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第23話 世界で誰より一番
「俺、また強引に進めてます? ここまで分かりました?」
「あー、日本語としての理解は、まあ。ただ、呆気に取られてるっつーか、いや、呆れはしてねーし、嬉しいんだけど、なんだ……話のスピードに付いていけてねえ」
「じゃあ、四季さんのこと好きになる前から遡って話すんで、その間にゆっくり考えてみてください」
「おー……そうするわ」
ちゅ、と軽く頬にキスしてみても、まだまだローディング中らしい四季さんは固まったままだ。普段の四季さんは頭の回転早くて即レスだから、レアだなーと思ってくしゃっと笑う。
「四季さんも似たようなモンだと思うんすけど、俺結構モテてきて、自分から誰か好きになって追っかけたってことないんすよ。付き合ってって言われたら付き合うみたいな。二十歳過ぎくらいからはさっき言った条件言って、それでもオッケーって子とだけ付き合ってました。結婚願望がなかった理由は、まあー親見て育ってきたからっすね。こんなん地獄じゃんって思ってたから」
どう話そうとか決めず、四季さんの髪を撫でながら、頭に浮かんだまま話してく。
「普通に付き合いはするんすけど、寺田さんみたく、友達とか会社の人と飲み行ったりする方が楽しかったんすよねー。昔っから、一人と深い関係を築くよりみんなでワイワイすんのが好きっていうか。広く浅くが楽しいって感じで、特別大親友だって言えるやつが居ることもなく……大体一緒に居る仲良いグループとかはありますけど。四季さんは寺田さんと仲良いすよねぇ~……」
「俺もみんなでワイワイすんの好きだけど、誰かと二人っていうのも好きだな。まー、寺田さんとよく遊ぶのはそう。近場に配属された同期は部署異動したり辞めたり結婚したりで最近会わねーし、大学の友達も休み合わんし。でも、ほんっとに寺田さんとは何もねぇから」
めんどくせーとか思わずに、きっぱり『何もない』って俺の目見て言ってくれるとこも好き。何もなかったとて、ちょびっと寺田さんのこと好きだった時期はあんじゃないかなーとは思ってる。そこまで聞くほどマヌケじゃないから、聞かないけど。
「分かってますよぉー。分かった上でちょっと妬いてんの。四季さんは広く深く付き合うっつーか、一人一人のことよく見てるじゃないすか。誰かに相談された時とか、すんごい親身になって一緒に考えて、向き合って話してるよなーって思う。入社当初から、優しくてあったかい人だなーって尊敬してました。それに四季さんってその頃にはもうバンバン契約取ってたし、建築とか設計の方の知識もすげーし、憧れの先輩って感じで」
「んー、会社は良いやつばっかだし、基本的にみんな好きだけど……普通に苦手だったり嫌いなやつも居るし、そんな出来た人間じゃねーよ。美化しすぎ」
四季さんは片眉を上げて、否定気味に言う。その少し皺が寄った眉間に軽くキスした。四季さんはプライドとか信念があって、まっすぐな人。だけど謙遜気味っていうか、なんだろなー、謙虚なのかな。
「四季さんが自分自身をどう評価してようが、周りから見える四季さんはすげえ人ですよ。俺から見える四季さんは、いつだって優しくて、気さくで明るくて、かっこよくて、そんで可愛い、大好きな人です」
「……そう言ってくれんのはまあ、嬉しい。ありがと」
気恥ずかしそうに睫毛を伏せた四季さんの頭を撫でて、瞼にキスする。
「俺から四季さんの印象はそんな感じで、優しくて明るくて楽しくてメンタル強くてカッコいい、尊敬出来る会社の先輩でした。そっから恋に変わったのが、前も言った通り忘年会の日なんすけど。四季さんなーんもあの日のこと覚えてないから、忘年会で好きんなった、つっても具体的に分かんないっすよね」
四季さんの腰を抱き締めて、くくっと喉を鳴らして笑った。俺はあの日めちゃくちゃにされたのに、本人は忘れてんだもんなーと思うとちょっと笑える。
