、卓上IHと土鍋。それ使って、イブはウチで鍋しよ。日本酒もセットで。あとケーキもな」
「了解っす! この後ネットで鍋とか日本酒とか選びません? 美味い日本酒、お取り寄せしましょーよ」
「モチいーよ、あんがと。乃亜は何欲しい? 俺もクリスマスプレゼント考えてたけど、これだってのが思い付かんくて」
くしゃっとした笑顔が可愛くて、嬉しくなる。今が幸せで、マジで何もいらねー。
「や、俺はもう一番欲しいもんもらっちゃったし。四季さんが傍に居てくれれば、それが一番っす」
「とは言っても。なんかねーの? 俺だけ悪いじゃん」
「なんも悪くねーすよ。でも、そんじゃあ……来年のクリスマスの予定、今から抑えといていーっすか? 来年は年明けから巻きで頑張って、十二月はせかせか働かないで良いようにするんで、旅行予約しときましょうよ。一泊二日で、近場の安宿でいーし」
物より約束が欲しいな、と思ってそう言った。一年先も、一緒に過ごせるようにって。
「来年かあ……、あははっ、気が早くね? あー、来年のクリスマス木金なんだな。俺も一緒に過ごしたいけど、予約すんのは先にして、どこ泊まりたいとかゆっくり決めねえ? スノボ旅行だってまだどこのスキー場行くか決めてねーじゃん、先そっちだろー」
四季さんは一瞬の間の後に笑い、スマホでカレンダーを確認した。それから話を上手に逸らす。確かにスノボ旅行は一月の火水で行こうってとこまで決めたけど、有給繋げてちょっと遠いとこまで足伸ばすのも良いなーとか悩んで、まだどこのスキー場にするか決めてない。
四季さんは嘘吐くのが下手。展示場メンバーでボドゲバー行って嘘吐かなきゃいけないゲームした時、四季さんは下手くそすぎて即バレだったし。ババ抜きとかも超読みやすい。
だけど、営業所内の雰囲気が悪ぃ時とか、良い感じに割って入って仲裁したりすんのが得意な人だ。空気を柔らかくして話題を変えるのが上手い。俺の方は、人の顔色読むのが得意。だから、気付かないふりで流すことも出来るけど。
「……俺の勘違いだったら悪いんすけど、来年じゃもしかして別れてるかも~、とか思いました~?」
「そ……んなこと、思ってねーよ? なんも」
直球でぶっ込むと、四季さんは目を泳がせた。ものすんごーく分かりやすい。
「や、いーっすいーっす。来年も一緒に居るだろうって四季さんに思わせることできてねー俺が悪いし――俺の本気がまだ信じらんねーってことなら、分かってもらうまでなんで」
両手を挙げてひらひら振り、へらっと笑う。別に傷付いてなんかない。まだ付き合って一ヶ月も経ってないし、安心して具体的な先の約束が出来るほどにはきっと足りてない。
「んなことない、ごめん。態度に出した俺が悪い。来年の約束してくれんの嬉しいし、乃亜がちゃんと俺のこと好きだってことも分かってるし、俺も乃亜のこと本気で好きだよ。嘘じゃない。ほんとに」
深刻な感じにならないように笑って言ったけど、四季さんはまっすぐ俺の目を見てそう言った。言葉の通り、四季さんは嘘吐いてないと思う。それに、俺だから気付いたけど、鈍いやつなら全然気付かなかったと思うし、四季さんの態度が悪かったわけじゃない。
「ちゃんと分かってますよ。俺ケンカする気で言ってないんで、謝んないでください。俺こそ突っ込んで聞いちゃってすんません。ただ、どーしたらそういう不安無くせんのかなって、一緒に考えたかっただけっす」
「うん、ありがと。なんつーか、ほら、乃亜は男と付き合うの初めてじゃん? こっから同級生の結婚ラッシュが始まるだろうけど、俺らはフツーには結婚できねーし。共通の知人だとか周りにも内緒にして、付き合ってんの知ってんのはお互いだけーってなると、繋がりが薄いからあっさり別れられる関係で――だから、まあ……普段幸せでも、ふっと頭に過ぎったりは、する……、かも……」
段々声が小さくなって、俺の目見たまま四季さんは少し俯く。自然と上目遣いになった表情は、なんだか叱られて縮こまってる子どもみたいだ。なんも怒ってないし、怖がんなくたっていいのに。
「そういうのって、いっちょーいっせき? で取り除けるモンでもないっすよね。俺が強引クロージングして丁寧なヒアリングしてねーから四季さんに不安が残ってんのかなって思うし。家と同じで一緒に作ってくモンだと思うんでぇ、打ち合わせしましょうよ。お互い不安要素消せるようにさ」
安心出来るように、四季さんの手に手を添える。付き合えた日も、四季さんは未来のことを不安がってた。別れる前提で、別れた後に配置転換で職場が分かれたとしても、誰かと付き合ったとか結婚したとか全部話が入ってくるからヤダ、って。
