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第31話 肉まん冷める
「――気が落ち着くまで、もうちょい待ってもらって良い? 少しだけ、黙らせて」
泣き止んで乃亜にそう訊くと「いくらでも待ちます」って返された。風呂から上がってタオルで身体拭いて、まだ気遣った顔してる乃亜にドライヤーで髪を乾かされる間、改めて『最悪だ』って内省。
乃亜が『なんでこんな感じなんだろ』って言ってたけど、ほんとそう。なんでこんなことになってんだろ。なんかフォローした方が良いだろって思いつつ、なんと言うのが正解か分からなかった。黙って俺も乃亜の髪をドライヤーで乾かしていく。
泣きたくなんてなかった。泣いたのなんて久々、つっても多分、元カレと別れた時以来だから半年ぶりとかだと思うけど。でも、あいつの前では泣かなかったな。一人になった後、ちょっと泣けただけ。
ほんとに、言われないのが一番嫌だ。全部開示しろとは言わねーけど、付き合う上で障壁になることは自己完結しないで言ってほしい。何も言わないまま気持ちが離れられたら辛いから。
「……あー、一人で考えても内省ばっかんなる。頭冷やしたいから、外歩きながら話さねえ? コンビニ行こ」
「もち、オッケーっす。行きましょ」
顔を顰めつつ、切り替えようとして提案した。笑みを返されて、強張った頬が少し緩む。優しいんだよな。だから傷付けたりしたくない。脱衣所と洗面所抜けて、リビング通りながら親に「ちょっと外出るから家の鍵借りてくー」って何でもないように声掛ける。乃亜も「コンビニまで歩いてきます」とか続けて、二人揃って玄関から出て行った。
「外寒ぃっすねー。けど立川よりあったけーような気ぃする」
「ああ、実際立川の方がさみーはず。でも、フツーに寒いは寒いよな。手、繋いでも良い?」
「地元なのにいーんすか? 繋ぎたいっす」
実家の敷地から出たところで、ふにゃ〜って頬緩ませた乃亜に手を握られた。風呂入り立てだけど、速攻外気で冷えた手はひやっとして冷たい。そのまんまコートのポケットに手を突っ込まれて、ポケットの中でぎゅっと手を握り返す。
年末三十日の夜、みんな家に引っ込んでるのか、住宅街に人通りは全くなかった。暖冬でもやっぱり普通に夜は寒いもので、熱くなった頭も冷えてくる。
「お互い、思ってることは今年のうちに全部話しちゃいましょっかー。なーんも不安ない状態で新年迎えたいし。まず先、俺から話してもいーっすか? つまんねー話になるけど」
「つまんなくねーよ。聞かせて」
乃亜が軽い感じで笑うから、俺も目を細めて話を促す。深刻にならんように気遣って、明るい調子で言ってくれてんだろう。俺が『言えよ』って言ったくせ、何言われんだろって、ちょっとだけ怖かった。
「まず、ホントに俺の問題で、四季さんは悪くないんすけど。俺は四季さんじゃなきゃ嫌だけど、四季さんって俺じゃなくても良かっただろうなー、っていうのが、一番根っこにあるかもしんねーっす」
そう言われて、ふと気付く。同じこと、前に聞いたなって。
「四季さん、好きって言われると好きになるって言ってたからさ。そこに付け込んで洗脳みたく好き好き言って付き合ってもらったし、好きになってもらってからもっと好きになってもらや良いって前向きな気持ちもあるんすけど。俺より先に別の奴から好き好きってアタックされたらそっちと付き合ってただろうなーみたいな気持ちはまあ、うっすら残ってる。そんな風に思うの、ジメジメいじけてて自分でもヤダ」
乃亜は「はあ」って溜息吐いて、肩を竦めた。
「四季さんは俺から見たら理想の人で、だから残ったジメジメした気持ちが、俺じゃ釣り合ってないかもとか思わせる。四季さんはいっぱい愛されてきて、他人と繋がりが濃い人だから、差が辛いなって思ったり。四季さんのそういうとこが好きになったんだから、マジで勝手に劣等感つーか、引け目感じてるだけなんすよ。俺は薄くて軽い恋愛しかしたことなくて、本気になったのとか初めてで……初めてだから、四季さんの一挙一動に喜んだり、寂しくなっちゃったりして。四季さんにも、俺じゃなきゃ嫌だって思ってほしくて」
