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第27話 ビールよりミネラルウォーター
「どっすかね、一位取れたかな、配転どうなっかな」
「北展が今日二件決めてたら負け。配転は所長のみぞ知るってとこだなー」
今年度の営業成績の締め日は本日、十二月二十八日。今年の仕事を納めて自宅に戻り、ちゃっかり俺の自宅に戻ってきている乃亜とリビングのソファで社用スマホをそわそわと眺めている現在だ。しかしこいつ、付き合ってから殆ど毎日俺ん家に居るな。
手に持っていた社用スマホがピロンと鳴り、速攻社内連絡アプリを開く。送信元は東京都西部エリアの増田所長からだ。
「今年度東京都成績一位は……東京都西部エリア中央展示場! ヨッシャ!」
「うわーっ、やった! おめでとうございます! マジで嬉しいっす、今年頑張って良かったあ〜……」
思わずグッと拳を握る。一年頑張ってきた結果が出てマジで嬉しい。乃亜の方なんかもはや涙ぐんでいて、俺以上に嬉しそうだ。
「原も中谷も十二月決めたし、相田も営業デビューしたてで一件決めて偉かった。けど、乃亜が最後の最後まで頑張って十二月三件決めたのがマジでデカい。中央展示場のこと一位にしてくれてありがとな」
「俺も頑張ったっすけど、一番頑張ったのは四季さんじゃねーっすか。自分の契約バンバン上げてんのに、俺らのことまでよく見てくれて、引っ張り上げてくれて。俺、中央じゃなかったらこんなに契約上げれなかったっす。四季さんのおかげです。ありがとうございます……」
くしゃっと乃亜の髪を撫でると、苦しいくらい思いっきり抱き付かれて頬が緩んだ。背中に腕を回して、あやすように背をポンポン叩く。
「お前が頑張ったからだよ。頑張ったから成果が出たの。頑張ってるやつのことはみんな応援したくなんだよ。一生懸命真剣にやってるから、こいつに任せてもいっかって思えんの。お客様も、俺もな。お客様の不動産の売却絡む案件とかさ、任せても大丈夫かなーって思ったけど、頑張って纏めあげたじゃん。プライベートでもそう。乃亜のこと信じてみようって思える」
ふ、と笑ってそう口にする。乃亜が入社した当初からずっと見てきて、特にここ一年は間近で見ていたから、人として信頼してる。気が優しくて、明るくて、素直で可愛い後輩だ。恋人になってからはそれだけじゃなくて、ちょっと性格捻くれてんなとか、ズカズカ踏み込んでくんなあとか思ったりもするけど。そういうところ含めて丸ごと好きだと思う。
「うー……四季さんのそういうとこ、本当好きっす……。なんだろ、頑張ったらちゃんと認めてくれるとこっていうか……頑張ってんの見てくれてるとこ。結果だけじゃなくて、頑張りも褒めてくれて、信じてくれるとこ」
「頑張ってたら褒めるのなんて当たり前だろー? 頑張ってるやつのこと詰めたって良いことねーよ、と俺は思うけど。サボって結果出してねーやつは詰めるけどな」
「そう当たり前じゃねーと思いますよ。四季さんってすげー愛情深い人だなーって思う。詰める時だって愛あるし」
頬にぐりぐり頭を寄せられて、ツンツンした髪がチクチクして擽ったい。俺の中じゃ当たり前っつーか意識してないが、まあ褒めない方針の上司っていうのも居るもんだろう。俺はチームの指揮高めるには褒めた方が良いんじゃねーかと思うけど。
「お、ちょい待ち、もう一件通知。配転の連絡だ」
「マジすか、俺中央ステイですか?」
乃亜の背中を叩いていると、もう片手に持ったまんまのスマホに通知が届いた。
「えーと、どれどれ……五日の初出式から新体制移行だって。おっ、乃亜中央ステイだ」
「やったー! じゃあ俺、年明け即不動産屋行って隣借りますね!」
