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第30話 今年のことは今年のうちに

「風呂デカッ、三坪くらいっすか? ホテルにでも泊まりにきたみてぇ」 「正解、ジャスト三坪。どっかのホテルっぽいよなー。前は檜風呂で旅館ぽかったんだけど、湯張とか手入れが楽だからバスタブに変えたんだってさ。俺は前の方が好きだったなー」 「あー、檜風呂だとボタンで湯張出来なそーですしね。手入れもバスタブの方が楽だろうし。でもすげー風呂〜」  雇われよりやっぱ自営の方が儲かるんだろうなーとか若干頭に過ぎりつつ、二つ並んだシャワーの前に並んで風呂椅子に腰掛けて髪を洗い始めた。いやすげーわ、ホントに。 「……あのさー、色々大丈夫? 引いてねえ?」 「何がっすか。何も引いてねーっすよ。お父さんが自分で建てた家すげーなって思うし、ご両親はすげー愛情深くて俺にも優しいし、ご両親の前だと四季さんちょっと子どもっぽくてかわいーし」 「んー……スノボでもちょっと空気悪くしたし、あんま言いたくないんだけど。俺は自分の両親とか家のこと好きだけど、乃亜は自分の親とか実家にいまいち良いイメージないみたいだったから、嫌じゃないかなって」  お互い髪を洗い終え、身体を洗い始めたところでちょっと気遣う感じで聞かれてしまった。俺の引け目なんてバレてたかあ、って肩を竦める。  実家にお邪魔して、四季さんが今まで上手くいかなかった理由がなんとなーく分かった気がした。四季さんは欠点って欠点が無く、完璧な人みたいに見える。うっすら気付いてたけど、だから四季さんの隣に居ると、どっか劣等感を擽られるんだと思う。  擽られる劣等感がどこなのかは多分人によって様々で、四季さんが優秀すぎるところに引け目感じたり、家庭環境にコンプレックス感じたりとか。俺ですらちらっと感じちゃったんだから、元カレたちも『一方俺は』って、どっかのタイミングでモノローグが過ぎったのかもなって。  四季さんはきっと、俺が居なくても全然大丈夫だろう。それは自立した大人ってことで、すげー良いことだと思う。俺だって四季さんに依存したいわけじゃない。  四季さんは俺が居なくて大丈夫かもしんないし、俺は釣り合ってないかもしんないけど。てか、俺が居なくて大丈夫とか、釣り合ってるかどうかとか、俺が決める話じゃないだろうけど。  とにかく、俺は、四季さんじゃなきゃ嫌だ。 「単純に、羨ましいってだけっすよ。眩しいなーって。まあ、俺って四季さんの隣に居て見劣りしねーかなとかはちょっと思った。けど、俺頑張るんで、ずっと隣に居させてほしーし、出来れば俺も、家族の一員にしてもらえたらいーなって思います」  四季さんの方を向いて、へらっと笑った。気遣わせないようにとかじゃなくて、自然とそうなる。四季さんは真面目な顔してた。 「前にも言ったと思うけど、俺はそのまんまの乃亜が好きだよ。背伸びしないで良いし、無理せんでいいし。負担強いてないかなーって、それが気がかり」 「……それ言ったら、四季さんだって俺に遠慮してんじゃねーっすか? 俺に気ぃ遣ってくれてんのすげー分かるもん。お風呂もらいますね」  シャワーで身体の泡を流して立ち上がる。でかいバスタブに向かって、ちょうど良い温度の湯に浸かった。四季さんも足を湯に付けて、俺からちょっと離れた位置で肩まで湯に浸かる。 「俺は、恋人同士だろうが気ぃ遣うのって大事だと思う。親しき仲にも礼儀ありって言うじゃん」 「それ言ってること矛盾してません? 俺には背伸びすんな、無理すんなって言うのに、自分は気ぃ遣うってさ。それに俺、無理してるわけじゃねーっすよ。好きな人によく思われたいのって当たり前じゃないすか? 自然と張り切っちゃうみたいな」  反論しちゃってから、なんかよくわかんねーけど、このままじゃダメかも、って頭に過ぎる。俺は四季さんが好き。四季さんも多分、ちゃんと俺のことが好き。だけどなんか噛み合わないってか、ズレてる感じがする。 