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渋滞も左程ではなく千葉県を抜けて、都内に着いたのはちょうど夕陽が沈み掛ける少し手前。まだ眩いばかりの太陽が黄金色に染まる時間帯だった。
巨大なビルの駐車場入り口に車は滑るようにゆっくりと停車。すると、車載エレベーターが静かに動き出し、車に乗ったままで上へ上へと上昇――。
「イ、焔 さん……ちゅ、駐車場は地下では? あの……く、車に乗ったまま上まで行くんですか?」
だが、案内板には地下にも大きな駐車場があるような表示が出ていたことを思い出す。
「ん? ああ、それは一般の駐車場の方だ」
一般――ということは周 はその″一般″ではないということだろうか。不思議顔の冰 を乗せたままエレベーターが止まる。と、そこにはまた広い駐車場が現れた。といっても停まっている台数は多くない。まるでプライベートのような空間に驚く暇もなく、車を降りた冰 の瞳を更に大きく見開かせたのは高級ホテルのエントランスのようなロビーだった。
(すごい……。ここ、ホテルかな。めちゃくちゃ豪華だけど)
ディナーと聞いていたからおそらくここに入っているレストランで食事をするのだろうかとも思ったが、それにしては他に客の姿も皆無だし、仮にホテルだとするならドアボーイやフロントらしきも見当たらないのが不思議だと思いながらも長身の周 の背中について歩く。
「着いたぞ」
周 は巨大なドアの前に設置された金属製の機械に歩み寄ってはその一部を覗き込んだ。すると、同時にドアが開き、長い廊下が現れた。どうやら彼が覗き込んでいた機械は光彩認証のようなものだろうか、それが鍵となって開く仕組みのようだ。よく指紋で玄関の鍵が開くというのは聞いたことがあるが、光彩――つまり目の網膜が鍵になっているとは驚きだ。
『あの……焔 さんの目でドアが開くのですか?』そう訊きたかったが、それ以前にいろいろと凄すぎて上手く言葉にならない。長い廊下の片側は壁だが、反対側は全面ガラス張りになっていて、巨大都市東京の街が夕陽に輝き宝石のように煌めいている。
(うわ……うわぁ、すごい景色――)
冰 がキョロキョロとしていると、前を歩く周 が振り返って笑顔を見せた。
「冰 、ここが俺の家だ」
「え――ッ!?」
俺の家ー!?
いや、待て待て待て! 俺の家って――そんなすごいことをさらっと爽やかに言われても。冰 はすっかりパニックで唖然状態だ。
ポカーンと口を半開きにしたまま瞳をまん丸く見開いては人形のように突っ立ってしまった。
「入ってくれ」
ほら早くと手招かれるも呆然としたまま足が出ない。すると、奥から黒いタキシードのような服を纏った銀髪の老人が姿が見せた。
「おや、坊っちゃま! お帰りなさいまし。お早いお着きで」
「おう、真田 。思ったより高速がスムーズだったのでな」
「左様でございますか。それは良うございました。して、そちらが雪吹 様で?」
玄関の前で立ち尽くしたまま、なかなか入って来ようとしない冰 の姿を覗き込むように身を乗り出してはニッコリとやさしい笑顔を見せる。
「ようこそおいでくださいました。執事の真田 と申します。焔 の坊っちゃまがお世話になっております」
し、し、執事――!?
冰 は口をパクパクとさせたまま、文字通り硬直してしまった。
「あ! は、初めて……いえ、初めまして! 雪吹 ひょ……冰 と申します! イ、焔 さ……いえ、周 さんにはたいへんお世話になっております!」
まるで機械仕掛けの人形のよう、今にもギギギという音が聞こえてきそうなくらいの勢いで深々腰を折ってお辞儀をする様に、周 がクスッと笑んだ。
「そう畏ってくれるな。ここはレイさんの事務所に移る前に住んでいた家というかな。まあ、今も休みの日にはたまに帰って来たりするんだが」
「あ、はぁ……。で、では焔 さんのご実家――なのですか?」
「まあそんなようなもんだ。この真田 は俺が生まれた時から面倒を見てくれていてな。いわばこの日本での親父のようなもんだ」
香港の実家には龍首頭領 である実父がいるわけだから、この真田 氏というのは本当の父親というのではないのだろうが、執事として幼い頃からずっと仕えてくれている人物なのだろう。とてもやさしい笑顔が印象的で紳士の代名詞ともいうべき立ち居振る舞いが見事だ。まるで古き佳き銀幕の世界にでも生きているような錯覚にとらわれる。
「さあさあお二方とも! 立ち話もなんでございますから、どうぞお上がりくださいまし」
真田 という執事のあたたかい笑顔に触れて、亡き育ての親・黄 老人を思い浮かべてしまう冰だった。
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