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46 策
「あの――少しうかがってもよろしいですか?」
流暢な広東語でそう訊かれた男たち三人は、当然か驚いた様子で冰 を見やった。
「なんだ、てめえ……。こっちの言葉が分かるのか?」
「ええ、まあ」
「ほう? こいつは驚れえた! 随分とまた肝の据わったガキだな」
聞いていた話とはえらく違うじゃないかと男三人は目を丸めている。
「あの――僕はこれからどうなるのでしょうか」
そう訊いた冰 をマジマジと見やりながら、物怖じも感じられない飄々とした態度にも驚く以前に呆れたようだった。
「おい――こいつ、ちょいとばかしココがイカれてやがんのか? まるっきしてめえの立場が分かってねえようだが」
頭の横で指をクルクルとさせながら男の一人が呆れ返った声を出す。次の瞬間、まるで幼い子供にでも言い聞かせるかのように腰を屈めながら男は言った。
「あのなぁ、ボクちゃんよ。おめえさんにはこれからおじさんたちと一緒に行ってもらう所があるってわけだ」
言っている意味は理解できるか? とでも言いたげに苦笑いまでしながら肩をすくめる。
「行ってもらう所――ですか? 僕はどこへ連れて行かれるのでしょうか」
「どこへって……まあ、いい所さな」
「いい所――ですか? それって楽しい所なんですか?」
「ああ、そうさな。とびっきり楽しい所だぜ」
「楽しい所――。おじさんたちがそこへ連れてってくださるんですか?」
「……そういうこった」
どうにも調子が狂ってしまう。三人の間では既に『まともに相手するのはよせ』といったような空気感が漂い始めていた。
そこで冰 は、畳み掛けるように突飛なことをほざいてみせた。
「ふうん、楽しい所かぁ。ねえ、おじさま方。さっき僕を連れて来た日本人の人から封筒を受け取ってたでしょう? あれ、お金ですよね?」
ニコッと悪気のない笑顔まで見せながら、しれっと言う。
「……ッ、こんのガキ……イカれてると思いきや、俺らを脅すつもりか? いい度胸しやがって」
男らは警戒したようだが、構わずに冰 は続けた。
「あのお金、少し僕に分けてくれませんか?」
「は――!? ちっとやさしい顔してやりゃあ……舐めてんのか、クソガキッ!」
怒鳴られるもまったく尻込みせずに冰 は続けた。
「舐めるだなんて滅相もありません! ただ僕、行ってみたい所があるんです」
「はあッ!?」
「ここ、香港ですよね? 表立っての店っていうわけじゃないですけど、一応カジノで遊べる施設がたくさんあるでしょう? だったらおじさまたちと一緒に楽しい所へ行く前にカジノに寄らせてもらいたいなって」
「カジノ……だぁ?」
「はい、カジノです。連れてってくだされば、その後はおじさまたちの言う通りに従います。だからお願いです、一度だけでいいからカジノで遊んでみたいんです!」
男たちは呆れを通り越して目を白黒――。
結局、根負けしたのか男三人は冰 にせがまれるままにカジノへと立ち寄らされる羽目になってしまった。あの後、隣室へと引っ込んだ彼らはどうすべきか相談したようだ。
「何だかよく分からねえ展開になってきたが……まあ、どうせこの後は闇市に売っ飛ばしちまうだけだ。臓器を抜かれて即お陀仏になるか、あるいは意外にも整った面構えしてやがるから、身売りでもさせられるか。どのみち先は長くねえ命さ。最後の頼みくれえ聞いてやるのも悪くねえ」
「まあな。それに――さっきの日本人から受け取ったこの銭だが、所詮は飲み代程度の泡銭だ。パアッとカジノで使うのもオツってもんだ。上手くすれば倍くらいには増やせるかも知れねえしな」
「しかしあのガキ、いったいどういう神経してやがるんだ? てめえが売られて来たってことも分かってんのか分かってねえのか……」
「まあ――もともとちったぁオツムの弱いガキなんだろうぜ。俺たちを前にしても怖がる素振りすら無え。マトモな大人なら有り得ねえって」
「そうだな。まあいい、カジノで遊ばせてやった後は早々に売っ飛ばしゃいい」
そんなわけで、彼らはまんまと冰 の言葉に乗せられたというわけだった。
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