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あろうことか冰 は靴はおろか靴下までをも脱ぎ捨てて、しかもその表情には笑みを浮かべている。『えへへ』と、少し照れたように頭を掻き、挙句は泥まみれのジャケットを脱ぎ捨てたと思ったら、パサリとそれをステージ上に放ってみせた。
客席はもちろんのこと、主催者側の幹部らもスタッフらもいったいどうなっているのだと唖然状態だ。
冰 は相変わらずにバツの悪そうに頭を掻きながらもペロリと舌まで出して照れ笑いを繰り返している。その様からは、まるで『ドジを踏んじゃった』というようなセリフが聞こえてきそうだ。とどのつまり、教会まで来る途中に転んで水溜りに突っ込んでしまったというようなシチュエーションが説明せずとも観客たちの脳裏に訴えかけている。
『ごめんなさい。せっかく貴方が新調してくれた大事なスーツだというのに、僕のドジで汚してしまったんだ』
切なさとも苦さともつかない絶妙な笑顔は、観ている者の同情を誘う。
「あらあら、可哀想に! せっかくの晴れの衣装を台無しにしちゃって……あの子、旦那様に申し訳ない気持ちでいっぱいでしょうね」などと、つい冰 のドジさ加減を慰めてやりたくすらなるような心持ちにさせられる。冰 はこの苦境を逆手に取って、あろうことか咄嗟のアドリブでそこに新しいストーリーを創り上げようとしたのである。
一方の周 の方だ。それまでは黙って立ち尽くし、冰 の一挙手一投足を見つめていた彼だったが、冰 がジャケットを脱ぎ捨てたと同時に、彼もまた満面の笑みを浮かべてみせた様子に、場内がまた一気にどよめいた。やれやれといったように軽く肩をすくめ、声には出さないまでも口元には″エアー台詞″を浮かべてみせる。まるで、『しょうのねえボウズだな。慌ててコケでもしたってのか?』などという心の声が聞こえてきそうだ。そればかりか、次の瞬間にはなんと周 までもが靴と靴下を脱ぎ捨てたと思ったら、スラックスの裾まで捲し上げては冰 同様真っ白なジャケットを脱ぎ捨てたからだ。
更にタイをゆるめ、腕まくりまでして逞しい両腕を目一杯広げる。満面の笑みとともに、『飛び込んで来い!』と言うべく手招きをし、また目一杯両腕を広げて伴侶を待つ仕草――。
冰 はそれを合図にステージ端から勢いよく駆け出した。
「李 ! 映像を重ねろ! 木々の合間を縫って太陽の陽射しがキラキラ輝く映像だ!」
レイの掛け声で李 がすぐに応える。
ランウェイ上では頬を紅潮させて愛しい人の懐へ飛び込む冰 の姿――。
それを軽々と抱え上げ、天高く抱き上げては喜び一杯といった胸中を代弁すべく周 の満面の笑み――。
「劉 ! 今から俺が言うことを文字に起こしてスクリーンに映し出せ!」
「は、はい!」
レイの指示と同時に浮かび上がった文字は――
『裸足で嫁いで来い 裸の心で受け止めてやる』
何の飾りも要らない。
高価な衣装も贅沢な宝飾も、そんな物はすべて今日という晴れの日を彩る為の単なる飾りに過ぎない。
俺たちにとって互いが共に有ればいい。
病める時も健やかなる時も、成功も失敗も苦も楽も。
すべてを共にし、この先の長い永い道のりを――
お前と、
あなたと、
共に真っ新な心で歩んでいこう!
そんな思いを想像させられるような、思いもよらなかった短い文字列がスクリーンに流れた瞬間、場内からは割れんばかりの大歓声と拍手が轟いた。
突然の災難に見舞われながらも、それをバネに変えて冰 が紡いだストーリー。
その意を素早く汲み取っては大いなる愛情で応えてみせた周 の包容力。
そして、二人の演技を見ていたレイが、咄嗟に考えたキャッチコピー。
それらが見事に観客の心を掴んで感動へと導いたのだ。
次から次へと大波がうねるように湧き起こるスタンディングオベーション。それらを目に、冰 の双眸からはポロポロと感動の涙がこぼれて落ちた。それはあの緑萌える森の中で行った稽古の時と同様に、自然とあふれた幸せの涙。満面の笑顔の中にまるでこぼれ落ちる真珠の玉が散りばめられたように輝いては、会場内をより一層湧かせたのだった。
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