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29 中傷
思い切って出掛けた郊外での稽古を境に、ますますショーへ向けての意気込みが高まりつつあったそんな中――。
稽古を終えた、とある日の夕暮れのことだった。周 は未だ稽古場に残ってレイらと立ち話をしていたが、冰 は一足先に帰って夕飯の支度をすべく外へ買い物に出掛けることにした。
(焔 さんにはお世話になりっ放しだもの。せめて晩御飯くらい心を込めて手作りしたものを召し上がっていただきたい!)
そんなあたたかい思いを胸に、ウキウキとした気持ちで食材を選び、両手にスーパーの袋を下げてギムナジウムの門をくぐった。今夜のメニューを脳裏に浮かべながら、調理の手順などを巡らせつつペントハウスの部屋を目指して白亜の階段を登っていた時だった。
コツッ――どこからともなく小石のような物が飛んで来て、自身の足元にぶつかった。
(え――?)
すごく痛いというほどではなかったものの、一体どこから飛んで来たのだろうと首を傾げさせられる。辺りを見渡せど、人影は無く、また建物の一部が老朽化して剥がれ落ちたというような形跡も感じられなかった。
冰 が戸惑っていると、少し離れた柱の陰から信じ難いような声が聞こえてきた。
『いい気になってんじゃねえよ!』
明らかに敵意を感じる尖った物言いに驚く暇もなく呆然と立ち尽くしてしまう。声の主はもう二言三言嫌味を連発すると、足早に走り去って行ったようだった。
(……誰?)
姿は見えなかったが男の声だった。聞き覚えはない。
ということはこのギムナジウム内のモデル仲間だろうか。最初のひと言に続けて吐き捨てるように投げつけられた言葉はこうだ。
『お前なんかがトップモデルの隣に立つなんて千年早えんだよ! ちったぁわきまえやがれ!』
というニュアンスの、暴言とも取れる言葉だった。いわゆる中傷というやつだ。
それまで脳裏に浮かんでいたあたたかい夕食のメニューなどが一気にガラガラと音を立てて壊れていくような気分に陥り、突如として暗く大きな闇が身体中を覆い込んでは押し潰されるような錯覚が押し寄せてくる。
飛んで来た石は故意に投げつけられた物と思って間違いないだろう。思い切り棘を含んだ言葉も然りだ。
察するに、周 とのカップリングに抜擢された自分を妬んでのことだと思い至ったものの、さすがに今の出来事には堪えてしまう。気持ちは暗く沈み、ともすれば涙がこぼれてしまいそうになるのを必死で抑えながら、どうやって部屋まで帰ったのか分からないくらいの動揺が冰 を襲ったのだった。
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