「覚えてなくてもいーんすよ。これまでも何度かこん時のこと話しましたけど、四季さんが安心できるまで、俺、何度でも言うし。とにかく、四季さんが記憶失くすほど泥酔しながら喋ってた本音に、ぐっときちゃったんです」
なんでそんなに俺が四季さんのこと好きなのか、って四季さんが分からない気持ちも、ちょっと分かるっちゃ分かる。
全然話したこともねー女の子から告白された時とかは『なんで? 俺のどこ見て好きだと思った?』って疑ってたし。性格悪いけど、俺のこと何も知らんくせに、とか思っちゃって。まあ、そういう子ともフリーの時期なら普通に付き合ったけど。それに、そういう浅くて薄っぺらいくらいがちょうど良かった。本気の恋なんて、する気なかったから。てか、自分に出来るとも思ってなかった。
歴代の彼女たちには酷いことをしちゃったな、とか、本気の恋を知った今は思う。俺が彼女たちの恋を本気で受け止めていなかっただけで、向こうはちゃんと、きっと本気の恋だったんだろうから。
「すげー俺のことちゃんと見てくれてる、期待してくれてる、って思ったのがひとつ。きょうだい多いから自分だけを特別扱いとか、自分だけを評価してもらえることが全然なかった、だから一番が好き、って話聞いて、四季さんのちょっと寂しがりやな一面を知ったのがひとつ。当時の彼氏に対する惚気と愚痴が可愛かったのもひとつ」
思い返しつつ、順番を追って出来るだけ丁寧に話していく。忘年会の時の話はこれまでも何度かしてるけど、身に覚えがないから実感湧かないのかも。俺は付き合う前から四季さんのこと沢山知ってるつもりで、沢山世話にもなってきた。それでも知らんことはいっぱいあって、四季さんのこと全然知らなかったな、とか思ったりもする。
でも付き合って、知らなかった色んな面を知って、もっと知りたくなって、もっと好きになる。こういうのを恋って言うんだ、って、初めて知った。
「元カレ相手の愚痴聞いて、別れりゃいーのにとか、四季さんならもっと良いやつ居るだろとか、俺なら四季さんをおざなりに扱わないのに、とか……そう思った時点でもうダメだったけど、最後にもうひとつ。四季さんが『好きって言われると好きになる』つってたから『俺が好きって言ったら俺のこと好きになってくれるんすか?』って聞いたんすよ。さて、ここでクイズです! その時四季さん、俺になんて言ったと思います~?」
目を細めて、揶揄う口調で問い掛ける。四季さんは困り顔で小首を傾げた。
「自分のことなのにわかんねー……俺、なんつったの? 正解は?」
「正解は『好きとか言われなくたって下瀬のこと好きだよ、俺。一生懸命で、素直でかわいーし。一番好きなのは恋人だけどなー』です! 最後の一言に妬けるけど、妬けんの込みで落っこちました」
一言一句脳に焼き付いてる正解フレーズを言って、四季さんに笑い掛ける。
「このセリフだけじゃなくて。全部丸ごと可愛いなって思った。自分だけに向けられる特別な愛情欲しがってるとこ。恋人のこと好き好きになっちゃうとこ。だから俺が特別愛したくなって、四季さんからの好きが欲しくなった。似たようなこと、この前も言った気するけど」
目を細めて笑う俺と反対に、四季さんの目はきょとんとしてる。
「ここまでが、好きになったきっかけ。好きだって思ったら、後はもうどんどん好きになるだけで。四季さんってそもそもがキラキラのイケメンですけど、好きんなってからはもう発光して見えてました。眩しくて、見てると目が焼けそうで、胸がぎゅーっとして熱くなって。四季さんの視線が俺に向く度に嬉しくなって、隣に座れんのが幸せで、コロコロ変わる表情が可愛くて、ずっと傍で見てたくて、出勤すんのが毎日すげー楽しみになった」
手でさらっと四季さんの前髪を掻き分けて、額にちゅっと軽くキスする。これって『理由』じゃなくて『過程』かも。
「今年の四季さん、新店長なりたてでむちゃくちゃ仕事に打ち込んでたし、今までの俺じゃ四季さんに釣り合わねーと思ったから、俺も今年は仕事の年にして、結果出して告白しよって決めて。一番が好きって言う四季さんを一番にしたくて、だからかつてなく頑張って、自己ベスト大幅塗り替えて……四季さんに好きになってもらいたくて、ここ一年健気に頑張ってきてたんすよ~?」