「おー、来い来い。乃亜うちに来てばっかだし、コインパーキング代とか考えてもその方が良いだろ。配転されんのほぼ新卒から新人だなー、相田が北行って、中央には南から新卒の湯河がイン。キチンとした優等生って感じの子だよな。中央に馴染めたらいーけど」
ふんふん、と所長からの連絡を読み終えてスマホをローテーブルの上に置いた。まだ抱き締められたままで、乃亜の背中をこっちに引っ張りながらソファの座面に背を沈める。
「来年も宜しく、うちのエースくん。二年連続一位狙ってこーな。あと乃亜はまあ、出来たら資格を取ること」
「来年は絶対取ります! まずはFPっすね、あれなら毎月試験やってるし。成績的に即副店長昇格辞令来るはずなんでー、あとは店長の資格をゲットして、再来年には店長になると」
「順当に行けば夢じゃねーよ。応援するから頑張ってな」
乃亜の頭を引き寄せ、チュッとキスして笑みを向ける。へにゃっとした笑みと共にキスが返されて、次第にキスが深くなっていく。
明後日は俺の地元行って、親きょうだいに紹介して、そんでもう今年も終わり。毎日穏やかで幸せだ。
何事もなく幸せなまんま今年が終わって、良い新年を迎えられたら良いなと思う。
◆
「おつー。久々」
「おー下瀬、去年ぶりー。変わんねーなあ」
ざわざわ賑やかな居酒屋で、集まってんのは十五人くらい。結構集まったなーって感じ。うちの大学は神奈川だけど、大抵みんな都内に住んでるから今日の集まりは新宿駅そばの居酒屋だ。国立大の硬式野球部の同期たちで、俺の代は女子マネ一人含めて二十人。
声を掛けると、仲良くしてた外野手の野田に声を返されて笑みで返した。野田以外からも声を掛けられつつ、端っこの野田の隣に腰を下ろす。ちっと遅れたからもう乾杯は済んだみたいで、みんな既に飲んでいる。 店員さんに「生ひとつ」と声を掛けると、すぐにジョッキのビールが運ばれてきてビールで喉を潤した。
「古賀の結婚式ぶり? 古賀は来てねーんだ」
「グルチャ見てねー? 子どもが熱出したってさ。パパは大変だねー」
「通知多すぎて見てなかった。熱じゃしゃーないなー。野田ももうすぐパパだろ。生まれんの二月だっけ。次は我が身じゃん」
「あーね。そろそろ飲み会行くなって言われてるわ。下瀬はどーなん、昔っから結婚しねーとか言ってるけど」
ぼちぼち世間話をしつつ、野球部って結婚早いなーとか思う。フツーに生きてきたらまあ適齢期なのかな。社会に出て六年目。野田の結婚は社会人六年目で、古賀の方は五年目か。そんなもんかね。
「んー、俺も結婚したい。結婚したいって思える人が出来た」
「それはおまえ、早く言えよ~! 数々の女を泣かせてきた下瀬がそんなこと言うようになるって、なんか俺らも大人んなったな~って感じするわ」
「泣かせてきてねーって。俺、ちゃんと付き合う時には結婚とかしたくないって言ってたし。それで良いって言ってたのに手の平返す方が悪い……いやまあ俺が悪かったです」
女子マネだった咲ちゃんが今日来てないのは九割方俺のせいだからなーと反省して肩を竦めた。それで良い、は多分妥協で、片方に負担を強いるもんだったなーと今となっては思う。それで良い、じゃなくて、それが良い、って言う人を選ばないといけなかったなと。
「変わんねーなと思ったけど、変わったなーおまえ。刹那主義って感じだったのに」
「なんだろ、地に足着いた生き方したくなったのかも。いやまー、まだ全然俺が俺がってとこあるかもしんねーけど……誰かと一緒に生きたいって思えんのって良いなーって思うわ」
なんか語っちゃったなーと恥ずくなりつつ、だけど本気でそう思ってる。刹那主義っていうか、そうだな、俺は昔っから生き方が適当だったと思う。
ホントは私学の野球がつえー大学に行きたかった。けど、野球で大学側から推薦貰えるほどのヒーロー選手じゃなかった。四番にはなれないし、逆転サヨナラホームランは放てない。会社の草野球サークルでなら無双出来るくらいの実力。
