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夜になって冰 が連れて来られたのはいわば非合法で運営されているカジノだった。店の規模としてはそこそこ大きいようだったが、当然かお隣マカオのような観光客やセレブが集まる有名どころではない。とはいえカジノはカジノだ。
「ほら、元手の銭を分けてやる。好きなだけ遊びな」
「わぁい! ありがとう、おじさん!」
まるで子供がはしゃぐ勢いで冰 はワクワクと瞳を輝かせていた。
「おい、ガキから目を離すな。バカなのかと思いきや広東語も流暢だし、あの若さでカジノで遊びてえなんて言い出す野郎だ。ちょいと得体の知れねえところがあるガキだからな。万が一にも俺たちの目を盗んで逃げ出さねえとも限らねえ」
「了解だ。下手な気起こされねえようにしっかり見張っとくぜ!」
そんな男たちの思惑が一転したのは、それから一時間が過ぎていった頃からだった。
なんと、冰 が最初についたカードゲームのテーブルで大勝ちしたからだ。
「嘘だろ……あのガキ、勝ちやがった」
満面の笑みと共に次に選んだルーレットでも立て続けに勝ちまくり、わずかの間に元手の何十倍もの金を稼ぎ出したのだ。
ここは闇カジノといわれる中でも一等怪しい連中がたむろする、いわば黒い噂の絶えない店だ。これ以上目立てば厄介なことになると踏んだ男たちは、慌てて換金だけさせると、冰 を連れて逃げるように店を後にしたのだった。
帰りの車中で男たちは信じられないといった顔つきで互いを見やっていた。
「おい、ガキ……。おめえ、カジノは初めてとかぬかしてやがったが……」
「ビギナーズラックってだけじゃ片付けられねえ勝ち方だ。てめえ、いったい何者だ……」
男らが怪訝そうに訊いてくるのを横目に、冰 は堂々たる態度で不敵に笑んでみせた。
「何者っていうほど大したモンじゃありません。ただ、僕のお父さんは博打でご飯を食べてた人なんです」
「親父が博打打ちだ?」
「うん、そうです。もう死んじゃったけどね。僕は小さい頃からお父さんにカードやルーレットのやり方を教わってたんです。だから普通の人よりは慣れてるって言えるかもです。正直カジノに行ったのは久しぶりだったんです。だって日本にはカジノ無いですから。でも今夜は案外上手くいったんで満足です」
怖いもの知らずというほどに飄々たる態度は普段の冰 からは想像もつかないことではあるが、これこそ彼が自分の身を守る為に百面相を使い分ける才能のひとつである。モデルとしてデビューしてからも天才的と言われてきたこの才は、実に彼を引き取って育てたディーラーの黄 氏から教え込まれた立ち居振る舞いの一環でもあるのだった。
ディーラーたるはいつどんな時でもポーカーフェイスを崩すことなく、相手によって自らを柔軟に変えられる柳の如くしなやかさを忘れてはならない。素の自分を失うことなく、時と場合によって言動を素早く切り替えられる、そしてそれを″演技″だと気付かせることなく相手を呑み込んで懐へと丸め込む。手先の技以前にそうした気構えこそが重要なのだと口酸っぱく叩き込んでくれた黄 という育ての親――。むろんのこと技術面でも老人は自らの持てる技を余すところなく徹底的に指導してくれた。自分がディーラー側に立った時はもちろんだが、客としてディーラーの癖や技を見破る術も教え込んでくれた。それは幼かった冰 にとって厳しい道のりに他ならなかったのも事実だが、両親を亡くして天涯孤独になった彼が、この先の人生に於いて手に職をつけて生きていけるようにとの思いから敢えて厳しい特訓も心を鬼にして教え込んでくれたわけだ。結果的に冰 はレイ・ヒイラギにスカウトされてモデルの道を歩み始めたものの、まさかこんなところで老人からの教えが役立つとは思ってもみなかった。突然の拉致などという恐怖の最中にあっても、決して取り乱すことなく冷静に自分の置かれた状況を見極め、最善の策を考えてはブレることなく堂々と実行に移す。先日のショーで窮地に陥った時も慌てずに対処できたのはそういった老人からの教えがあったからこそだ。今まさにその黄 老人が天国から降りて来て見守るかのように側にいてくれる、冰 にはそんな気がしてならないのだった。
窓の外を飛んでいく香港の繁華街が眩い車中でニコニコと目を細めながら、「ああ、そうそう」と言って、換金した札束を男たちへと差し出した。
「はい、これどうぞ。遊ばせてくれてありがとうございました」
「どうぞって……。おめえ、これを俺たちによこすってのか?」
「もちろんです。僕の我が侭を聞いてくださったんですから。腕が鈍ってないことを確かめられただけで僕は満足です」
差し出された札束を手にしながら男たちは無言のまま互いを見やる。
この若造を売り飛ばす手はない――男たちがそう考え始めたのはある意味当然だったかも知れない。
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