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第29話 一方その頃の俺は
「四季さんの実家でけぇ〜! やっぱ藤原ハウスの家とは全然ちげーなぁ。モダンでおっしゃれ〜」
「まあデケー家ではあるわな。田舎の家って感じだろ。俺にとっちゃ見慣れた実家だよ」
たっぷりスノボした後、四季さんが運転してくれること四十分くらい。四季さんの実家の敷地に辿り着いて、デカい車の助手席から降車した。
敷地は多分、八十坪くらいあんのかなあ。家は一階が広めで二階は一階より小さい作り。建物も五十坪以上ありそうだ。6LDKあるって四季さん言ってたもんな。
外壁はタイルとかじゃなくて白の塗壁で瓦屋根。太陽光とかも乗ってない。玄関ポーチのところは木の柱があって、ハウスメーカーのパネル工法で建てた家とは違う味がある。
家見んの好きだから街歩く時はつい戸建眺めては『あっここ藤原ハウスの家だ』とか、どこのハウスメーカーの家だ、とか外観で判断するけど、やっぱ地元の工務店が作った家はそういう特色がない。唯一無二って感じ。築二十五年だって聞いたけど、今見てもモダンでおしゃれだなーって思う。
俺の服はまあスノボの後だからスーツとかではないけど、フォーマル寄りにシャツとスラックス。上着はコート着てたけど脱いどいた。から、ちょっと寒い。手土産で買ってきた東京土産のまあ外さないだろっていうお高めの羊羹と、姪っ子甥っ子用に横浜土産としてバターサンドが入った紙袋を手に持っている。恋人の親御さんに挨拶って初めてで、ネットで調べてはきたけど緊張してる。
「そんな緊張すんなって。肩の力抜いて気楽にすりゃいーから。事前に男の恋人連れてくとは言っておいたし、別にこえー両親じゃねーし。今日は両親しか居ねーしさ」
「とは言ってもぉ……四季さんのご両親、緊張しますよー」
圧倒されないように頑張ろう、と意気込んで息を吸う。四季さんは面白そうにケラケラ笑ってて他人事だ。四季さんのご両親と実家で同居しているお姉さん家族は今年は年末旅行に行っているらしく、明日までご不在らしい。他のご兄弟たちは年始に集まるとのこと。
親族一同と一気に顔合わせというのも飲まれそうだし、ご両親だけというのは有難いと言えば有難く、でもガッツリご両親とお話っていうのもやっぱりビビる。
「じゃーピンポン押すからな――ただいまー。四季だけど。母さん、ドア開けてー」
四季さんがインターホンを押して、そう呼び掛ける。お姉さんご夫婦が同居になったから合鍵は持っていないんだとか。
『はいはーい』とだけ女性の声が返ってきた。お母さんの声だろう。
ガチャッとドアが開いて、四季さんが一歩後ろに下がる。玄関の中から年配の――と言っても若く見える女性が出てきた。顔のパーツのどこが凄く似てる、というわけじゃないけれど、雰囲気が四季さんとよく似てる。
「母さん、ただいまー。こっち俺の恋人。会社の後輩の下瀬乃亜」
「おかえり、四季。それと四季の恋人さん、いらっしゃい」
「四季さんのお母さん、初めまして。下瀬乃亜と申します。本日はお時間をいただきありがとうございます」
「畏まらなくて大丈夫よおー。私もお父さんも適当だからね。でも、四季が彼氏連れてくるの初めてだから、連れて帰るって聞いて楽しみにしてたのよー。好青年で安心したわ。どうぞ、上がって」
お母さんの言葉に『あ、俺が初めてなんだ』ってテンション上がる。親きょうだいにカミングアウト済みって聞いてたから、他にも誰か連れて帰ったことあんのかなって思ってた。
促されるまま玄関の中に入ると、入って左に土間収納、右に造作の玄関収納、正面には霞みガラスの引き戸。多分引き戸の先はもうリビングだろう。四季さんはさっさと靴を脱いで、広い玄関ホールに上がった。俺も「お邪魔します」と声を掛けてそれに続く。霞みガラスの引き戸が開けられ、二十帖はありそうな広いリビングにポンと出た。
