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番外編 拉致犯と過ごす日々
こちらは『モデルクラブG9』本編のタイトル「策」に関連した番外編1話目です。
本編では触れていない、冰 が香港で出会った拉致犯の男3人と過ごす日々を少し詳しく書いています。
それではお楽しみいただけましたら幸いです。
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それは冰 が香港の男たちに売り渡された晩のことだった。
これまでの経緯からすると、自分はおそらくこの後どこかへ連れて行かれて殺されるのだろう――そう思った冰 は、一か八かの賭けに出ることを決意。男たちに向かってカジノで遊ばせてくれないかと持ち掛けた。
当初、彼らの方ではふざけたことをぬかすなという雰囲気だったものの、よくよく考えてみれば、ここまで冰 を連れて来た連中から受け取った報酬も大した額ではなかったことだし、上手くすればカジノで倍くらいには増やせるかも知れないと思ったようだ。例え全てを擦ってしまったとて、正直なところ惜しい額でもない。この際パァっと使ってしまうのも悪くないということに決めたらしい。冰 にとっては有り難い成り行きといえた。
夕刻になって三人の男の内の一人が言った。その手にはえらく派手な柄のシャツ――。それを差し出しながら彼は冰 の頭にパサリと被せた。
「おい――そいつを羽織りな」
「え……?」
頭から被せられたシャツを受け取ってしきじきと眺める。自分ではおおよそ選んだことのない派手な柄物のそれは、見るからにイカれた類のチンピラ風情が着るようなイメージだった。
「これからカジノへ行くんだ。おめえさんのその格好じゃ出禁を食らっちまいそうだからな」
そう言って男は苦笑、咥えタバコの口元をひん曲げては嘲るように薄く笑ってみせた。
確かにそうだ。冰 が拉致された時はスーパーでの買い出しの途中だった。服装もラフなもので、顔立ちも周 や鐘崎 らと違って童顔系だ。ともすれば未成年――というよりはまだ学生に見られても仕方ないような形 といえる。
「そいつぁ俺ンだが、おめえは細っこいから充分着られるだろ?」
大きさ的には確かにダボついているが、大は小を兼ねるの通りに羽織るだけなら何とかサマになりそうだ。
「あ、はぁ……。ありがとうございます。お借りします」
律儀にペコりと頭を下げながら冰 は言われるままにそれを羽織った。
「ふ――、似合うじゃねえか。それでちったぁ年嵩も増やせるだろうぜ」
男が咥えていたタバコを捻り消しながら苦笑う。
冰 はそんな彼を鏡越しに見やりながらも、ふと、目の前のテーブルに散らばっていた物に気付いて、男に声を掛けた。
「あの、おじさん。これもお借りして構いませんか?」
「ああ――?」
鏡越しに悪気のない表情で笑顔まで見せている冰 に、男は眉根を寄せる。
「おじさんって……おめえなぁ。まあいい。何を借りてえって?」
「これです。ヘアワックス――でしょうか?」
冰 は丸い形のプラスチックケースを指差しながら、またも悪気なくニコっと笑んでは男を振り返った。
「ああ、そいつか。構わねえよ」
呆れ気味に溜め息まじりで男はドカリと椅子に腰掛ける。そのまま鏡に映る冰 の様子を何とはなしに眺めていた。
その冰 はグシャグシャと手櫛で髪を掻き上げながら、借りたワックスを塗りたくっていく。しばらくすると当初の見た目を遥かに裏切るようなワイルドな見てくれに変貌を遂げたことに男が目を丸くした。
「ほう? またえらく化けたもんだな。ちっと髪を弄っただけで五、六歳は老けて見えやがる」
「そうですか? 良かったー。僕、オシャレに興味あるから」
「ふぅん……」