ぽろぽろ零れる乃亜の言葉が、パズルみたいに頭の中で嵌まってく。
ここまでストレートじゃなくとも、似たような言葉の欠片は聞いてきた。自分の鈍さに呆れる。今までの恋愛も、言われてたのに俺が気付けてなかっただけかもしれない。
「……乃亜は今までで本気で恋してきてなくて、本気になったのは俺が初めてで、だから俺のことを特別に思ってる。で、乃亜は俺だけ特別な分、他の誰かのこと普通に好きんなって付き合ってきて、好きって言われたら好きになっちゃうような俺の好きは特別っぽくないっていうか、代替可能な好きみたいに思えるっつーこと?」
考えながら口に出して、乃亜の言い分を整理する。聞いた感じ、大体そういう話だろうと理解した。そう言われても、過去は捻じ曲げらんねーけど。
「平たく言うとそーいう感じっすね。そりゃそうだと思ってるんでいーんすけど。なんか俺には特別が四季さんだけだから、俺も四季さんの特別が欲しくてー。四季さんは特別がいっぱいあんじゃん。俺は俺で充分特別貰ってるって分かってんすけど。だから俺が欲張りなだけ。終わり。ね、四季さんは何も悪くないっしょ? 俺の捉え方の問題なんすよ」
乃亜は片眉を顰めてそう言った。乃亜にちゃんと好きだって話してたつもり。態度でも好きだって伝えてる、つもり。だけど俺だって『好き』の理由を聞くまで、乃亜の好きの重さを怪訝に思ってた。
「自己完結すんな。まず結論から言うけど、俺はとっくに乃亜じゃなきゃ嫌だ。他の誰かでも良いとか、そんなんねーよ。代替可能なモンじゃない。好きって言われてすぐエッチしちゃって、そのまま付き合っちゃいましたーってとこからして、軽く思えんのは分かる。実際エッチするとこまでは付き合う気なくて、性欲メインだったし」
そんな始まり方だったから、俺自身も乃亜の好きの重さに自信が持てなかったんだと思う。だから乃亜の不安も分かる。そのまま言葉を続けていく。
「そう、元々は乃亜と付き合う気無かったよ。本気になんのがこえーって話したよな。傷つきたくないから。だけど乃亜のプレゼンが上手かったから、先の不安より今を選びたくなって、乃亜の手を取れた。そもそも、おまえじゃなきゃ契約する気になってねーよ」
ぎゅーっと手を握って、俺よりちょっと背が高い乃亜を見上げて言う。乃亜も俺の方を見てた。お互い正面向いてねーし。よそ見して歩くのあぶねーな。
「まー確かに、それなりに本気の恋愛もしてきた。でも、過去だから。過去は今の自分の糧だと思ってる。上手くいかなくて悲しんだこともな。過去があるから、同じ失敗したくなくて、気遣っちゃうし、心配してた」
前に向き直って、まっすぐ歩く。コケねーように。
乃亜に好きの理由を聞いて、ちゃんと好かれてるって自信は持てた。それでも、ずっと好きで居てもらえんのかなって不安は拭いきれない。過去は糧だけど、枷でもある。
ぽつぽつとした街灯だけじゃなく、そこらの住宅の窓からも明かりが漏れ出て暗い夜道の中で光ってる。年末だからみんな家でテレビでも観てんだろう。これ藤原ハウスの家だなーって外観で分かる家もあるし、まあ近所だから、ここはうちの父さんが建てたやつだって知ってる家もある。
明かりの数だけそこに人が居て、誰かの生活がある。そう思えるから、明かりが付いてる家を見んのは好き。穏やかに年末を過ごしてる人も居れば、喧嘩してたりする人も居るかもしんねーけど。
「特別に思う人も沢山居るわな。家族、友達、恋人とか。どれも大事。恋人って特別は乃亜だけ。乃亜のこと大切にしたいし、幸せにしてやりてーよ。お互い全然違う人生送ってきて、見てきたもんも感じてきたことも違って、だからお互い俺とは違うなって思う部分とか色々あるだろうし、そういう差で不安になったり、分かってやれねー部分とかとあるかもしんないけど……ほんとに、ありのまんま、俺は今の乃亜のことが好き」
落とし所とか決めずに、思ったまんま本音で話した。全然違うからぶつかるし、今日もまさに噛み合ってなかったし、だけど丸ごと乃亜が好き。
