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113 それぞれの人生へ

 時を遡って、その前の年の暮れのことだ。(ジォウ)(ひょう)と共にモデルを引退することを鐘崎(かねさき)紫月(しづき)に打ち明けた。 「今日の昼間、レイさんにも伝えてきた。年が明けたら公にしてくれるそうだ」  鐘崎(かねさき)らは当然驚いたが、反面予兆は感じ取っていたようだ。 「実は俺たちの方でもお前らに伝えようと思ってたことがあってな」  鐘崎(かねさき)に続いて紫月(しづき)から事の詳細が明かされた。 「俺の親父がやってる道場なんだけどさ、今後は寺の境内から分離させて三郷から川崎に移転することになったんだ」  つまり、寺は紫月(しづき)の祖父が住職として護り、道場の方だけを移転させるということだ。師範はもちろん紫月(しづき)の父である一之宮飛燕(いちのみや ひえん)が務めるそうだ。 「川崎というと――カネの組の近くじゃねえか」 「うん。なんと(りょう)ン家の隣。移転については三年くらい前から親父に聞かされてたんだ。知り合いの人の伝手で川崎に広い土地を譲ってもらえることになりそうだって」  それがまさか鐘崎(かねさき)組の所有地だとはさすがに知らされていなかったそうだが、建設の目処も立ったということで、ここ数年の内には着手することになろうと父の飛燕(ひえん)から詳細を打ち明けられたのだそうだ。それが二年前のことだったという。 「新しい土地で道場を開くに当たって俺も親父を手伝わなきゃなんねえだろうなって思ってさ。引退の時期については前々からレイさんに相談してたんだ」  事情を知ったレイから引退前にカップリングモデルを経験してみないかと言われたのはその時だったそうだ。 「俺はデビュー当初から事務所のモデル仲間とも極力距離を置くように言われてたし、正直誰かとカップリングを組んで仕事するなんて――とも思ったんだけどな。レイさんが相方にはとびきりのトップモデルを用意するからってさ」  正直なところ相方がトップモデルであろうがなかろうが、紫月(しづき)にとってそれ自体は気に掛けるところでなかったのだが、衣食住を共にすることで素性がバレる方が厄介だと思っていたそうだ。 「けどレイさんがその点は心配要らねえ、俺にもその相手にとってもきっと生涯の友と思えるような間柄になれるはずだからってさ」  そう説得され、最後の一年間をカップリングモデルとして活動することに同意したのだそうだ。  レイはまず、その前の年に紫月(しづき)の護衛役として事務所入りしていた綾乃木(あやのぎ)鐘崎(かねさき)の相方に抜擢、その人間性が確かなことを納得させた上で紫月(しづき)を相方に据えたのだそうだ。『(あや)さんからも(りょう)は信頼できる相手だからって太鼓判だったよ』と言って紫月(しづき)は笑った。彼にならば例え素性がバレたとしても、それを言いふらしたり下手なことに利用しようなどという人間ではないから安心だということだったらしい。 「まさかそれが鐘崎(かねさき)組の若頭だったとはなぁ。そんならそうとレイさんも最初っから俺らに教えてくれればいいのによって思ったし」  紫月(しづき)がひょうきんに肩をすくめて笑う傍らで、 「それを言うなら俺らの親父だって同類だ。親父たちはレイさんともウン十年来の付き合いでいて、俺と紫月(しづき)の親父だって腐れ縁ってくれえの仲だったってのに、息子の俺たちにはそんなことカケラも教えちゃくれねえで……。この前紫月(しづき)の実家に行った時だってサプライズだなんだと喜んでる始末だ」  まるっきり悪戯少年のようだと言って鐘崎(かねさき)も呆れ気味で肩をすくめて見せた。  まあ、父親たちは父親たちで、自分たちが敢えて引き合わせずとも息子たちに縁があれば自ずと友になれるとでも思っていたのか、あるいは時に明日をも知れない危険と隣合わせの裏稼業で生きていく中に於いて、息子たちには自分自身の目で様々なことを判断させたいと思う親心だったのだろうか。つまり、友になるにしても親が『同じ世界に生きる者同士だから仲良くしなさい』と強要するのではなく、息子たちが『こいつとなら背中を預け合える』と判断した時に初めて本物の友情で結ばれることができるというように思っていたのかも知れない。

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