まあ子供っぽく見えても年頃の若者だ。ファッションや髪型に一等興味を持つのも当然か――と、男はまた苦笑いだ。そんな二人の元に仲間の二人が顔を出した。手には瓶入りの酒――ビールだろうか。スーパーの袋のような物には出来合いの弁当と思わしきパックが透けているのが複数個見て取れた。
どうやら二人は夕飯の買い出しに行っていたようだ。ガサっとテーブルに置かれたその袋を覗き込みながら、先程派手な柄のシャツを貸してくれた男が弁当を一つ、冰 に向かって差し出した。
「ほら、おめえの分だ。カジノへ行く前に腹ごしらえしとけ」
まさか拉致犯が自分にも食事を分け与えてくれるなど、冰 はいささか驚かされてしまったものの、有り難く男の手から弁当を受け取った。
「ありがとうございます。ご馳走になります」
他の二人に向かっても律儀に頭を下げる。その二人の方では冰 の見てくれの変貌ぶりに驚いた表情でいて、「ヒュー!」と口笛まで吹いてみせた。
「おいおいおい……、えれえ化けたじゃねえか! おめえ、ホントにさっきのガキか?」
それを横目にシャツを貸してくれた男がまたもや苦笑いをしながら、二人が買って来たビールをグビリと喉に流し込む。
「いくらなんでもあのまんまカジノへ連れて行くわけにゃ行かねえだろうが」
これから行こうとしている店は香港の中でも非合法中の非合法といえるくらいの黒い噂が絶えない店だ。要らぬ厄介事の要素は極力省いておくのが得策というわけらしい。
そうして拉致犯ら三人と共に弁当で腹を満たした冰 は、いよいよカジノへと向かった。
「いいか、こっからは二手に分かれて入店だ。おめえはミンと一緒に好きなテーブルで遊びな」
元手の銭だと言ってシャツを貸してくれた男が数枚の紙幣をよこした。
「わぁい! ありがとう、おじさん!」
ワクワク顔で冰 はそれを受け取り、三人の内の一人、ミンというらしい男に連れられて店へと入っていった。その後ろ姿を見やりながら、
「おい、ガキから目を離すな」
バカなのかと思いきや広東語も流暢だし、物怖じしなさ過ぎる態度も気に掛かる。ちょいと得体の知れないところもあるガキだからなと言って、男はもう一人の仲間に冰 を見張るよう言いつけた。
「ああ。まかり間違って逃げられたりしねえよう、しっかり見張っとくぜ!」
そんな男たちが驚かされることになるまでに小一時間も掛からなかった。
まずは冰 と連れ立って入店したミンという男が店内をうろつきながら耳元で囁くように言う。
「ほら、どこでも好きなやつで遊びな。これなんかどうだ?」
スロットの台を指差して小馬鹿にしたような笑顔を見せる。おめえのようなガキには似合いだろうぜと、聞かずともそう顔に書いてある。ところが冰 はスロットのコーナーを素通り――。
「おじさん、アレがいいです。あれやってみたいです!」
冰 が指差したのはカードゲームのテーブルだった。
「はぁッ!? ポーカーかよ……。てめ、やり方知ってんのか?」
初心者がいきなりポーカーとは、これでは瞬く間に全額擦っちまうだろうぜといったふうに呆れ気味で肩をすくめる。お構いなしに冰 は男を引きずるようにしてテーブルへと向かった。
まあ、形 は派手な柄の――というよりも下品な出立ちともいえるシャツ姿だ。加えてテカリだけはすごい安物のヘアワックスでオールバックに梳かし付けた冰 を、テーブル内で特には目を付ける者もいない。ミンという男は仕方なくその隣に腰を下ろし、「はぁ」と軽い諦めの溜め息を漏らした。
(これで元手は瞬殺だな……。こんなことなら酒場で飲んじまった方が良かったぜ)
彼の表情からはそんな心の声が聞こえてきそうだ。それを横目に、冰 は意気揚々とゲームに参加し始めた。
ところが――だ。