そうそう、何度も言ってるけど、好きなんだ。好きだから、傷つけたくなくて臆病になる。好きだから、分かんないと不安になる。元をただせば、単純な話だな。
「――俺の気持ちはそんな感じ。でも、言葉だけじゃ伝わりきらん気がしてる。俺らの不安って、感情ベースの話し合いじゃ根が解決しなさそう。だから、コンビニで食いもんでも買って戻って、ちょい客観的に話してみねえ? 不安に思うこととか、紙にでも書いてさ」
そこまで言って、ふっと息を吐いた。乃亜の気持ちを聞いて、俺からも気持ちは伝えきったと思う。そのまま続ける。
「今日即日で解決出来っかわかんねーけど、乃亜が言ってた通りなーんも不安ない状態で新年迎えたいし、まあ、あーだこーだ言い合いながら夜更かししよーよ。どう?」
小首を傾げて乃亜に顔を向ける。乃亜は目を細めて、くしゃっとした笑みを浮かべた。
「……なーんか、四季さんらしいなあ。泣きそーなくらい眩しくて、やっぱ引け目感じるんすけど、そういうとこがめっちゃ好きなんすよねえ」
「なにそれ。褒められてんのか分かんねー」
「めっちゃ褒めてる。夜更かし大歓迎っす。本気で向き合ってくれんのが、すげー嬉しい。俺肉まん食べたい」
「じゃー肉まん二つ買ってくかあ。まだ時間かかりそうだしスナック菓子とー、たまにはコーヒー買っちゃお。乃亜もコーヒー要る?」
「うん、目覚ましたいし飲もっかな。コンビニでコーヒー買うの珍しーっすねー」
「キッチンでガチャガチャコーヒー淹れてたら親に捕まりそうじゃん。サーッと部屋行きてーもん」
ずっと繋いでポケットに入れたまんまの乃亜の手はもう温かかった。乃亜は泣き出しそうな顔なのに、同時に嬉しそうに笑ってる。一番近いコンビニにちょうど着いたけど、裏に引っ込んでるっぽくてレジには誰も居なかった。
お互い好きなスナック菓子ひとつずつ持ってレジに向かって呼び鈴鳴らすと、昔っから顔知ってる五十代くらいの店長のオッサンが裏からひょこっと顔を出す。地方あるある。まあ年末の夜だし、バイトが確保出来なかったんだろう。
「おっ、上条さんのとこの息子さん? 帰省?」
「そーっす。なんか親に恋人紹介みたいな。こっち彼氏」
「え⁉ あっ、そうなの! 時代だねー」
オッサンもビックリした顔したけど、乃亜も目え丸くして「どーも」って軽く頭を下げた。高校の頃とか歴代の元カノとここ寄ってたから驚くわなーと思いつつ、まあ時代で流してくれるらしい。
「そっすねー。肉まん二つと、コーヒー二つくださーい。あと袋も」
「はいよー。肉まんすぐ食べる? コーヒー濃さどうする?」
「あとで食べる。お菓子と一緒の袋にそのまま入れちゃっていーっす。コーヒーはどっちも濃い目でー」
オッサンがぽちぽちレジ操作して、スマホに登録してるクレカで俺がタッチ決済を済ます。スナック菓子と肉まん入りのレジ袋を先に渡されて乃亜が受け取り、次にオッサンがちゃちゃっと紙コップにコーヒー淹れてカウンターにポンと置く。乃亜と紙コップを一個ずつ手に持った。
「ありがとうございましたー。良いお年をー」
「店長もよいお年をー」
乃亜と肩並べてコンビニから出て、歩きながら濃い目の熱いコーヒーをちっさい飲み口から啜った。普段自分で淹れるのとは違うけど、寒い外で飲むと普通に美味い。
「言って良かったんすか?」
「いーよ。家族全員の顔見知りではあるけど、深い付き合いじゃねーし、俺の判断で。まあ、友達出くわした時とか言ってもいーかきょうだいにも聞いとく。明日親にも聞くわ」
「全然、無理はしなくていーんすけど」
「無理してねーよ。別に乃亜に気ぃ遣って言ったわけじゃねーし、おまえも気ぃ遣わんでいーから。さっさと帰ろ。肉まん冷める」
ちょっと気遣う顔で訊かれて、笑って返す。マジで気遣って言ったわけじゃない。元カノとコンビニ寄った時と同じように、さらっと話せたってだけ。
地元帰ると、やっぱり知った顔が多くて怠い。怠いけど、別に嫌いじゃない。ま、たまに帰る分には。
コンビニコーヒーで温まりながら、乃亜と帰り道を並んで歩いた。
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