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そうして三十分遅れで幕が開き、公演が始まった。驚いたのは犯人だ。既にスタートが遅れていたことから、予定通り冰が怪我を負ったものと思っていたのだろう、彼が何事もなかったかのように舞台に姿を現したことで計画は失敗に終わったのだろうかと不安を隠せずにいたようだ。
と同時に、レイをはじめとする誰もがその犯人について目星を巡らせていた。一番臭うのは役を交代しろと迫った白蘭 だろう。だが、結果として彼女の希望は受け入れられたわけだ。こんな卑劣なことをする必要があろうかというのも皆が半信半疑となる一因だった。
冰 は痛み止めの甲斐あってか、今のところ怪我の影響を悟られることなくいつも通りに演じられているようだ。観客たちも特には気づいていない様子でいる。舞台袖から見守りながら、鐘崎 と紫月 らは犯人についての想像を巡らせていた。
公演の最中はわざわざ控え室に帰らずとも、出演者はこの舞台袖脇に仮設されたフィッティングルームで衣装の早替わりができるようになっている。もちろん舞台に近い方から主役、準主役といったように割り当てられた配役によって使えるルームの位置どりも決められている。通常の劇と違って一応はファッションに重きを置いたステージゆえに、衣装のチェンジが多いのが特徴と言えるこの公演だ。主役となれば着数も増えるし、時間的にも早替わりが必須となってくる。そういった意味で主役には一番舞台に近い位置にあるルームが与えられているわけだ。
「疑わしいのはやはり例の白蘭 だろう。彼女は昼の部で主役を務めていたんだ。夜の部で冰 が使うフィッティングルームを使っていたわけだからな」
「昼の部が終わってスタッフが衣装を入れ替える際に冰 君の靴に切っ先を仕込むこと自体は十分可能ってわけだよな」
問題はその動機だ。
「ダブルキャストとはいえ、役の交代に関してはあの女の望み通りになったわけだ。今更こんな嫌がらせをするには動機が弱いとも思えるが――」
「だよな……。まさかダブルキャスト自体が不満だったってことか?」
そうであるなら我が侭にもほどがある。二人のやり取りを聞いていた李 が、
「もしくは――一応主役を演 れることにはなったものの、世間からの評価という点では正直なところ辛辣な意見が多く見られます。それに腹を立てたということも考えられませんか?」
そう言った。
「ふむ、だがそれこそ自業自得というものだ。冰 に八つ当たりするのはお門違いだな」
「もちろんです。ですが、怪我の影響で冰 さんがいつもの実力を発揮できなくなれば、各所での評判は少なからず下がる――それを狙ったのやも知れません」
確かに今夜の舞台が今ひとつの出来となれば、明日にはそういった感想が多く出回ることが想像に容易い。例え嫌がらせで靴に切っ先を仕込まれたことが原因だと判ったにせよ、プロとしてステージに立つ本人が確認を怠った責任も少なからず有るという意見も聞こえてくるだろう。
「つまり――冰 の評価を落とすことでてめえの酷評を薄めることが狙いというわけか」
「一概にそうとは言い切れませんが、そもそも見合わない実力を棚に上げて主役を奪い取ろうなどという考えの持ち主です。これまでの他の仕事でも″色″を武器に他者を押し除けてきたような輩ですから」
汚い手を使う自体は慣れっこなのではと、李 はそう考えてえいるようだ。
「だとすれば赦し置けんことだな――」
鐘崎 は憤りを隠さない。周 と自分は立場的にも似たような立ち位置だ。その相方である冰 と紫月 もまた、同じような立場といえる。仮に紫月 がそんな目に遭わされたとしたら――と想像すれば、より一層腑が煮え繰り返る思いなのだ。李 もまた同じ思いでいるようだ。
「仮に白蘭 が下手人として、実行役は別の誰かを雇った可能性もゼロではありません。今、劉 がその辺りの経緯について詳しいことを調べています」
李 は早速に舎弟の劉 と共に下手人探しに動いているようだ。
「さすがは李 さんだな。それにしても――道ノ瀬由羅 による一件が片付いたばかりだというのに、よくよく気の毒な思いをさせられることだ」
これは冰 を案じての言葉だろう。まあ、新人が周 などトップモデルの相方に抜擢された時点で多少の妬みを買う可能性は有り得ない話ではないが、由羅 といい白蘭 といい、やり口が汚すぎる。ひょっとすると今回もまた、裏の世界に生きる者の立場で向き合わなければならない事態になるかも知れない。鐘崎 は気の引き締まる思いで舞台を見つめるのだった。
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