それからほんの数分後、隣のミンは驚きに目を剥かされる結果となる。しょっぱなから冰 が信じ難い目を揃えてそのゲームの賭け金を手にしたからだ。
「え――? まさか勝っちまったってか?」
ミンならずも同じテーブルについていた客たちも目を丸くして見知らぬ若い冰 を凝視している。
「は! 兄ちゃん、てえしたモンだな。ビギナーズラックってか」
仕方ない、ここはひとつこの初心者らしき若造に花を添えてやるか、客の誰もがそう思ったに違いない。ところが、次のゲーム、またその次のゲームでも冰 は出揃った賭け金を全て巻き上げるという快挙を成し遂げた。さすがに同席の客らも目が血走ってきて、このままでは下手な因縁をつけられると危惧したミンは、慌てて冰 を連れテーブルを退散したのだった。
「おじさん! ねえ、おじさんってば! 待ってくださいよ。せっかくいい感じになってきたんです。もうちょっと遊ばせてくだ……」
「いいから来い! あのまんまじゃ変に目をつけられる……。遊び足りねえってんならカードは諦めて他のテーブルにしろ!」
「え? はぁ、分かりました。じゃあ、そうですね。次はあれ! あれで遊んでみたいです」
冰 が指差したのはルーレットのテーブルだった。
一方、二人を見張っていたもう一人の男が息咳切らす勢いで三人目の仲間の元へと駆け込んでいた。
「おい、慌ててどうした。まさかガキに逃げられたんじゃあるめえな」
男はゲームには参加せずに広間の隅でタバコを吹かしていた。
「違うって! 逃げるどころか……あのガキ、とんでもねえ代物だぜ!」
「ああ? どういうこった」
「それがよ……。最初にポーカーを始めやがったんだが……立て続けに勝ちまくってよ。今はルーレットやってるんだが、そこでもやべえ勝ち方ってーか……まるでイカサマかってくれえにヤツが賭けたところにドンピシャ球がハマりやがる……」
あのガキ、いったい何者だ?
男がそう言い掛けた時だった。遠目からミンが慌てふためく勢いの早足で冰 を引っ張って向かってくるのが見えた。
「おい、すぐに換金して撤収だ……!」
とにかく急げ! と、ミンは顔色を蒼くしながらも焦り口調でいて、舌まで噛みそうな勢いで言葉をもつれさせている。尋常でないその様子に、男たちはひとまず冰 に換金だけさせると、逃げるように店を後にしたのだった。
その夜半、未明のことだ。
ヤサに戻ってからソファの上で寝息を立て始めた冰 を、少し離れたテーブルで見やりながら、男三人は先程冰 が稼ぎ出した札束の山を見つめていた。
「いったいどういうこった。あのガキ、親父が博打打ちだったとかぬかしてやがったが……」
「それにしても異常な勝ちっぷりだ。しかもあんな短時間でこんだけの額を稼ぎ出すたぁな」
まあ、その″短時間″のお陰で下手な因縁をつけられる前に店を後にできたわけだ。しかも稼いだその全額を惜しげもなく自分たちに差し出してよこしたのだから驚くのも無理はない。
「チッ……、お陰でもうあの店にゃ当分出入りできなくなったがな」
冰 にシャツを貸した男が舌打ちながらも苦笑いでいる。どうやら三人の中でもこの男がリーダー格のようだ。
「どうする? 予定じゃ明日にもあのガキを売っ飛ばしに行く算段だったが……」
ミンともう一人の男の表情からは、『惜しい』といった思いがあからさまだ。
「今夜のアレがまぐれじゃねえってんならよ、もしかしたらこの先もあのガキをカジノに連れ回しゃ……」
「――棚ボタと言いてえのか?」
リーダー格らしい男がニヤっと凄みを伴った笑みを浮かべる。
「あ、ああ……。だって見てみろよ、この札束! こんなの滅多にお目に掛かったことねえぜ」
「だよな。もしかして今夜の勝ちっぷりがまぐれだったってことも考えられなくはねえけどよ。仮にあのガキの腕がホンモノだったとしたら、このままカジノ巡りを続けりゃ、俺たちゃ億万長者も夢じゃねえぜ」
