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第28話 未来永劫絶対有り得んし
「裾野! 初めてっす! 富士山だー!」
「まー来ないだろ普通。御殿場ならアウトレットあるから行く機会もあんだろーけど、裾野は俺もスノボで行ってたくらいだわ」
飲み会翌日、四季さん家から四季さんのデケー高級ミニバンで走ること二時間弱。四季さん家地元近くのスキー場に辿り着いた。スノボ日和の寒いけど良い天気で、車から降りると白く染まった富士山がすぐ近くに見えて綺麗だ。
四季さんが言ってた通り家族連れ向けがメインなのかなーってスキー場で、ちっさい子連れの親子が多い感じだった。まあ十二月も末だし、コースがそこそこ広く整備されてるから滑るには問題無さそう。
四季さんのスノボウェアは柄無し単色で上がベージュ、下が黒のシンプルなやつ。ゴーグルとニット帽は黒。どれもスノボブランドの良いやつだ。俺はなんかテキトーな安いやつで全部黒。
多分フツーのスキー場は大抵リフトに乗って上行って滑り降りるーって感じだけど、ここの作りはリフトで上がってくんじゃなくて入口が一番高く、下に向かって滑ってく感じ。板を担いでゲレンデまで移動していく。
「ここで滑んの久々〜、最後に来たの大学ん頃に帰省した時かも。まだ中上級者コース開いてねーのが残念だな。暖冬で雪が足りねーのか」
「全然、ガチで滑んのは今度でいーすよ。地元居た頃は結構よく来られてました?」
「めっちゃ来てた。二兎……兄ちゃんがスノボ好きでさ。俺が高校の頃とか、兄ちゃんが車出してくれて連れてってくれて」
「兄弟でスノボかー、良いすね。お兄さんはいくつ離れてんでしたっけ?」
「三歳差。アウトドア系の趣味は兄ちゃんの影響だなー。サッカーとかスノボとか。ちょいアホだけど良い兄ちゃんだよ。んじゃ滑るかぁー」
四季さんは板を付けてニカッと笑う。俺も板付けて「そっすね、滑りましょ」つって笑い返した。兄弟居んのいーなって思う。兄弟だけじゃなくて、なんだろうなー。あれこれ繋がりが多い人だなーっていう。みんなに好かれて大人気の引っ張りだこで、お悩み相談から遊びの誘いまでプラベの電話も鳴りまくる。
そんな四季さんの特別が欲しいって思ったのは俺で、特別にしてもらえて、こうして今独り占め出来てるわけだけど。俺はそんな、濃い繋がりって持ってないし。親との縁すら切っちゃったし。劣等感じゃない、と思う。俺は別にそれで良かったと思ってきてるから。単純になんか、眩しい人だな、って憧れてるだけ。
初心者から中級者向けのゲレンデを滑り降りて、リフトでもっぺん上に向かう。キラキラに良い天気の中、太陽の光が雪に反射して、ゴーグル外した四季さんの笑顔はもっとキラキラ光って綺麗だ。楽しそうで、俺も楽しいし嬉しい。
「おーい、上条……の弟じゃね? 久しぶりー、帰省?」
「うおっ、矢部さん? そー帰省っす、お久しぶりです。八年ぶりくらい? お子さん生まれたってのは兄ちゃんから聞いたけど会うの初めてだー。こんにちはー、お名前は?」
しばらく滑ってたら、滑り降りた先で四季さんの知り合いに出会した。話ぶりからしてお兄さんの友達かな? 四季さんが嫌だって言ってた『上条の弟』扱いに初遭遇して、なるほどなあと思う。
四季さんは矢部さんとその奥さんに会釈して挨拶した後、屈んで七歳くらいの女の子に目線を合わせて喋り掛けた。女の子は恥ずかしそうにササッとパパの後ろに隠れて、小さい声で「……舞香」と挨拶を返す。
「ふはっ、かーわいい。舞香ちゃんな。矢部さんに似てねー」
「なーにを失礼な。うちの娘を口説くな、近づくんじゃねーぞ色男」
シッシッと手で払われて四季さんはケラケラ笑う。俺どっか行ってた方が良いかなー、とかちょっと思って、だけどこの後親御さんに挨拶行くのにここでチキってんのもなんか嫌。
「こっち色男二人なんでー。舞香ちゃんの好みはどっちかなー? 四季お兄ちゃん? 乃亜お兄ちゃん?」
