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57 龍首
一方、冰 の方だ。
今宵もまた、拉致犯三人と共にカジノへ向かうはずだったが、その道中で数人の男たちに囲まれてしまった。会話の内容から男たちは拉致犯の三人とは顔見知り――というよりも仲間といった方が正しいか、冰 がカジノで稼ぎ出した金を巡って争いになったようだ。
話がこじれ、冰 は三人と共に命からがら廃倉庫まで逃げ込んだものの、多勢に無勢だ。しかも相手は皆、銃や短刀を所持している。対してこちらはカジノへ向かう途中だったこともあり丸腰だった。そこで、三人の内の一人、ミンという名の男が武器を取りにヤサへ戻ったのだが、そこでも待ち受けていた男たちによって始末されてしまうことになる。そんなことは知る由もない冰 らは、ミンが持ち帰る武器を頼みにしながら何とか逃げ切り廃倉庫へ転がり込んだものの、すぐに追い付かれてしまい、また一人が銃撃を受けて殺された。残ったのは冰 ともう一人だけとなってしまったわけだ。ところが、その最後の一人も脇腹に弾を受けて瀕死の状態。彼は飛んで来た銃撃から冰 を庇うようにして弾を食らってしまったのだった。
その後、二人で逃げ込んだ小部屋に廃材を見つけ、とにかくのバリケードをこしらえ、声を殺して潜んでいるというわけだった。
「すみません……僕のせいであなたが怪我を……本当にすみません――!」
冰 はシャツを脱いで傷口に当て、止血をしながら男に寄り添っていた。
「……なに、別におめえさんを庇ったってわけじゃねえ。俺がしくじっちまっただけだ。銃を取りに……帰ったミンが……戻ってくれれば……まだ望みはある……んだが」
男は撃たれた脇腹を庇いながらも虫の息で言う。
「喋ってはダメです。とにかく……あの人たちが諦めてここを出て行ってくれるまで何とか耐えましょう。誰もいなくなったらすぐ病院に……」
「……は、はは……病院な。行ったところで俺ァ……もうお陀仏なような気がするが」
「そんなことはありませんッ! 気をしっかり持ってください!」
「な……んとか、おめえさんだけでも……逃してやりて……えが」
「とんでもない! あなたを置いて逃げるだなんて絶対にしません!」
「……痛 ぅッ」
「痛みますか……? もう少しですから……がんばってください。僕はずっと側に居ますから!」
「お……めえ、ホントに……いいヤツな。本来……俺らに……売っ飛ばされて始末されるはずだった……ってのによ」
男の息がヒューヒューという苦しげな音を立てている。まさに死を直感させられるような息遣いだ。
「喋っちゃダメ! 安静にして……もうちょっとです! あの人たちが諦めて帰るまでもうちょっとですから! おじさん! 僕がずっと側にいます! だから死なないでください、おじさん!」
男の手を握り締めて励ましながらポロポロと涙をこぼす。そんな冰 に、男はすまないと謝りながらも口元に薄い笑みを浮かべてみせた。
「おじさん……は……よしてくれ」
「……え?」
「ロナルド……。ロナルド・コックス。俺の……名だ」
「ロナルド……さん?」
「ああ……ロン……でいい」
「ロン……さん?」
「ん、それで……い」
「ロンさん……ロンさん、しっかり! もうちょっとだからがんばりましょう……! あの人たちが帰ったら僕が必ず病院にお連れします! 必ず……必ず助かりますから!」
声を殺しながら励まし続けて冰 は泣いた。
そんな折だ。ロナルドと名乗った男の胸ポケットで携帯が震えた。
「お……! おそらく……ミンのヤツからだ。上手くヤサから銃を持って……こっちに向かってくれて……っかも」
すまないが代わりに出てこの場所を伝えてくれと言われ、冰 はスマートフォンを受け取った。
「も、もしもし……」
『――冰 ……か?』
通話口から聞こえてきたのは想像もしていなかった周焔 の声――。彼が今この香港に来ていると聞いて、冰 は真っ暗闇の中に一筋の灯りが差すような心持ちになったのだった。
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