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同じ頃、隣室の鐘崎 と紫月 の間でも似たような会話が成されていた。
「なあ、鐘崎 さん。稽古場でレッスンもいいけどさ、実際のイメージ掴む為にもちょっと郊外の山ン中辺りに行ってみねえ? まあこの日本じゃジャングルの雰囲気がある場所なんて無えだろうけどさ、ちょい近場でも郊外に出れば森があるような所とかあるべ?」
うっそうとした木々が生い茂る自然の中に実際身を置いて雰囲気を体感するのもいいんじゃないかと紫月 は言うのだ。鐘崎 ももちろん即同意を示した。
「いいな。明日は一応休日ってことになってるし、一緒に出掛けてみるか」
そんな話に花が咲いて、二人でパソコンのマップを覗き込む。
「さすがにこの近場じゃうっそうとした森ってのは無えか」
都内でも緑生い茂る大きな公園は各所にあるものの、大概は人であふれている。そんな場所で稽古はさすがに無理だ。
「この際、静岡か長野辺りまで足を伸ばしてみるか?」
「いいねぇ。蓼科とか、あるいは富士山の麓辺り?」
「青木ヶ原樹海――は勘弁だがな」
「あっはは! そりゃ言えてる」
『ツー』と言えば『カー』と返ってくるようなテンポのいいやり取りが心地好い。
「そういえばさ、周焔 さんと雪吹 君も森の中のチャペルってコンセプトだったべ?」
「そういやそうだな」
誘ってみるか――と、同時に互いを見つめ合った。
「四人で行けば楽しいべ!」
「言えてるな」
紫月 と二人きりで何処かに出掛けるのもオツだが、稀に会話が途切れたりしたらそれはそれで気まづい。鐘崎 にしてみれば、この紫月 に感じる仄かな想いを自覚してしまった出会いの日からというもの、必要以上に戸惑いを感じることも否めないといった具合だからだ。その点、親友の周 が一緒なら変に緊張しなくて済みそうだ。
「天気も良さそうだし、楽しくなりそうじゃね?」
紫月 は早速に天気予報の画面を開いて笑顔を見せている。器用にマウスを弄りながら椅子の上で片足を立ててリラックスしている何ていうことのない仕草なのだが、それさえにもドキリと心拍数を騒がせられるのだから困ったものだ。
きっとこの紫月 はこちらに対して同僚以外の感情は抱いているはずもなかろう。同部屋で暮らすようになってからも緊張した様子もなくフレンドリーに接してくれるし、実際楽しいことの方が多いのも事実だが、裏を返せば特別な感情がないからこその言動と思えなくもない。
それが残念なような有り難いような複雑な気持ちに胸がキュッと締め付けられる。鐘崎 は、生まれてこの方、初めて味わう感情に戸惑ってもいるのだった。
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