ちょいっと腕を引かれて俺も屈んで、舞香ちゃんの前に座らされる。四季さんの質問に舞香ちゃんが「四季お兄ちゃん」つったから「舞香ちゃんは男を見る目があるねー」って笑って返した。俺も四季お兄ちゃんの方が良い男だと思う。
「そうかー? 俺は乃亜お兄ちゃんの方が良い男だと思うけどなー」
「男二人で来てんの? 結婚とかはまだなん?」
「そー男二人っすよ。気楽でいーっしょ。こっち下瀬、会社の後輩っす。下瀬、矢部さんは俺の兄ちゃんの友達。兄ちゃんが友達連れてスノボ行く時に俺も連れてって貰ってたから、よく一緒に滑ってたの。結婚はまだっすねー、仕事たのしーからいーんすよ」
四季さんは人好きのする可愛い笑顔でコロッと笑う。まあー恋人とか紹介してくれないのは当たり前か。そりゃそっかぁ。俺は昨日の飲み会で男の恋人出来たって言ったけど。恋人って紹介されたいなー、とか、ほんのチラッと思っただけ。
「初めましてー、下瀬です。四季さんにはいつもお世話になってるんすよ。めっちゃ世話焼きでバリバリ仕事出来る、超理想の先輩で」
「あんま褒めんな、恥ずいだろ。矢部さん、今でも二兎にーちゃんと毎シーズン滑ってんすよね? 俺土日仕事だし中々行けねっすけど、機会あったらまた滑りましょ」
じゃあまたー、ってひらひら手え振って分かれる。俺らはリフトに向かって片足でゆっくり滑ってった。
「乃亜ごめんな、やっぱ地元だと知り合い出会すわ。地元嫌いじゃねーけどなんつーか、あー田舎って感じ」
「いえ、俺は全然気にしてねーっす。ただ、もしまた知り合いに遭遇した時って、俺どういうスタンスで居りゃいーっすかね? 地元の知り合いに関係隠しておきたい感じっすか?」
四季さんは苦笑して俺に謝る。知り合いに出会すのは気にしないけど、隠した方が良いのかなって、それが気になった。元々会社の人にはバレたくないって言ってたけどさ。
でも、知られてない分繋がりが薄いって言って不安がってたから、それが不安なのに自分で隠しちゃうのかーとはちょっと思う。リフトに付いて、二人並んでリフトに座った。
「あー……ごめん。どうして良いかちゃんと決めないまま来ちゃったから、ちょっと怯んだ。乃亜はどこらへんの関係性まで話しておきたい?」
四季さんはちょっと迷った顔で、一瞬手元に視線を落とした。それから俺の方向いて、まっすぐ聞く。
「分かんねーっす。四季さんが言えない気持ちも分かるし。俺は言えるって思うし、実際昨日の飲み会で同性と付き合ってるーって話しました。でも、俺が出来るんだから出来るだろって押し付けんのは違うよなって思う。から、四季さんの言える範囲に合わせます。言えない範囲は話合わせるんで」
リフトっつー逃げられない状況で聞くの、ちょい狡かったかな。後からこう思ってたとか言うより、俺はその場で言っちゃいたいから言っちゃったけど。別に空気悪くしたくない。喧嘩もしたくない。そもそも別に喧嘩売ってるわけじゃない。けど、申し訳なさそうな、叱られた子どもみたいな顔されんのがちょっと寂しい。責めてるみたいな気分になる。
「そっか。言ってくれたんだ。ありがとな」
「俺が言いたくて言ったんすよ。誰かに惚気聞いてほしかったの」
「あははっ、惚気か。カミングアウト的には、俺も大学時代の友達には男が好きみたいな話はしてある。家族にも言ってあるし。でも、そぉなぁー……んー、矢部さんは兄ちゃんと仲良い友達で、今も交流があんのよ。だから矢部さんが俺が男と付き合ってるって知らねーのは、兄ちゃんが言ってねーからでさ」
四季さんはちょっとビックリした顔をした後、苦笑いして続ける。
「俺が今後まだ女の子と付き合うかもしれねーし、とか気ぃ遣ってんのか、それとも俺が男と付き合ってんのが恥ずかしくて言ってねーのかわかんないけど。兄ちゃんの友達に、俺から言うのはどーなのかなーって。ちょっと俺からは言いにくいかも」