「あーすんません、キツい言い方した。なんで結婚の挨拶とかした後にこんな感じになんだろ。新年に持ち越したくねえ」  四季さんが困った顔で口を開いたけど、返事を待たずに話を続けた。額に張り付いてうざったい前髪をぐしゃっと掻き上げて、そのまま続ける。 「今年のことは今年のうちに解決したいっす。思ってること、不安なこと、ちゃんと全部言ってほしい。マジでなんでも、気遣わないで言ってください。打ち合わせしようって、前に言ったじゃん。大前提として、俺は四季さんのことがマジで好き! 何言われても絶対嫌いになんねーし、好きなまんまだから」 「乃亜だって、なんか思ってんじゃねーの。好きは疑ってないけど、なんか溜めてんじゃないかって気になってんの」 「今『乃亜だって』って言った。つーことは、四季さんも思ってることあんじゃないすか。俺もまあ思うことはあるけど、四季さんが悪いって話じゃ全くなくて、俺の問題だからそう口に出してねーだけで――」 「……っあるなら言えよ!」  怒鳴られてぽかんと目が丸くなる。めちゃくちゃびっくりした。 「ちょっ……待って、四季さん、俺が始めたかもしんねーけど、怒鳴んないで。いや、怒鳴んのはいーんすけど、そんなら場所変えましょう場所。ご実家でガチ喧嘩はちょっと」 「……ちゃんと言ってよ。なんで言ってくんねーの……」  慌てて両手を挙げてわたわたしてると、瞬間湯沸かし器みたいに怒鳴ったのが嘘みたいに四季さんの声が小さくなって、視線が俺から湯に向いた。俺はとにかく、ものすごく四季さんの気に障ること言っちゃったんだろう。  ぴちょん、ぴちょん、って小さく音が鳴る。俯いた四季さんの目からぽたぽた涙が零れて湯に落っこちてた。それ見てもっと慌てて、 とにかくどうにかしなきゃって思って、真正面から背中に腕を回して抱き締める。 「言います! 言うから! ちゃんと言うんで、泣かないで……」 「ごめ……泣くとか、マジありえねー……最悪……カッコ悪……」  びっくりして慌てる頭で全力で考えた結果、なんか思うところがあるっぽいのに四季さんに言ってないっていうのがとにかく四季さん的に物凄くショックだったんだろうと思い至る。泣くほどしんどいなんて分かんなかった。 「俺が最悪です、四季さん悪くねーから。泣かせるとか有り得なすぎる。あの……キスしてもいーっすか? やだ?」 「……やじゃない……」  とにかく抱き締めてキスする、ってくらいしか俺の頭じゃ思いつかなくて、ぽろぽろ泣いてる四季さんの目元を指で拭いながら聞いた。了承が得られたから、左手は背中に回したまま、耳から頬にかけて右手を添えてそーっと口づける。ただくっつけるだけのキスの間も涙は止まんなくて、四季さんの涙が俺の頬にも伝って濡れた。 「本当、すんません。なんでそんな悲しいのか、ちゃんと分かんないんだけど……とにかく、四季さんが嫌なこと言ったってことは分かるんで、ごめんなさい」 「それこそ、乃亜がどうっていうより、俺の問題っていうか……だから、俺も、急に怒鳴ったり泣いたりして、ごめん。言ったかもしんないけど……いつも、俺、振られる時、どこが嫌だったとか、なんも言ってもらえなくて」  口唇離して謝ると、四季さんはぽろぽろ泣いたまんまだったけど、ぽつぽつ話し始めてくれた。それを聞いて『あ』と気付く。それ、前に聞いたことある。 「なんかあれば言ってくれりゃ良いのにって、いつも思ってて……なんも分かんねーままダメになんのが、一番やだ。思うことがあれば、言ってよ。ちゃんと直すから」 「マジで四季さんに問題があんじゃなくて、俺の問題で、だから、四季さんが直すようなことじゃねーんすよ。言うけど……どーしよ、風呂場で話してたらご両親からなんか長風呂だなーってなんないすか? 上がってから話しません?」  ちょっと笑って瞼に軽くキスすると、涙のしょっぱい味がした。四季さんは目元を手の甲で拭って「分かった」って頷いた。

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