冗談めかして、くしゃっと笑った。あんまり真面目に言うと重たいかもだし、言い方くらいは気持ち軽めにしとく。それとも重たいくらいの方が安心出来んのかな。
「もーね、好きんなったら全部可愛くて、全部好きになっちゃって堪んないんす。付き合ってからもどんどん好きになる。こんなん初めて。自分がこんなに誰かのこと本気で好きになれるってこと、俺に教えてくれたのが四季さんなんですよ。どうすか? 納得できました?」
四季さんの頬に手を添えて、目を見つめて笑い掛ける。四季さんは目をパチパチさせて、やっぱりびっくりした顔をしている。照れてるっぽくて、頬と耳がちょっと赤い。
「うん、……その……ありがと。俺のこと、好きになってくれて」
「いーえ、どういたしまして。こちらこそ、俺と付き合ってくれてありがとうございます」
口唇にちゅっと軽くキスする。四季さんからも軽いキスが返ってきて、背中を強く抱き締められた。
「――乃亜、さっき、ちょっと不安だって言ってたろ。俺は乃亜じゃなくても良かっただろうなって。俺はなんつーか、付き合ってからどんどん好きになるタイプで……もうとっくに乃亜じゃなきゃ嫌だし、本気で好きだから」
四季さんはちょっと気恥ずかしそうな、だけど真面目な顔で言う。優しい声音に胸がぎゅっとした。四季さんのこういう、誠実で思い遣りがあるとこが好き。ピカピカ眩しく見えて、自然と目を細めた。
「そー言ってもらえて嬉しいっす。四季さんの言葉信じるからさ、四季さんも、俺のこと信じてほしいな。世界で誰より一番、四季さんのことが大好きです」
そう言って、強く抱き締め返す。四季さんは目を細めて俺を見つめた。
「うん、信じるよ。俺も乃亜のこと、大好き」
もともと近い顔が近づいて、そっと口唇が触れた。いち、に、さん、って頭の中でカウントしつつ、腰を抱く。エッチなことしないって言ったけど、舌入れるキスくらいならアリかなあー、とか思いながら瞼閉じてる四季さんの顔をまじまじ見つめた。
俺は四季さんのキス顔見たいから目開けてガン見しがち。まあ、顔の距離近すぎるからぼやけてはっきりとは見えないんだけど。はっきり見えないながらも、四季さんの瞼が開いたことは分かった。滲む視界に、四季さんの黒い瞳がぼんやり映る。そっと口唇が離れて、少し顔の距離が離れたことで四季さんの顔にピントが合った。
「四季さんは内緒にしたがってたと思うんすけど……誰かに言います? 内緒の付き合いだと繋がり薄い、つってたでしょ。社内の誰かとか、四季さんのご家族にご挨拶とか。俺は社内のやつ相手でも胸張って自慢出来ます」
腕枕して身体を向かい合わせた形から上体を起き上げて、覆い被さって目を見つめる。
「お前怖いもんなしか~? 所長に知られたら多分同性同士だとか関係なく配転だぞ。中央の奴らは内緒にしろっつっても突つかれっと吐いちゃうだろうし。俺の家族に挨拶すんのは……別に良いけど、乃亜がビビるかも」
ちょっと呆れたような顔で見上げられる。怖いもんなし、と言えばそうなのかも。俺は四季さんが味方なら、ほんとに何も怖くねえ。無償の愛みたいな、分け隔てなくみんなに優しい四季さんから、特別の愛がもらえるなら。
「まあ、四季さんと付き合ってから俺、無敵スター状態なんで! 付き合ってる限り無敵スター補正かかってるから何でも大丈夫っす!」
「んー……じゃあ、年末年始のどっかでチラッと顔出してみる? うちの実家。まあ、みんなやさしーし、成人してから俺が付き合ってんの男ばっかってことも知ってるから偏見とかはねーんだけど、すげーうるせえとは思う」
「行きます! ぜひご家族にご挨拶させてください! 近々結婚する予定って言っても良いっすか?」
「へぁっ? あー、まあ、良いけど……本当無敵スターだな……」
喜んで元気よく返事すると、聞いてきた四季さんの方が目を丸くした。驚いた時に目がまん丸くなるのが猫みたいで可愛い。
