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「ただ、やはり育ちが育ちなだけに自分を高く評価しているところがあるようでな。家柄同様モデルとしても優遇されて当然といった意識でいたようだ。そんなヤツだからカップリングモデルに選ばれた(ひょう)を妬んだとしても不思議はない――。ヤツがショーの衣装に泥を掛けた犯人だと知った時も頭の痛いことだと思ったんだが――」  レイとしても彼の父親から是非にと預かった以上、どうしたものかと悩ましい存在だったようだ。 「ふむ、そうだったのか――。そんなヤツがうちの事務所にいたとはな」  鐘崎(かねさき)は少し考え込んでいたが、ふと脳裏に何かが巡ったのか、少々険しい顔つきでこう言った。 「道ノ瀬(みちのせ)グループの御曹司か――。そういえば思い出した! その由羅(ゆら)ってのはあまり素行の褒められねえ放蕩息子じゃなかったか? 俺の記憶では中坊の内から金遣いが荒く、その金を餌に地元の不良グループを顎で使っていたとかいう噂を耳にしたことがある」  どっぷりと裏の世界で生きてきた鐘崎(かねさき)にとっては、正直なところ青少年の不良グループの素行などにはおおよそ縁が薄かったのは事実だが、組の若い衆らからチラリとそんな噂話を耳にしたことを思い出したのだ。財閥系の大企業といえば鐘崎(かねさき)の組でも警護などの依頼を受けることもある。その関連で耳にした話だったのだろう。 「レイさん、無駄足に終わればそれが何よりだが、ちょいと道ノ瀬(みちのせ)ってヤツについて調べさせてもらえるか?」  鐘崎(かねさき)には思うところがあるようだ。レイもすぐに同意したので、早速に携帯を取り出してどこかへと連絡を入れる鐘崎(かねさき)だった。 「(げん)さんか? 俺だ。すまねえがちょいと手を借りたいことができた」  鐘崎(かねさき)がそんな通話をするのを横目に紫月(しづき)が言った。 「そんなら俺たちは(ひょう)君が行ったっていうスーパーの防犯カメラを当たるべ! (ジォウ)さん、一緒に来てくれ!」 「分かった! 俺は一之宮(いちのみや)と共に(ひょう)の足取りを追う。レイさん、カネ、そっちは任せたぜ!」  通話中の鐘崎(かねさき)の肩をポンと叩いてうなずき合う。紫月(しづき)と共に(ジォウ)はすぐさまスーパーへと向かったのだった。 ◇    ◇    ◇  その道中で小走りしながら、紫月(しづき)は今の状況を思い返していた。 (やはり(りょう)(ジォウ)さんもただのファッションモデルってだけじゃなかったってことか)  レイの社長室を出る直前に、この(ジォウ)鐘崎(かねさき)のことを『カネ』と呼んだ。今まで自分たちの前では『鐘崎(かねさき)』で通していたはずだ。傍から見ていてもこの二人は特に親しい仲と思ってはいたが、それは単にモデル仲間として懇意にしているというだけではないような気がしていたのは事実だ。(ひょう)が姿を消してしまったという非常事態に、つい素のままが顔を出してしまったのだろう。加えて鐘崎(かねさき)が架けていた電話の内容だ。彼は通話の相手を『(げん)さん』と呼んでいた。つまりそれは極道鐘崎(かねさき)組の番頭、東堂源次郎(とうどう げんじろう)のことではないかと思われる。むろんのこと紫月(しづき)自身は会ったことなどないが、東堂源次郎(とうどう げんじろう)といえば裏の世界に生きる者ならば誰でもその名を耳にしたことはあるといえるくらい有名な人物だ。 (確かにな……。鐘崎(かねさき)――なんていう名前もそんじょそこいらにゴロゴロ転がってる名前じゃねえし、もしかしてって思ったこともあったけど、まあモデルをやってく上でお互いの素性がどうであれ関係のねえことだしな。必要以上に首突っ込むことはねえって思ってきたわけだが)  かくいう自分自身も鐘崎(かねさき)(ジォウ)らに言っていない裏の顔があるわけだ。  