正面にダイニングテーブル、右にキッチン、左にリビングがあって、リビングには大きなコーナーソファと三人掛けくらいのソファ、ソファ前に木製のローテーブルが置いてある。お父さんはキッチンに居て、どうも冷蔵庫からお酒を取り出しているらしかった。こっちを振り返った顔は、目元の辺りが四季さんに似てる感じ。染めてない白髪交じりの黒髪短髪で、精悍な顔付きの男前だ。四季さんより濃いめの顔立ち。
「お帰り、四季。四季の彼氏くん、どうもいらっしゃい。なんだ四季、おまえの彼氏好青年じゃないか。話聞いた感じ、ものすげぇいかつい男でも連れて帰ってくるもんだと思ったが」
「ただいま。どんなイメージしてんの。俺の恋人兼、会社の後輩の下瀬乃亜。緊張してっから優しくしてやってー」
「初めまして。下瀬乃亜と申します。四季さんにはいつもお世話になってます。本日はお時間をいただきありがとうございます」
俺のことどんな風に話してたんだろと思いつつ緊張しながら挨拶すると、お父さんは「ふはっ!」と四季さんと同じ笑い方で笑った。
「ガチガチだなー! 下瀬くんは飲めんのか? ビール飲む?」
「飲めます! いただきます!」
「そうガチガチ。乃亜はまあまあ飲める方だけど、程々にしてやってよ。父さんのペースに付き合ったら潰される。乃亜、父さんに勧められても無理せんでいーからな。てか父さんも歳なんだし程々にしろよ」
ビール瓶とグラスを持って快活に笑うお父さんを見て、四季さんは呆れ顔で肩を竦めた。お母さんにリビングへと促され、リビングのコーナーソファに腰を下ろした。ついでに「これ、つまらないものですが」とか言ってお母さんに手土産を渡す。
ソファの正面はリビング階段の側面で、階段の下部分を上手いこと造作のテレビボードにしてあり壁にテレビが掛かってる。色んなところが造作家具になってるんだなあとしげしげ眺めてしまう。
お父さんが「飲め飲め」って言うから恐縮しつつグラスを持つと、お父さんがグラスになみなみビールを注いでくれた。四季さんの分と、四季さんのお母さんの分もビールが注がれる。夕飯として寿司を取ってくれたらしく、ローテーブルの上に丸い寿司桶が置かれた。
「すみません、ありがとうございます。いただきます」
「どーぞどーぞ。遠慮せんで、いっぱい食べていっぱい飲みな」
グラスに口づけて、ビールをグッと喉に流し込む。ごくっと喉が鳴る音がした。
「四季と下瀬くんはいつから付き合ってんの?」
「んー、恋人になったのはまだ先月から。付き合い自体はもっと長くて、乃亜が新卒で入社してからだから、六年目かな。今年んなって展示場一緒になったから、この一年は付き合い濃い感じ」
「ほお、先月からなのにすぐ挨拶来たのはまた何で?」
四季さんのお父さんの質問に四季さんがビール片手にすらすら答えていくと、速攻でこの話題になった。四季さんが答える前に俺が口を開く。
「四季さんとは結婚を前提としたお付き合いをさせていただいてまして、ぜひご挨拶したいと俺がお願いしました。日本で結婚は認められてないんですけど、国外で結婚させていただければと思っています。なので……四季さんを僕にください」
「んぐっ! げほっ……乃亜、ホントに緊張してんのか? 火の玉ストレートだな……いや、まあそう、こいつと結婚したいと思ってる」
思っているまま話すと、四季さんはちょっと噎せて咳き込んだ。けど、四季さんも俺の意見を肯定して背中を押してくれる。四季さんの口から『結婚したいと思ってる』って言ってくれたことが嬉しい。
「あらー、じゃあ四季は海外に行っちゃうの?」
「やー、多分籍だけ入れて日本に住むんじゃね? 籍入れた後どうすっかは要審議……?」