推薦じゃなしに私学のつえー大学で野球するにはマジで金が掛かる。そんでバイトが禁止されたりしてて、流石にそこまでワガママ通せなかった。
母親はもう口出ししなかったけど。諦めたって感じ。期待されなくなったってこと。高校の頃には殆ど口を聞かなかった。まあ、猛反対振り切って無理矢理野球が強い高校に進学決めたからそりゃそうかも。大学では学生向けのやっすいアパートに一人暮らしして、生活費はバイトして自分でまかなった。学費だけはなんだかんだ、父親が出してくれた。
挫折。妥協。ほどほど。それなり。俺が歩いてきた道はそんな感じ。
親に邪魔されたから、とか甘ったれた八つ当たりするほどもうガキじゃない。頑張りきれなかった俺のせい。まあ大学生活、それなりに楽しく過ごしたと思う。大学時代が嫌な思い出になってるわけじゃないから、こうして今来てるわけだし。
学費を出してくれた父親に、諦めて何も言わなくなった母親に、感謝はしてる。それはそれで、話し合ったりする気は無いんだけど。
「はー、そうかぁ、俺そんな風に思って結婚してねーや。人生分かんねーなー」
「例えが合ってるかわかんねーけど、人生送りバントでいーやって思ってたとこに剛速球のストレートが来てホームラン打ちたくなったみたいな。恋人のことは入社した時から知ってて、結構付き合い長いんだけど、最初はそんな風に思ってなかったはずなのになー。不思議なもんだね」
野球がすげー好きだった。身の程も知って、そこそこ分別が付くようになって、諦めた。大好きだったのに。ガキのまんま、好きなだけじゃ居られなかった。もっとワガママ通して、本気になればまた違ったのかもしんない。それでもやっぱり、メジャーリーグで活躍できるようなスーパースターにはなれなかっただろうけど。
諦めて、適当に就職した。一応ちゃんと進路は選んだつもり。実家はマンションで、一人暮らしの家はアパートで、戸建に縁なんてなかったけど。普通の幸せな家庭っていうのに憧れてた。俺がそれを自分で作る気はなくて、だから他人の幸せな家庭を眺めたかった。
四季さんのことがすげー好きになった。身の程知って、分別付いて、それでも。好きなもんは好きだって、ガキのまんまの俺がワガママ言って、本気になった。
幸せな家庭そのものみたいな、温かい人。隣に居てほしい人。どうしても欲しいって願った人。スーパースターになれなかった俺を、エースって呼んでくれた人。
「なんかもう帰りたい……早く会いたいなー……」
「来たばっかで何言ってんだおまえ。多分彼女はいつでも会えるだろ」
「会えるけどぉー……俺の生きる意味だから……」
「怖っ、重っ、まだ一杯しか飲んでねーのにもう酔っ払ってんの?」
野田には引かれたけど、四季さんのこと考えてたら会いたくなって、早く抱き締めたくなった。四季さんは友達は大事って言ってたけど。大事だけどさ。
「奥さんに会いたーいって思わんの? 俺一秒たりとも離れたくないんだけど」
「ええー、結婚したらまた違くね? そも、嫁が彼女だった頃もそんな重たく考えてなかったよ俺は。メンヘラ彼氏かよ」
「重たいのか……そっかぁー重たいのかもしんねー……自分が怖い……」
「俺も怖いよ……おまえがそんななってんの初めて見た……まあ飲めって、惚気は聞いてやるから……」
引きつつもまあ聞いてくれるらしい。野田は良いやつだ。野田広大って名前からしてなんか良いやつさが滲んでるし。
「実はさあー、会社の上司なんだけど、男なんだよね」
「男⁉ おまえそっちに行ったの? そっちもイケんのか?」
「分からん、男好きになったの初めて。てか自分から好きになったのってのがそもそも初めてだなー……本気で可愛くって堪んなくて、自分が自分じゃ居られねーの」
