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その後、すぐに監視カメラの映像がチェックされることとなった。
「いた! これじゃねえか?」
店の出入り口のカメラに冰 と思わしき人物を発見。
「うむ、顔立ちや背格好は似ているな。だが、雰囲気は少々違うように思えるが」
映像に映っているのは確かに一見冰 に似ているものの、その格好は普段の彼が好んで着るとは思えないような大人びた服装だったのだ。髪もオールバックに梳かしつけてあり、サングラスで目元を隠していて実年齢よりは遥かに年上と感じられる。
「マカオやベガスと違って、ここ香港のカジノには一見の観光客が気軽に出入りできる店はほぼ皆無と言っていい。そんな場所に普段の彼のまま――つまり素のままの風体で乗り込めば悪目立ちすることくらい承知だろう。冰 はモデルとしても天才的と言われていた実力の持ち主だ。加えて非常に賢く土壇場での度胸も併せ持っている。ヤツ本来の雰囲気を微塵も感じさせない人物像を作り出すのは容易――というよりも当然だと考えられる」
「そうかも知れんな。それから――冰 と一緒に入店した男が一人いるようだが。拉致犯がたった一人とは思えんから、他のヤツらは別々に入った可能性が高い」
別のカメラの映像から、どうやら冰 と連れの男はルーレットのテーブルについたようだったが、そこで彼がゲームをしたのはほんの三十分足らず。あっという間にテーブルを離れたと思ったら、そのまままっすぐに店を後にしたようだ。
「換金したのは冰 とは別に入店した仲間だろう。店を出たところで落ち合ったということか」
とするなら、やはり冰 は勝ち得た金を男たちに管理させているということになる。
「一昨日・昨日と合わせてたった二晩で大金を手に入れたわけだ。しかも当の本人は金にがめつくない――とくれば、拉致犯の心を動かすには充分だったろう。おそらく冰 の目的は金ではなく、自分の勝負師としての腕前の方だということを主張して、拉致犯を丸め込んだのかも知れんな」
「ああ。ヤツらにとって冰 は非常に都合のいい金蔓ということになる。換金額のほんの一部でも小遣いとして与えれば、この先いくらでも大金を生み出してくれる――まさに金のなる木というわけだ。当然このままみすみす殺す筋合いなど無いということになる」
そうして拉致犯たちを油断させ、ある程度の大金を握らせたところで彼らの元から脱出する機会を窺っているのかも知れない。
「あいつは――冰 は突然理由も分からずに拉致されて命の危険にさらされる事態に陥ったわけだ。そんな中でたった一人、頼る術も無い中で必死に、だが着実に策を実行している。普通ならば怯えてパニックに陥っても当然のところ、冷静に自分の置かれた状況を見極めて最善の方向へ持っていこうと踏ん張っている。何としてでも――ヤツを無事に連れ戻してやりたい……!」
冰 は今現在、周 らが彼を追って香港に来ていることは知らないだろう。当然、裏の世界に生きる者という素性も知らないままだ。それどころか単なるモデル仲間である周 らに心配を掛けて申し訳ないとすら思っているかも知れない。いずれ拉致犯たちの隙を見てレイの事務所へ一報を入れる機会を待っているのだろう。黄 という育ての親が亡くなった今、彼は天涯孤独も同然の身だ。頼る先といったらレイの事務所以外にはあるはずもないだろうからだ。
(なんて強い精神力の持ち主だ――。あのやさしい……細っこい身体のどこにそんな度胸を持ち合わせているというのか)
ふと、脳裏に冰 と共に過ごした日々が浮かぶ。時間的にいえば決して長くはない――ほんのわずかのことだが、彼が手料理を振る舞ってくれたり一緒に雑誌やショーの仕事に打ち込んできた日々などが懐かしく甦る。仕事にはいつも一生懸命で、苦境に陥った時の芯の強さも目の当たりにしてきた。普段の生活に於いては心やさしく素直でおっとりとした彼の性質が心地好く感じられていた。自分でも気付かない内に、彼の存在がこんなにも大きく感じられるようになっていたのだとしみじみ思う。
どうあっても――例え拉致犯たちをぶっ潰してでも必ずこの腕の中に連れ戻す! 周 はまさに燃え滾る焔 の如く決意を新たにするのだった。
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