「俺もね、実はちょびーっとだけ不安なんです。ほら、俺がゴリ押しして付き合ってもらったじゃないすか。四季さんにとっては想定外だったわけで。だから、えーっと……なんだっけ、四季さんが前に言ってた……、好きの深度の差?」
四季さんの言葉を思い返し、へにゃっと眉を下げて笑いかける。四季さんは口挟まずに、黙って俺の話を聞いてくれてる。
「俺は前から好きだったけど、四季さんは違うじゃないすか。だから、四季さんは俺じゃなくても良かっただろうなーとか、俺の好きと四季さんの好きにはまだ差があんだろうなーとか。まっ、俺じゃなきゃ嫌だって思わせてみせるし、めっちゃ好きになってもらおって思ってますけど!」
ぎゅっと四季さんの手を握って、締まりなく頬を緩めた。四季さんは戸惑ってる感じで眉を八の字にして、口唇を薄く開く。
「……なんで、そんなに俺のこと好きなの?」
全く分からない、みたいな顔をして言われてしまい、目を丸くした。四季さんはそのまま続ける。
「乃亜がマジで俺のこと好きっぽいのはわかんだけど……理由がわかんねー」
そういや付き合ってくださいって押しまくった時も『何で俺のこと好きなわけ?』って聞かれたなあと思い出す。あん時は忘年会の時のことをちらっと話したくらいだったかも。
「好きの理由、説明足りてなかったっすかねー。んー、長くなりそうだし、ぎゅーって抱き締めながら話しても良いっすか? エッチなことしないから」
「それは、いーけどさ」
好き、とは沢山伝えてきたつもり。だけど『好きの理由』はあんまり話せてなかったかも。だから安心出来てなかったのかな。とか思いつつ、四季さんの手を引いて立ち上がった。四季さんも俺に引っ張られるまま立ち上がる。
「じゃ、片付けとかは後回しにしてー……こっち来て」
四季さんの手ぇ引いて、すぐそばのベッドに四季さんごと倒れ込む。左腕に四季さんの頭を乗っけて身体を向かい合わせて、右手を四季さんの背中に回した。
「俺、四季さんのことはマジだって最初に言ったと思うんすけど、逆に言うと、四季さん以外にマジになったことねーんすよ。ひでー奴だなって自分で思うんで、言ってなかったけど」
「これまでの彼女との付き合いは遊びだったってこと?」
疑いの目を向けられて、眉を下げて苦笑した。
「ん~、先を考えた付き合いっていうのをしてこなかった、って感じっすかね。最初に『俺子どもほしいとかもないし、結婚願望もないけどそれでいい?』って聞いてました。でもそれで良いって言う彼女が出来りゃ、彼女がいる間に浮気したりとかはなかったですよ?」
「俺に初日にプロポーズかましてきたから、てっきり乃亜は結婚願望あんだと思ってたけど。違うの?」
「結婚願望ないっすねー。でも、結婚したい、って思える相手に出会ってなかっただけかもしれねーっす。俺、四季さんとはアメリカ行って結婚したいもん。実はあの後どーやったら結婚出来んのか調べたんすよ。知らなかったんすけど、アメリカだと国籍とか関係なく結構気軽に同性で結婚出来るらしーっす。知ってました? 四季さんは結婚願望あります?」
四季さんの肩から首に顔を埋めて、もっとぴったり身体を寄せる。足と足を絡めてくっついたけど、エッチな感じじゃなくて、じゃれる感じで。俺のこと元々結婚願望強いタイプだって勘違いしてたなら、余計不安だったかもしんないな。
「まあ、制度としては知ってたよ。日本の戸籍には載らんでも、証明できるもんが残んのっていいな、って思ってた。単に同性婚に対する感想ってだけで、乃亜に結婚せびってるわけじゃねーから」
四季さんは『だから安心して』みたいなニュアンスで言う。俺はしたいって言ってんのに。埋めた顔を上げて、四季さんの顔を正面から見つめた。
「俺は本気でしたいっすよ、結婚。だから俺、準備するんで、そーだなあ……来年中に、改めてちゃんとプロポーズさせてください。四季さんってサプライズとかはどーすか? やだ?」
「あー……えーと……サプライズは嫌いじゃねーよ。フラッシュモブとかは嫌だけど」
四季さんは目をぱちぱちさせて、戸惑ってるっつーか、ぽかんとしてる。
「了解っす。じゃー来年、楽しみにしててください。あっ、断んないでくださいね!」
「ああ……まあ、断らんけど……」
「よっしゃ、成功保証。どうやってプロポーズするか考えときまっす! あ、話めっちゃ逸れたんすけど、好きの理由ですよね? 続けます」
「はあ、うん」
ちゃんと分かってんのか分かってねーのか、四季さんはまだポカーンとしてる。ポカーンっていうか、フリーズ? ローディング中みたいな。
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