野田は良いやつだし、別に隠す気もなかったから同性だって言っておく。俺はこのまんま結婚する気だし、破局したらーとか考えもしねーし。かなりビックリした調子だけど、別に男だってことに引いた調子はない。重たさの方がよっぽど引かれた。
「いやぁー、そっかあ……でもそんじゃあ結婚出来ないんじゃねーの?」
「アメリカ行ったら出来る。俺アメリカ国籍あるし。国籍不問で出来るらしいけど。まあ英語喋れるから手続きはバッチリ」
「帰国子女が活きてんな。ワールドワイドでいんじゃね? おまえ名前もアメリカっぽいし」
「そーそー、俺ワールドワイドな男だから。グローバル社会。多様性。好きになったら性別とか関係ねえー」
テキトー抜かす野田にテキトーに返して、いかに四季さんが素晴らしい人かということをベラベラ語っていく。他のメンツともぼちぼち話しつつ、なんだかんだ二軒目まで行ってお開きとなった。
「じゃーまた来年。よいお年をー」
「おー、結婚式挙げんなら呼べよー。アメリカ旅行してぇしなー」
野田はアメリカまで結婚式に来てくれるつもりらしい。多分デカい式とか挙げないと思うけど、まあやっぱり良いやつだなーと思う。野田ほか同期一行と居酒屋前で分かれ、西武新宿駅に向かう。こっから一本、五十分弱で四季さん家の最寄り駅だ。
『二十三時四十分くらいに駅着きます』と四季さんにメッセを送っておく。
もう四季さん家に明日のスノボの支度もしてあるし、四季さん家に泊まって朝から四季さんの地元に向かう予定。ということで、若干微睡みながら電車に揺られて、うとうとしているうちに四季さん宅の最寄り駅に辿り着いた。だいぶショボい駅だけど、ロータリーが綺麗に整備されたから車で送迎しやすいところ。
北口の改札を抜けて駅の外に出ると、ロータリーに白の高級ミニバンが停まってるのが目に入った。そんだけで眠気が吹っ飛んで、半ばスキップしてそっちに近付く。
「四季さーん! ただいまです! お迎えありがとうございます!」
「はいはい、助手席乗って。どーだった? かわいー女の子居た?」
運転席の窓が開いて、笑顔で返される。あ、ちょっとは気にしてくれてたのかなーとか思って、ちょっと嬉しい。助手席側に回り込んで、ドアを開けて助手席に乗り込んだ。
「オール男です! 楽しかったっす! けど、行った傍からもう四季さんに会いたくなってー……ダチに四季さんの話してたんですけど、メンヘラ彼氏かよって言われてぇ。俺重たいっすかね?」
「まあちょっと重ためかもしんねーけど、乃亜は陽のタイプじゃね? 陰湿じゃないし。エッチの時はちょっとねちっこいかなー」
シートベルトを着けながらそう聞くと、面白そうにケラケラ笑われた。四季さんからも重たいとは認識されているらしい。
「やっぱ重いかぁ。重いのってダメっすかね」
「乃亜の重いは愛が重たいって意味で、悪い意味じゃねーよ。愛されてないかも、みたいな不安はねーもん。俺はうれしーよ」
「なら良かった。重ための愛受け取ってください」
「受け取っておく。乃亜は代わりに、水受け取って。酔い醒まし。車動かすぞー」
ポンとミネラルウォーターのペットボトルを渡されて頬が緩んだ。ちょっとした気遣いが、俺のこと考えてくれてるって思えて嬉しい。
俺の愛が重たいから、これまでそのせいで逆に不安がられてた感じもするけど、なんでそんなに俺が四季さんのこと好きなのかとか、不安になんてなんないで。昔の俺知ってる友達から変わったなとか言われちゃうくらい、めいっぱい本気で愛してるから安心してほしい。
ビールよりミネラルウォーターが嬉しいなって思っちゃうんだから。
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