31 / 40
30
光あるところには必ず影が存在する。
光栄この上ない抜擢も、まだキャリアも歳も未熟な自分には畏れ多いものと自覚してもいた。トップモデルの相方に選ばれて、夢のようなペントハウスでの同室暮らしも、身の丈に合わない勿体無いほどの厚遇と思ってもいた。だからこそ、精一杯の努力をして抜擢してくれたレイや相方の周 に恥じないようにと、少しでも良い仕事ができるよう意識してきたつもりだ。
当然だが嫉妬も中傷も想定していた。
これまで大部屋で一緒に暮らしてきた同僚たちの中には素直に祝福してくれる者も皆無ではなかったが、皆表面上は「良かったな」と言いながらも、心の中では羨ましいといった感情を捨て切れないでいる者も多いことだろう。それも重々承知していた。
だが、実際に中傷に遭ってみれば、それは想像していたよりもはるかに衝撃が大きく悲しいものだった。
確かに浮かれていた面もあっただろうと反省の気持ちが重くのし掛かる。周 はやさしいし、隣室となった鐘崎 や紫月 もキャリアや年齢に関係なく自分を同等のモデル仲間として気持ち良く受け入れてくれている。決して天狗になっていたつもりはないが、傍 から見れば『生意気だ』と思われても当然といったところだろう。
買って来た夕飯の食材に手もつけられないままポロポロとこぼれ落ちる涙だけが止め処ない。悲しいを通り越して恐怖の感情に押し潰されてしまいそうだ。
とはいえ、周 にこんな姿を見られたならば心配を掛けてしまうだろう。泣き止まなきゃ、しっかりしなきゃと思いつつも、沈んだ心はそう簡単に立て直りそうもない。
冰 はまさに絶海の孤島に取り残されたような心持ちだった。
それでも何とか気を取り直して、一心不乱に夕食の支度に取り掛かった。今は心を無にして周 への感謝の晩膳を作ることだけに集中する。
その甲斐あってか、周 に気付かれることは避けられたものの、一人になるとどうしても拭い切れない寂しさに襲われる日々が続いた。
ふと、脳裏に或る思いが浮かぶ。
(焔 さんや鐘崎 さん、紫月 さんだって僕と同じ歳の頃はあったわけだよね……)
今は押しも押されもしないトップモデルの彼らだが、誰もが最初からそうだったわけじゃない。彼らにも初心者の時期はあっただろうし、自分が今受けているような妬み僻みといった中傷にさらされたこともあったかも知れない。
(皆さんはどうやって乗り越えて来られたんだろう――)
例えば十年後、自分がこのままモデルという世界に身を置き続けられたとして、今の周 らと同じ年になる頃にはどうなっているだろう。その頃になって今を振り返れば案外懐かしささえ込み上げてくるかも知れない。そういえばそんなこともあったなと、思わずクスッと微笑んでしまうことができるだろうか。
(努力していこう。十年後に今の自分を振り返って、懐かしいなと笑えるように精一杯今を生きていこう――)
周 という素晴らしい人と相方になれた光栄から逃げることなく、誹謗も中傷も当然のことと受け止めて、すべてを受け入れよう。決して驕ることなく努力を惜しまず、しっかりと大地を踏み締めて歩いていこう。
だって僕が自分で選んだ人生だもの。モデルになると決めたのは他の誰でもない、この僕自身だもの――!
喜びも悲しみも、やさしくあたたかい感情も冷たく醜い激情も、すべてに目を背けず真正面から受け止めて糧に変えていこう!
冰 はそんなふうに思うのだった。
ともだちにシェアしよう!

