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「これで全部か? 思ってたより人数が多かったが、もう敵の潜んでる気配はねえようだ」
紫月 が長刃を鞘に収めながら今一度ぐるりと周囲を見渡している。倉庫床の所々には彼が峰打ちで討ち取った男たちの肢体が転がっていて、すっかりと物音が止んでいる。
「――ああ、どうやら片付いたようだな」
鐘崎 は暗闇の中で紫月 の無事を確かめると、ホッと安堵の溜め息を呑む。
「周 さんの方は無事に冰 君と落ち合えただろうか」
紫月 は息を荒げることすらなく平然とした表情で周 らを気に掛けていたが、鐘崎 にとってはたった今の見事過ぎる彼の指示と采配に武者震いが止まらない心持ちでいた。
(これが影の忍者と謳われた一之宮 一族の実力か――)
以前、ショーの舞台上でこの紫月 と腕を交えた際にもその実力に驚かされたものだが、あの時は所詮″やらせ″の域を出ないままだった。それでも感服させられたというのに、今の実戦はその比ではない。ほぼ真っ暗闇といえる劣悪な環境下で、寸分違わずに敵の位置を把握。的確な指示と同時に目の前から迫り来る敵は自らの手でいとも簡単に狩ってのけた。それもごくわずかの間に――だ。
これが彼の本気の腕前か――ともすれば背筋が寒くなるほどに、鐘崎 は興奮冷めやらぬ思いが止め処なかった。
同じ頃、倉庫の壁伝いに身を隠せそうな小部屋を探していた周 の方でも無事に冰 を発見。
「冰 ! 俺だ、焔 だ!」
扉がバリケードで塞がれている小部屋を見つけてそう叫んだ。
「焔 さんッ! 待って! 今開けます!」
しばしガタガタと物を退ける音がした後、冰 が顔を出した。
「冰 ! 無事か!?」
「はい! 焔 さんもお怪我はありませんかッ!? すみませんでした、危ない目に遭わせてしまって……」
冰 は開口一番に先程の電話で『待っています』と言ってしまったことを詫びてよこした。
「ごめんなさい! 僕、焦っていて――焔 さんのお声を聞いたら安心しちゃって……ロンさんに言われるまでここに来れば危険に目に遭わせてしまうっていうことすら考えつかないで……本当にごめんなさい!」
どこも怪我がなくて良かったと繰り返しては涙した。
「バカだな、おめえの為なら例えどんな危険だろうが俺は厭わねえ」
周 はそう言って思いきり強く華奢な身体を抱き締めた。
「よく頑張ったな。もう大丈夫だ」
幾度も幾度も背や肩を摩り、髪を撫でては強く抱き締めた。
「焔 さん……焔 さん……! 無事で良かったです」
冰 もまた、一気に緊張が緩んだのか、止め処なくあふれる涙をこぼしては逞しい胸の中で安堵したのだった。
「して、そのロンとやらは――」
「あ、はい! こちらです。ついさっき意識を失ってしまって……ロンさんを病院に連れて行かないと……」
「こいつがお前と一緒にいた拉致犯の一人か」
「ええ、僕を庇って銃の弾を受けてしまったんです! 出血がすごくて……」
「どれ――」
周 は横たわっているロナルドの側へしゃがみ込みながら、素早く容体を確かめた。
「ふむ、幸いまだ脈はあるな。すぐに医者に診せよう」
言った側から担架を引きずった男がやって来た。
「鄧浩 、頼む」
「承知いたしました、老板 」
なんと、それはレイのギムナジウムで専属医師としてモデルたちの健康面を診てくれている鄧浩 だった。
「――! 鄧 先生も来てくださってたんですか?」
冰 は驚いたように目を丸めている。――が、周 にとっては当然のことだ。鄧浩 はモデル事務所の担当医師でもあるが、それはいわば表の顔であって、元はといえば李 や劉 と同様で自分に付いて香港からやって来た仲間だからだ。鄧浩 の家族は医者一家で、彼の両親と兄も香港のファミリーの一員でいて、医師として従事しているのだった。鄧浩 の本来の任務といえば、周 が香港を離れる際に父の周隼 が側近兼護衛の一人としてよこした周 の主治医という役割なのであった。
冰 の突然の失踪から四日目、皆の迅速且つ的確な尽力によって事件は無事に落着を迎えようとしていた。
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