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92 理不尽な提案
その後も合同での稽古が進む中、それは起こった。なんと、白蘭 というディーラー役のモデルが密かに冰 を捕まえて少々ややこしいことを言い出したのだ。
「あの――雪吹冰 さんですよね?」
「え――? あ、はい。雪吹 と申します。お世話になっております」
それはレッスンが済んで皆が着替えのロッカールームから帰り始めた頃だった。周 や鐘崎 らはまだロッカールームにも来ておらず、振り付け担当の綾乃木 らと話し込んでいたようで、冰 は一足先に着替え終わった時だった。
「ちょっとお話したいことがあるの。お時間いただいてもいいかしら」
「はい、構いませんが」
そのまま白蘭 というモデルに促されて人気のない廊下の端へと連れられていった。
「冰 さん――だったわね。私はディーラー役をしている白蘭 というの」
「はい。存じております。この度はお世話になります」
「そんなことはいいのよ。それより――あなた、G9ではイェンさんの相方に選ばれたモデルさんだって聞いたけれど」
「はい。イェンさんとはこの春からカップリングを組ませていただいております」
「そうらしいわね。――だからなのかしら? あなたとイェン、同じコロンの香りがしてよ?」
「――え?」
「あなたたちの事務所ではカップリングモデルに選ばれると同じ部屋で暮らすんだそうね? まさか――ベッドまで共にしてるなんていうんじゃないでしょう?」
初 な冰 には言われていることの意味が咄嗟には理解できなかったものの、まるで値踏みをするような視線を向けられて、返答に困ってしまう。
「あの……確かに同じ部屋で過ごさせていただいておりますが、寝室は別です」
「あら、そう。じゃあ二人でお揃いのコロンを付けているってわけ? カップリングモデルってそんなこともしなきゃならない決まりがあるのかしら」
いくら商戦とはいえ、大変ねぇと侮蔑めいた笑みを向けられる。
「いえ、そのようなことは……」
「あら、違うの? だったらどうしてあなたからイェンと同じ香りがするのかしら。まさか――残り香が移るようなことでもしているのかしら?」
「……はぁ、あの……いえ、そのようなことは」
どういった意味でしょうと訊きたくも、上手くは言葉にならない。まるで年中ハグをし合ったり、抱き締められたりしているのかとでも言いたげだ。
「あの、イェンさんは尊敬する大先輩ですから……お仕事で足を引っ張ったり失礼になったりするようなことのないよう常々心掛けておるつもりです」
大真面目といった調子の冰 に溜飲を下げたのか、女はそれ以上追求する必要はないと受け取ったようだ。
「ふぅん、ご立派な心掛けだこと。まあいいわ。ところであなた――」
冷やかしをやめてくれたことは良かったのだが、今度は更に困惑させられるようなことを突き付けられるとは思ってもみなかった。
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