おそらくレイだけがそれぞれの素性を知っていて、どういうわけか自身のモデル事務所に裏の世界に生きる人間を集め置いているということになるのだろう。 (もしも(りょう)鐘崎(かねさき)組の人間とするなら、苗字からしてただの組員じゃねえはず。組長は五十半ばで俺ン親父と同世代、とすると(りょう)はその息子あたりだろうか)  年齢的にも鐘崎(かねさき)組の一人息子とされる男と一致する。 (一人息子ってのは確か――今は親父さんを継ぐ若頭と言われてたはず。組長同様、そのツラを拝んだことのある奴は少ないという噂で、実際に若頭が存在するかどうかも確証がねえ都市伝説とも思われてるよな……。そもそも鐘崎(かねさき)組の実態自体が掴みづらいってのはこの世界に生きる者なら折り込み済みだが、まさかこうも堂々ツラを晒すファッションモデルなんぞになってるとはな)  逆効果を狙うにしても堂々が過ぎて、まさかトップモデルが鐘崎(かねさき)組の若頭だとは思いもしないだろう。 (そんなヤツとツーカーってくれえ親しいこの(ジォウ)さんも同じ世界に生きる人間って可能性が高い。香港から来たということだが、周焔(ジォウ イェン)って名前は本名か――? だとするなら香港裏社会を治める『龍首(ロンシゥ)』の(ジォウ)一族と考えるのが自然だ。彼が龍首(ロンシゥ)の人間なら――親父さんはおそらく周隼(ジォウ スェン)周隼(ジォウ スェン)には息子が二人いて、長兄は嫡子で名は周風(ジォウ ファン)だったな。次男は庶子だったはず。周焔(ジォウ イェン)って名が本名ならこの(ジォウ)さんは次男坊の方だ)  普通に考えるならば嫡子である長兄が組織を継ぐだろうから、庶子である弟の方は跡目争いを避ける為にも海外へ出した可能性も考えられる。 (そう考えればこの(ジォウ)さんが日本でモデルなんかやってるってのも納得か――)  まあ鐘崎(かねさき)にしても(ジォウ)にしても公の活動名は苗字を伏せたリョウジとイェンとはいえ、事務所内では本名を使っているわけだ。いくら箝口令が敷かれているとはいえ、事務所のモデル仲間であれば誰でもその名を知っている。極道マフィアが真っ向本名を晒すなど有り得ないとも思うが、そう思わせるのが敢えての目的ならば合点がいかなくもないといったところか。 (それにしても堂々が過ぎるっつーか、芸名くらい使えよって話だわな)  かくいう自分自身も″影の忍者一族″と言われる一之宮(いちのみや)の名をそのまま晒しているわけだから、彼らのことをどうこう言えた義理ではないといえばそうなのだが――。 (つまり――考えてることは俺と似たり寄ったりっつーか、(りょう)(ジォウ)さんも同じ思考回路ってことかよ)  裏の世界に生きる者がまさか本名を晒すわけもない、単なる偶然の一致というだけの別人だろうと思わせるのが目的というわけか。  そんなふうにしてこれまでは素性を伏せてきた者たちがそれに構っていられなくなった――つまりは素性を晒しても本気で掛からねばならない事態と認識したとすれば、今回の(ひょう)の失踪は思っているよりも危険を伴う事案ということになる。  何よりも鐘崎(かねさき)が自身の組番頭を頼ってまで動いたことがそれを決定付けている。 (もしかすると(ひょう)君の失踪は単なるモデル仲間からの嫉妬で嫌がらせを受けた――なんていうレベルの話じゃねえのかも)  ひょっとすると命に関わるような事態なのかも知れない。 (仮に――だ。道ノ瀬(みちのせ)グループの息子だっていう由羅(ゆら)って野郎が金を積んで殺し屋のような連中を雇ったとしたら)  まさに悠長にしていていい事態ではない。即座に鐘崎(かねさき)が動いたところを見ると、彼もまたそういった可能性を予測してのことだったのかも知れない。 (こいつぁ……マジで本気出さなきゃなんねえことになるかも)  紫月(しづき)は密かに気を引き締めるのだった。

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