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「あ、ああ……。こっちこそよろしく……」
さすがの鐘崎 もこのあっけらかんとした挨拶には唖然とさせられてしまう。隣に座っている周焔 と雪吹冰 も同様のようだった。驚いていないのはオーナーのレイだけだ。
「お前、まさか階段で来たのか? エレベーターで来りゃいいものを」
冷えたペットボトルの麦茶を差し出しながら、汗を拭うタオルまで手渡すサービスぶりだ。
「ん! 玄関までは中津川 っちに送ってもらったんだけどさ、エレベーターの前に結構人が待ってたから階段の方が早えと思って!」
中津川 というのはトップモデルらのマネージメントを担当している男である。スケジュール調整から各撮影場所などへの送り迎えもこなしている。今日は紫月 の撮影に付いて回っていたようだ。
「そんなに急ぐことねえのに」
レイが笑う。
「あー、生き返るぅ!」
当の紫月 はといえば、もらった麦茶を一気に半分ほど飲んで、またバフバフとシャツを揺すっては仰ぐ。
「あ、悪ィ。汗臭いべ、俺?」
隣の鐘崎 に気遣ったわけか、身軽に腰を上げて少し距離を取る。実際は汗臭いどころか仄かないい香りが心地好く思えていたのだが、そんな些細な気遣いにも驚きを隠せない鐘崎 であった。
「それよかカップルコンセプトってのはもう決まったん?」
麦茶の補給でようやくと落ち着いたのか、紫月 がレイの顔を見やる。
「ああ、周焔 ・雪吹冰 組の方は溺愛系で決まったところだ」
「へえ? アンタら、フォーマル部門だったっけ? 溺愛系かぁ。うん、似合ってんじゃん!」
ニッと白い歯を見せて懐っこく微笑む。あまりの爽やかさに、鐘崎 はもとより周 も冰 も目をパチクリとさせられてしまったほどだ。
この一之宮紫月 に関しては、鐘崎 だけでなく周 や冰 にとってもまた謎の多い男であったようだ。まあペントハウスの変人と異名を取るくらいだから、誰にとっても多少なりと警戒に値する人物であったのだろう。そんな噂とは真逆の印象を目の当たりにして、誰もが戸惑いを隠せないのは事実のようだ。
「そんじゃ紫月 も揃ったことだし、今度は鐘崎 ・紫月 組のコンセプトを決めるか。二人共、なにか要望はあるか?」
レイが訊く。
「要望かぁ……。鐘崎 さん、なにか希望ある?」
いきなりそう振られて鐘崎 はまたしても瞳を見開いてしまった。まさかこの紫月 の方から自分を立ててくれるとは意外だったからだ。
「いや……俺はアンタと顔合わせをしてから考えるつもりだったんで」
「そっか! 鐘崎 さんっていえば、これまでは寡黙系だったべ? 相方の方が熱を上げてるけど、アンタはあんまし相手に興味ねえっていう雰囲気のやつ」
つまり片想い系のコンセプトだ。事実鐘崎 がこれまでに組んできた相手とはそういった間柄の設定が多かった。レベルが同等の相手の時だけはバディ的なカップルを演じたこともあったが、後輩たちと組む際は殆ど相手が鐘崎 に片想いするという設定が多かったように思う。
鐘崎 の持ち味的にもそれが似合っていたこともあり、ファンからすれば彼のような男が本気になるのはどんな人物なのだろうと想像させられるのも、また魅力の内のひとつだったらしい。
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