50 / 60
49
「ああ、そのことについてもレイさんに聞いて来たんだがな。冰 自身は裏の世界の人間ってわけじゃねえが、ヤツの育ての親がそうだという話だった」
事務所を出る前、周 は冰 についても情報――というか素性――を仕入れてきたそうだ。
「育ての親? 冰 君は確か香港生まれの香港育ちって聞いてたが――。ってことは冰 君のご両親は――」
「冰 がガキの頃に他界したそうでな。元々冰 の両親はヤツが生まれる前から香港に移住して小間物雑貨を扱う店を開いていたそうだ。その両親亡き後は隣家に住んでた黄 という老人が引き取って育ててきたと聞いた。黄 の爺さんってのはその世界じゃ右に出る者はいねえってくらいの腕のいいカジノディーラーだったって話だ。レイさん曰く、うちの親父が経営するカジノに立ってくれてたこともあったんじゃねえかと」
「へえ、天才カジノディーラーか。ってことは冰 君も案外その才能を受け継いでたりしてな」
そういえばショーの際の冰 君の機転は見事だったよなと紫月 が思い返していた。
「衣装を泥まみれにされて、普通ならオロオロして当然のところ、冰 君は泣きもわめきもしねえであの状況を最高の見せ場に変えちまった。あン時はただただすげえなって感服し通しだったけど、よくよく振り返ってみると誰にでも出来ることじゃねえよね。ディーラーってのはお客の前で考えてることを顔に出さねえポーカーフェイスが基本とか聞くけどさ、冰 君のあの肝の据わり方はやっぱそういうところから来てんのかね」
「そうかも知れんな。黄 の爺さんってのは両親を失って身寄りの無え冰 が将来生きていくのに困らんようにとディーラーの技を仕込んで育てたとも聞いた。その過程で技だけじゃなく、どんな苦境に陥っても決してうろたえる気持ちを表に出さねえ気構えのようなモンも教えたのかも知れんな。まさにポーカーフェイスってやつだ」
「なるほどな。冰 君は見るからにやさしくて素直な好青年だからさ、一見か弱い印象に思えなくもねえけど、芯は俺たちが思ってるよかめちゃくちゃ強えのかもな」
「そうかも知れん。俺も冰 と組み始めて間もなくの頃は優し過ぎる性質を心配したこともあったんだがな。俺とは年も離れてるし、あの若さでカップリングモデルなんぞに抜擢されちまって、期待されると同時に妬みも買うだろうと危惧していた時期があったのは事実だ。例えばあいつが理不尽な中傷を受けたりした時には俺が守ってやらなきゃなんねえとも思っていた。だが一緒に暮らす内に第一印象からは想像もつかねえくらいしっかりしてるボウズだと思うようにもなったんだ。極めつけは何と言ってもあのショーでの機転と度胸だが、感心を通り越して尊敬の気持ちが芽生えたほどだ」
「ん、周 さんの言うこと、めっちゃ分かるわ。だからこそ一刻も早く助け出してやりてえよ」
「既に打てる手は打った。親父と兄貴に助力を願って、冰 を売り買いする動きがねえかどうかファミリー直下以外の末端の組織まで隈なく洗い出してもらっているところだ。俺たちが香港に着く頃にはある程度有力な情報が上がってくると思う」
「そっか。周 さんトコの龍首 が動いてくれてるんなら心強えよね。冰 君も……今は突然の拉致に遭って当然驚いてるだろうけど、俺らが追いつくまで持ち前の精神力でがんばってくれるといいな……」
まるで無事を祈るように天井を見上げながら、紫月 は無意識に胸前で手を合わせる。
着陸まではあと三時間。誰もが冰 の無事を一心に願うのだった。
ともだちにシェアしよう!