「自分以外の人にも関係する相手には言いにくいっつーことっすね。四季さんらしいな」
なるほどなぁ、と理解した。そういうとこも気ぃ遣うんだって。俺とは違って繋がりが濃いから、自分だけの話じゃないんだ。
「ちゃんと紹介してやれなくてごめんな。親きょうだいの知り合いには言えねーかもだけど、俺の友達と会った時は恋人だって紹介すっから」
「うん。あざす。紹介してもらえたらうれしーっす」
笑って、グローブ越しに四季さんの手をぎゅっと握った。ホントは余裕あって器デカくて全部受け止められるような彼氏になりたい。だけど好きじゃなかったら気にも留めないことが気になって、四季さんの一挙一動に嬉しくなったり、ちょっと寂しくなったりする。こういうのが恋だとしたら、俺って今まで恋してきてなかったんだろうなと思う。
俺は誰かを本気で好きになったのが初めてで、だけど四季さんは多分、ちゃんと今までも恋してきてるから、四季さんから見たらガキっぽいかも。てか、依存してんのかな? 感情に振り回されたくないな。
「何か言いたいことあったりする? 溜め込んでない?」
気遣う視線が申し訳ない。けど、なんて言っていいのか俺にもわかんねー。
「なんだろ。四季さんのこと、すげー好きです。好きだから、たまに余裕無いのかも。や、最初から無かったっすね。上手く言えねー。すんません」
「俺も乃亜のことすげー好き。上手く言えなくても、不安だなーって思った時とか伝えてよ」
ぽすんと肩に頭を寄っかかられて、ぎゅっと手を握り返された。四季さんはいつもこうやって俺を安心させてくれる。
「無理して溜め込んでほしくないからさ。それで別れるってなるなら、早い方がいいし」
単に、気遣いだったと思う。けど、目がまん丸くなって、思いっきり「はあ?」って声が出た。俺の大声にびっくりしたらしく、四季さんも目をまん丸くする。
「それ、マジで言ってます? なんすか、別れるって」
「え……、あ、いや……」
ちょっと慌てた顔されて、ごめんねって思う。言い淀まれて肩を落とした。
「そういうつもりじゃ……別れたいわけじゃなくて。ただ、乃亜が俺のこと嫌になったらって考えちゃっただけ。ごめん、無神経だった」
「先回りして考えないで。そんなこと未来永劫絶対有り得んし。俺も先走っちゃうとこあるんであれですけど、別れるとか口に出されんの、仮定の話でも怖くなる。だから、俺はぜってー別れるとか言わないんで、四季さんも言わないでほしい。お願い」
別れる可能性がチラッとでも頭ん中にあるから、こういう言葉になって出てくんだろうな。って思わされて、結構ショック。ばつが悪そうな顔してる四季さんの顔をまっすぐ見つめて、繋いだ手をぎゅーっと強く握った。
「もし言うなら、本気で別れてえって時だけにしてください。まあ、言われても別れる気ないし、めちゃくちゃ泣きつくけど」
「ごめんな。ふとした時に、つい最悪の想定しちゃうことがあって……もし乃亜が別れたくなったらって話で、俺は別れたいなんて少しも思ってないから。もう言わない。すまなかった」
四季さん謝ってばっかだし。悪い想像しちゃう気持ちも分かるけど。責めたいわけじゃないし、謝ってほしいわけじゃないのにな。申し訳無さそうにされんのが嫌で、おどけて笑った。
「……ねー、俺のこと疑ってます〜? 生涯添い遂げましょーね」
む、と冗談っぽく口唇を尖らせて、ガバッと腕を抱き締める。四季さんは身体を後ろに引いて、安全バーをがっちり掴んだ。
「おわっ、危ね。疑ってねーよ。んじゃ、生涯添い遂げてくれ」
口角上げたちょっと悪戯っぽい笑顔で返される。リフトが上に着いて、シューッとリフトから滑り降りた。ちょっと先に滑った四季さんが俺の方振り返って、もっぺんニコーッて綺麗な笑みを俺に向ける。
ボケーッとその笑顔に見惚れて、ただ「はい」って頷いた。
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