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「焔 さん……ごめんなさい、よく確かめもしないで靴を履いた僕の責任です」
明らかに嫌がらせと取れるこんな事態に遭っても、冰 は誰かを責めるでもなく自らの責任だと言う。周 は珍しくも動揺してしまうほどで、こんなことをしでかした犯人に対する怒りが抑え切れずにいた。
「鄧浩 、どうだ――。冰 の怪我は……」
「生憎傷は少々深いですね。止血と消毒だけではなく縫合が必要です」
「縫うってことか……」
「切ったのが指先ということもあり、傷の大きさとしては左程ではありませんが、感じる痛みはその比ではありません。人によっては貧血を起こして、立っているのもやっととなる場合も多い。無いとは思いますが、念の為刃に毒物のようなものが塗られていないかも調べる必要があります!」
鄧浩 は伴って来た舎弟の医師に毒物検査を任せながら止血を急いでいた。
と同時に、レイはひとまず開演を遅らせるようすぐさまスタッフらに掛け合いに行った。事の次第を聞いた鐘崎 と紫月 らも駆け付けて、皆で冰 を励ましながらも祈るように彼を取り囲む。しばらくすると、鄧 の舎弟らが安堵の声を上げた。
「鄧浩兄 ! 毒物は検出されませんでした!」
「よし! ではすぐに縫合する。冰 君、麻酔が少しチクっとしますががんばってください!」
「鄧 先生……はい、お世話をお掛けしてすみません」
横たわる冰 の側で固く彼の手を握りながら、周 が付きっきりで寄り添っていた。
「冰 、俺が側にいる! 何も心配は要らねえからな!」
大丈夫、大丈夫とひっきりなしに手をさすりながら励まし続ける。紫月 も反対側の手を握っては鐘崎 と二人で見守っていた。
そんな男たちの脳裏には、こんな卑劣なことをした者がいったい誰かという想像が浮かんでいて、誰もが言いようのない怒りを沸々とさせていた。
◇ ◇ ◇
鄧浩 の手際良い手術によって無事に縫合が済んだものの、既に開演時間の遅延は三十分に及ぼうとしていた。
「鄧浩 、どうだ――。冰 は舞台に立てそうか?」
スタッフらとの交渉から戻って来たレイが焦燥感いっぱいといった表情で訊いてくる。ホール内の客席は既に観客で埋め尽くされている。今更公演中止という事態だけは避けなければならない。
「今回、ダブルキャストが決まってから代役の者には稽古を続行させていなかった……。最悪、ダンスの振り付けと流れだけは頭に入っているとは思うが、メイクも着替えもしていない現状だ。代役に演らせるとなればあと三十分以上はゆうに掛かるだろう」
それでは観客が騒ぎ出しても仕方ない事態となる。それどころか、代役での公演自体があまり満足のいかない出来と判断されれば、チケット代金を返却しろという声も上がりそうだ。
「どうする――」
何か道はないものか――考えろ、考えろ! というレイが自問自答する心の声が聞こえてきそうだ。
だが、傷の心配と舞台への対処で焦燥感いっぱいになっていた一同を救ったのは、今回もまさかの冰 であった。
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