ミンともう一人はすっかりその気でいるようだ。そんな仲間たちを目の前に、リーダー格の男は薄く笑った。
「――だったらもう一度確かめてみるか。明日、また別の店にガキを連れてって――そこでも同じような結果が出ればヤツの腕は確かってことになる」
その言葉にミンともう一人は浮き足だったようにして喜んでみせた。
「さっすが兄貴だぜ!」
「俺たち、もしかしてものすっげえ金の卵を手に入れたってことかー?」
二人は逸る表情で酒のグラスを突き合わせる。
「おい、ちったぁ静かにしやがれ。ガキが起きちまうだろうが」
リーダー格の男にそう言われて、ミンら二人はタジタジと肩をすくめ、嬉しさを抑えきれない笑みを交わし合うのだった。
次の日の昼、冰 は三人に連れられて繁華街の洋服店に来ていた。
「ほら、好きなのを選びな」
男らの言うには今夜もカジノで遊ばせてくれるとのことだ。入店するに当たって、店内でも浮いて見えない服装を新調してくれるというのだ。
「あの……いいんですか? ぼくの服を買ってくださるの?」
「くださるのって……おめえなぁ。いったいどんな育ち方をしてやがんだ」
男は呆れながら肩をすくめる。
「元はと言やぁ、おめえさんが稼いだ銭だ。値が張っても構わねえから、おめえさんの体格に合ったのを選びゃいい」
「あ……りがとうございます、おじさん」
「は――! おじさんね。まあいい、どれにするんだ。何なら試着してみるか?」
男たちは姿見の前に冰 を連れていっては『これなんかどうだ?』と、次々に吊るしてあるスーツなどを持ってくる。
「お! 似合うじゃねえか!」
「ホントだ! 馬子にも衣装っちゃこのことだなー」
「えー、それはあんまりですよ、おじさん」
「ははは! おめえも言うねえ」
まるで和気藹々、三人は弟に服を選ぶかのようにして『それでもない、これでもない』と試着させるのを楽しんでいるようだった。
そんなふうにしてスーツと靴を買い込んだ後は、案外豪勢な構えの中華レストランに連れて行かれることとなった。
「よっしゃー、腹ペコペコだぜ!」
「おい、ガキんちょ! 今夜もカジノだ。しっかり腹ごしらえしときな」
四人で丸テーブルを囲み、どれが食いたい? などと言ってはメニューを差し出してくる。傍から見れば仲睦まじい家族のようにも映ることだろう。間違っても人身売買をしようとしている拉致犯と被害者――とは思えない。
そこには笑顔があり、楽しい会話もあり、まるで本物の仲間と囲む食事や買い物のひと時さながらだ。
男四人で囲む和気藹々ともいえる円卓。これが周 や鐘崎 、紫月 とだったら――と考えればさすがに寂しさが込み上げてくる。目の前で賑やかしくメニューを選ぶ三人の笑顔を視界に映しながら、冰 もまた、わずか切なげながらも笑みを浮かべて豪華な料理を口に運んだのだった。
その晩、昨夜とはまた別のカジノに連れて行かれた冰 は、ザッと店内を見渡すと迷わずにルーレットのテーブルについた。
ここでもまた、時間にしてほんの小一時間もしない内に途方もない金額を稼ぎ出すことになる。しかも昨夜の店で稼いだのとは桁が違う大金を――だ。それこそこのまま店に居続ければ要らぬ因縁をつけられるのは必至だ。男たちはまたもや二手に分かれると、ミンという男が冰 を連れて即座に撤収。残りの二人が素早く換金して退店したのだった。
まるで棚から牡丹餅の如く降って湧いたように自分たちの目の前に現れた若者。打ち出の小槌と言っても過言ではない、そんな彼を手放す理由などあろうはずもない――男たちの心は既に決まったようだった。
拉致犯と過ごす日々 - FIN -
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