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時を遡って昨夜のことだ。冰 が白蘭 から役を交代するように迫られていたその数時間後の夜。
周 はレイや鐘崎 、紫月 、それに李 や綾乃木 たちも含めて状況を話し合っていた。むろんのこと冰 も同席していた。
「あの後すぐにカネにも協力してもらって白蘭 というモデルのことを調べたんだが、あの女はデビューして三年になろうという若手だということが分かった。今回の準主役という抜擢だが、ステージガール役の里恵子 や蓉子 姉さんと違ってどうも胡散臭いやり口で手に入れたらしい」
どういうことだと皆が首を傾げる中、鐘崎 が事の詳細について続けた。
「あの女は事務所内でも礼儀正しく、特に里恵子 や蓉子 姉のような先輩モデルに対しては至極丁寧な態度でいて、いわゆる″いい子″の印象が強いようだった。だがな、そんな優等生の顔とは別にもうひとつの顔を持っていることが浮上した」
「――ってことは、裏で賄賂的な手段でも講じてるという類の話か?」
レイが眉根を寄せる。
「ああ。あそこの事務所の代表は女社長だが、常務ってのは中年の男だ。業界内の噂では女社長と深い仲だという声もチラホラ聞かれたが、あの白蘭 って女がその常務を色で釣っているらしいことが分かった。今回の抜擢も常務の強い推薦があったからだそうだ」
「色仕掛けかよ……。常務ってのも案外好き者だってわけか。それにしても女社長と色恋の噂のある常務に手を出すとは――度胸があるなぁ」
呆れたように紫月 が肩をすくめる。
「それだけじゃねえぞ。常務の他にも雑誌社の担当編集者やディレクターら数名に同じような色仕掛けを持ち掛けてる。しかもやり口が巧妙でな。業界内では誰もそういった事実を知らねえってのが感心させられるところだ」
とはいえ周 や鐘崎 組がほんの少し調べれば、素人の娘一人の素行など洗い出すのは容易といったわけだ。
「つまり、あの女は表向きいい子ちゃんで通っているが、陰では度胸のいいことをしてのし上がってきたということだ」
周 が無表情のままで言う。そしてこうも付け加えた。
「冰 と配役を代わりたいというのは、本来、理に叶わない言い分ではある。だが少々厄介な女であることは事実だ。ああいう輩に限って物事の善悪の判断が常識から外れている場合が殆どだ。元々筋の通らない話だからといって突っぱねるのも有りだが、万が一またこの前のように冰 に被害が及ばないとも言い切れん。そこで――だ」
周 は敢えて白蘭 の希望を受け入れ、役を交代させてはどうかと言った。
「これまでの稽古を見てきたが、正直に言ってあの女にディーラー役が務まるとは思えねえ。単に見た目がある程度目を引くというだけで、演技そのものとしては素人同然だ。反して冰 がディーラーを演 れば、その動きだけで観る者を魅了することは確実だろう。観客はむろんのこと、同じ舞台に立つ出演者たちとて役を交代して正解だったとさえ感じるはずだ」
このまま彼女の言い分を突っぱねて要らぬ怨みを買うよりも、彼女の意のままにさせ、観客や共演者たちから向けられる反応で分不相応だということを知らしめるというやり方も一理あるのではないかと周 は言うのだ。
「冰 も含めて俺たちはあの女の望む通りに受け入れた――となれば、あの女が俺たちを怨む道理はねえってことになる。仮に公演の反応がどんな辛口の結果に終わろうとその腹いせが俺たちに向くことはない」
その代わり、冰 のモデルとしての主役抜擢という名声や栄光は取り上げてしまうことになるが、周 にとっては彼の命そのものが無事であることの方が重要だというのだ。
冰 もまた、そんなふうに案じてくれる周 の気持ちが何より有難いと感じたようだ。
「焔 さんがそのように思ってくださることが僕にとってはとても嬉しいことです。ディーラーの役はやり甲斐がありますし、精一杯演 らせていただきます!」
二人の意を聞いて、レイもまた同意を示した。
「分かった。お前さんたちの考えは尤もだ。ただし――企画担当が素直に受け入れるとも思えん。そこでだ。担当にはダブルキャストで提案をしてみようと思う」
ダブルキャストとは冰 と白蘭 が大ボスの一人娘役とディーラー役を交代で演じるという方法だ。担当を納得させる為の交渉はレイが責任を持って引き受けてくれるという。
こうして白蘭 というモデルの我が侭から始まった一件は、企画者側と出演者側双方の希望の間を取って中道をいく形で決着させられることになったのである。
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