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場内の明かりが落ち、客席からの大きな拍手の音が聞こえてきた。四番目のステージが終わったという合図だ。
「李 先生、劉 先生、予定通り僕がこのスーツを着て教会に向かう映像を流してください。それから――スクリーンの幸せな映像が一通り映し終わったと同時に僕にスポットをください。あとは何とかします!」
冰 は言うと、キッと唇を結んで堂々と袖からステージへと出て行った。
「分かった。李 、劉 、冰 の言った通り映像を流してくれ!」
レイの指示で李 も劉 も即座にスタンバイ位置につく。
「十秒前――」
暗闇の中、タイムキーパーからの合図が光る。
「冰 、お前さんの思った通り自由にやれ! どんな結果になっても、客席が騒ぎ出しても一切構わず続けていい。責任は俺が取る!」
レイの力強い後押しに冰 はコクリとうなずいた。
「五秒前、四、三、二、一――」
スタート!
場内の巨大スクリーンにかねてから予定してあった通りの映像が映し出される。挙式の朝、森の中に佇む小さな教会に向かう前、伴侶になる愛しい人から贈られた真新しいスーツに袖を通す冰 の映像だ。幸せに満ち溢れた笑顔に、会場のところどころからは「ほうっ」と微笑ましい溜め息が上がる。誰もがこの後の甘いシチュエーションに期待を寄せているのだろう。レイ率いるモデルクラブG9 は元々男性オンリーの事務所であるが故に、今回の同性同士でのウェディングというお題は彼らの為にあるようなものだ。従って、期待値も前評判も当然高いというわけだった。加えてこの春から新たにカップリングを組んだ二人のステージとくれば、誰もが必要以上の出来栄えを望んでいることだろう。
冰 の着替えの場面が終わると、次に教会の鐘が祝福の音色を轟かせる映像。緑萌ゆる木立の葉がそよ風に揺れ、その合間から差し込む太陽の光がキラキラと輝く映像へと続く。
それらの背景をバックに、まずはスポットがランウェイ先端で待つ周 の姿を映し出すと、場内は大きな拍手で湧いた。
――が、次の瞬間だった。反対側のステージ袖から姿を現した冰 がスポットライトに浮かび上がると、歓声に湧いていた拍手がどよめきへと変わっていった。
無理もない。というよりも当然であろう。幸せいっぱいの純白のスーツは泥まみれ――いったいどういう演出なのだと誰もが絶句、次第に会場内はざわめきで溢れかえっていった。
と同時に、事情を知らない周 が驚いたのも言うまでもなく、彼は一瞬自らの動きを忘れて立ち尽くしてしまったほどだった。客席の所々からもヒソヒソと囁き合う声が上がり始める。
「どうしたっていうの? あんな泥だらけの衣装って……」
「まさかだけど……これも演出の一部?」
「――まさかぁ! こんな大きなショーで、わざわざ泥まみれの汚いスーツなんて有り得ないって!」
「もしかして……誰かの嫌がらせとか?」
「嘘でしょー! いくらなんでもそこまでする?」
「ライバル事務所が賞欲しさでやったとか?」
「だとしたら最低ーッ!」
ヒソヒソからザワザワ、もはや客席は野次馬の好奇心と噂話で爆発寸前だ。主催者側も慌て始めたのか、ステージ袖のレイのところへお偉いさん連中が駆け付けて来ては、事態を説明しろと迫る。そんな時だった。
ランウェイ上で冰 が靴を脱ぎ始めた。
またもや違った意味で場内はザワザワ、観客らの視線は冰 へと釘付けになる。
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