「海外で暮らせる基盤が作れたら移住もアリかなと俺は思ってますけど、少なくともあと二年は日本で暮らします。結婚自体、時期が未定なので。俺は早く結婚したいと思ってます」
四季さんにチラッと視線を向けられて、俺が続ける。
「そうか。まあ移住したらちょっと寂しいけどな、四季ももういい大人だ。四季が自分で決めたなら、反対しないし、結婚も移住も四季と下瀬くんの好きにしたら良い。二人でよく相談して決めな」
「四季の人生だからねえ。四季らしく、楽しく過ごせるなら、それが一番。移住しても良い、早く結婚したい、って、そんな風に言ってくれるくらい四季のこと好きで居てくれる人が出来て良かったじゃない」
ご両親はなーんも反対しないで、笑顔で返してくれた。放任とはまた違うと思う。一人の大人として認めて、信頼して、好きにしろって言ってるんだろう。なんか、あー、四季さんのご両親だなー、って感じ。
「うん。まー、色々ちゃんと決めたら連絡するよ。好きにさせてくれてありがと」
「俺からも、ありがとうございます。四季さんが楽しく過ごせることを第一に、二人で今後のこと考えていきます」
「いーよいーよ、二人で楽しく暮らしな。やべー男だったら俺も反対したかもしんねーけど、下瀬くんは好青年っぽいし。ま、四季が選んだ男なら大丈夫だろ」
「四季はあんまり見る目が無さそうだったから心配してたけど、下瀬くんなら安心ねー。四季のこと幸せにしてやって。四季も、下瀬くんのこと大事にするのよ」
あんまり見る目が無さそう、と評された四季さんはちょっと不服そうな顔をしたけど、実際今まで四季さんは見る目が無かったと思う。俺が良い男だとかそういう話じゃなくて、めちゃくちゃ愛情深くて優しい四季さんを振る男なんて何を見てんのか分かんねー節穴だから。俺は何があろうと絶対離さない。
四季さんの欠点なんて、強いて上げるなら自己犠牲的かなーって思うくらいのもんで、それだって四季さんの優しいとこなのに。
「わーってるって。乃亜のことは俺が幸せにするし、俺は勝手に幸せになるから大丈夫。もーいいだろ、別の話しよ。恥ずいからやめて」
四季さんは不貞腐れたようなむくれた顔をした。似たような表情は見たことあるけど、この表情は初めて見たなあと思う。なんかご両親の前だとこんな感じなんだなーって微笑ましい。ちょっと甘えが見えるっていうか、気兼ねない。ちゃんと愛されてきたんだなーって感じがして、ふっと目を細めた。
「あー、別の話……そうだ、家に入った時から気になってたんですが、このテレビボードとか、玄関収納とかも全部四季さんのお父さんが作られたんですか? 多分ダイニングテーブルとか椅子とかも手作りっすよね?」
「おお、そーよ。自分で作れるもんは全部俺が作ったの。拘って作ったってのもまあそうなんだけど、ここ敷地が広いだろ。それで土地に金がかかったからっていうのもあってなー、ケチったとも言う」
「うわあ、すっげぇ。俺、四季さんと同じ藤原ハウスで営業してるんけど、家は勿論、家具も作ったことねーっす。自分で何でも作れるってカッコいいっすね」
別の話に変えろとのことだったので、お世辞でもなんでもなく、純粋にすげえと思ってそう言った。今居るこのリビングも、ソファは買ったもんだろうけど、ソファ前に置いてある木製のテーブルは作ったもんだろう。濃茶で木目に味がある。お父さんは明るく笑った。
「明日スツールでも作ってみっか? 教えたるわ。初心者でも丸ノコとインパクトドライバーだけで作れっから、持って帰って家に置きゃー良い」
「いーんすか? 是非作ってみたいです!」
「うえー大晦日まで大工する気かよ。年末くらいゆっくり過ごしゃいーのにー」
「四季もスツールくらいなら作れるし。四季も一緒に作って持ち帰って二人で使やー良い」
「んえぇー、置き場に困るわ。スツールねえー、まあいーけど……」