「菓子折りどんくらい持っていけば良いっすかねー? あ、ご実家行くついでに四季さんの地元の方のスキー場行きたいっす! スノボ行きましょーよ」
「んー、正月に家族全員集まるから……甥姪合わせて十人分かなー。一月の泊まりと別で? うちの近くのスキー場上級者コースねえから多分物足りねーぞ」
「モチ、泊まりのスノボは別で行きましょ。四季さんが子どもの頃に滑ってたゆかりの地に行ってみたいってだけなんで全然いーっすよ」
ちゅ、ちゅ、と頬にキスしながら返事した。四季さんは手が暇なのか、俺の髪を手で梳かすみたいによしよし撫でる。
「了解。スノボすんなら泊まりが良いかなー……んー、でも休み短いし日帰り……乃亜は二十九だけ予定あるんだっけ」
「はい、二十九は大学の友達と久々に会う予定で。それ以外の日ならいつでもいーっす。別にそれも断ってもいーんすけど」
「いや、友達は大事にしとけ。てかそもそも年末年始どうする? 会う日とかちゃんと決めてなかったよな」
何とも気にしてない顔でさらっと言われて、四季さんってなんも束縛しないんだよなーと思う。束縛されなくても、俺は自分で首輪着けてリード渡すけど。
「四季さんが負担じゃなければ、オールで一緒に居てもいーっすか?」
「いーよ。ウチの方が広いし、年末年始はウチで過ごそ。乃亜が二十九予定ありだからー……三十日に俺の地元のスノボ行って、夕方実家に顔出して、どうせ酒出されるから泊まって三十一日に帰って、大晦日から二日までは二人でゆっくり過ごす。でどう?」
「最高っす! 四季さんのご実家泊まってもいーんすか? 部屋あります?」
小首を傾げて見上げられ、満面の笑みで返した。四季さんは小さく笑って続ける。
「うち実家6LDKだから。両親と姉夫婦と甥姪が住んでるけど、部屋は余ってる」
「すげー。豪邸だ」
「まー父親が自分で建ててっからなー。築二十五年で断熱性機密性はイマイチだけど、リビングと水回りはリフォーム済みで綺麗だよ。あと風呂がバカでかい」
「へえー、楽しみっす! デカい家ってテンション上がる」
四季さんは俺の髪をわしゃわしゃ撫でて、上体を起き上げた。
「んじゃ、大体決まったとこで、そろそろ片付けする? そんで風呂入って寝る支度しよ。その後は、そのまま寝ても、どっちでも」
「俺片付けとくんで、四季さん先風呂入っちゃってください! そしたらイチャイチャ出来る時間増やせるし!」
俺がそう言うと、四季さんは「ふはっ!」と吹き出して笑った。お互いベッドから床に足を下ろして立ち上がる。
「オッケ、そーしよっか。じゃあ先にシャワー浴びさせてもらうわ。ありがと」
ちゅ、と軽く口唇にキスされて、目を細めて笑い掛けられる。
思ったまま『I really like you....』とか独り言が口から溢れ、英語のまんま出しちゃった、と口に出してから気付く。四季さんは『Me too』つって笑った。
「俺も好きだよ、帰国子女クン。後でいっぱいイチャイチャしようなー」
そう続けて俺の頭を撫で、四季さんは部屋から廊下に出て行った。
さっさと片付けしなきゃいけないのに、骨抜きにされて暫しぼけーっとしてしまう。はっとして座卓の上を片付け始めた。俺が慰めるはずが、うっかり俺が骨抜きにされちゃった。
なるべく丁寧に四季さんの不安を取り除けるように話したつもりだけど、いっちょーいっせきで簡単に消えるもんじゃないだろう。てか、消せるもんじゃないかもしんない。俺の知らないところで付いた傷が沢山あるだろうから。
俺がどれだけ頑張っても取り除けなかったとして、それでも責めることなんか絶対しない。四季さん自身が一番、不安だなんて感じたくないと思ってるだろうから。
だけど、もし出来るなら――俺と一緒に過ごす遠い未来を、安心して思い描けるようになってくれたらいいな、って思う。
だから、何度だって伝えたい。
世界で誰より一番、四季さんのことが大好きだ、って。
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