四季さんは微妙に面倒臭そうな感じだけど、渋々といった調子で了承した。ご両親の前での四季さん、子どもでかわいーな。俺の前で見せる顔とはやっぱ違う。俺にもこんくらい甘えてくれて良いのに。
「やった。楽しみです!」
四季さんのご両親はニコニコ笑ってて、四季さんはちょっと肩を竦めて苦笑した。
お父さんに「そうだ、四季がインハイ出た時のDVDでも観るかー? 下瀬くんはサッカーするんか?」とか聞かれて「超観たいっす! 俺はずっと野球やってて、サッカーはあんま詳しくないんすけど」って返す。四季さんはやっぱりちょっと嫌そうな顔で「げー、インハイって何年前だよ。県大会準決勝敗退だぞ」って返した。
お母さんがテレビボードの中から『四季』って手書きで背表紙に書いたファイルを取り出してパラパラ捲っていく。厚みに差はあるけど一音から六花まで全部年季入ったファイルが作られてて、子ども多くて大変だっただろうにすげえと思う。
四季さんのファイルの中から『高三インハイ』って書かれた白いDVDが取り出されて再生が始まった。四季さんはMFで、三年の時はキャプテンやってたって聞いたことがある。やっぱ四季さんは上に立つのが似合う。四季さんのインハイのDVD流しつつ酒飲んで、四季さんのちっさい頃の話とか聞いて、やっぱ羨ましーなって思う。特別扱いはされなかったのかもしんないけど、きょうだいみんな平等に愛されてきたんだろうなーみたいな。ついつい、一方その頃の俺は、って頭の中でナレーションが流れちゃったり。
たっぷり愛されてきて、そうして受け取ってきた愛を他人に分け与えることが出来る四季さんが好き。きっとそういう人だから惹かれた。そういう人の、ちょっと弱い部分が見えて落っこちた。最初から分かってたのに、俺とは違うなーって少しだけ心がざらつく。沢山愛されてきて、みんなに好かれる四季さんの恋人として、俺はちゃんと釣り合えてるかな、って。
「もー俺の話は良いって。風呂沸いてる? 風呂入ってさっさと寝る」
「恥ずかしがっちゃって。あんた達が来る前に沸かしたから入れるよ。一緒に入っちゃっておいで」
「恥ずかしがってない。乃亜、もー良いから風呂行くぞー」
とか言いつつ絶対恥ずかしがってるけど。画面の中ではまだ試合の途中だったけど、ばつの悪そうな顔をした四季さんに腕を引っ張られて立ち上がらされた。
「へっ、あっ、お風呂もらいます! ありがとうございます!」
嬉しいけど一緒に入んのが普通なのか? と内心困惑しつつ、気恥ずかしそうにスタスタ歩いてっちゃう四季さんに引っ張られるままリビングの扉から出て行った。
リビングの扉を開けた先は短い廊下で、ドアが左右に二つある。四季さんが左側の扉を開けると洗面所に出て、そっから更に奥の扉を開けると、ドラム式洗濯機が置いてあって物干し竿が壁に突っ張っている脱衣所に出た。
「うちの親がうるさくてごめんなー。なんか喜んでるっぽいわ。年末だっつーのに大工するとか言うし。さっさと風呂入って寝よ」
「いえっ、優しくしてもらえてすげー嬉しいっす。ところで風呂に一緒に入んのはフツーなんすか?」
ごくフツーに服を脱ぎ出した四季さんに倣って俺も服を脱ぎ始めたけど、やっぱり疑問でそう聞いてみた。
「あ? あー、ごめん、実家人数多いから一気に入んのがフツーで、実家帰るとそうなっちゃう。兄弟揃うと今も兄弟で入らされるし。十くらいから男女は別だけど。風呂デケーから大人三人くらいでもヨユー」
「ほえー、文化の違いだあ……」
やっぱ家庭ってそれぞれなんだなー、とか思う。風呂一緒に入れんのは嬉しいけど。流石にここで欲情しちゃまずいと思う。浴場だけに。口に出したら頭が茹で上がったタコかよとか言われそう。
お互い素っ裸になって四季さんが浴室のドアを開けると、四季さんが言った通りデカい風呂場が目に飛び込んだ。
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