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番外編 縁が結んだ縁

番外編第2話目です。 冰は黄老人にディーラーの技を仕込まれて育ったにもかかわらず、なぜディーラーの道へ進まなかったのか――その理由を書いた短編です。 お楽しみ頂けたら幸いです。 ◆--------------------◇--------------------◆  老黄(ラァオ ウォン)が亡くなった――レイ・ヒイラギの元にその報せが届いたのは秋風が心地好く感じるようになってきた十月初旬のことだった。  報せてきたのは友の周隼(ジォウ スェン)だ。彼は香港裏社会を治める頂点にいる男、つまりはマフィアの頭領(ボス)である。  老黄(ラァオ ウォン)というのは彼らにとって家族ともいえる存在で、(ジォウ)一族の経営するカジノでディーラーとして生涯を捧げてくれた御仁だった。亡くなった原因は老衰とのことで、葬儀は三日後だという。 「――そうか。では俺もすぐに香港へ飛ぶ。(ウォン)の爺さんには本当に世話になった」  通話を切ると、レイは寂しげに瞳を細めて小さな溜め息をこぼしたのだった。  (ウォン)老人との出会いは友の周隼(ジォウ スェン)を通しての縁だった。  今から三十年程前になろうか、当時レイはファッションモデルとしてデビューしてほどない二十代半ばの若者でいて、友の周隼(ジォウ スェン)にしてもまだ彼の父親が頭領(ボス)として組織を治めていた頃だ。  そもそもレイは群を抜いた容姿を生かしてモデルとなったものの、裏の世界――つまりはマフィアなどとは縁のない堅気だった。そんな二人が友となるのはそれから数年後のこと、まさに不思議な縁によって巡り合うべくして導かれたという経緯だった。  その頃大学に通っていたレイは、見目美しい級友の女性と恋に落ち、学生結婚をして一人息子を儲けることとなった。そこまでは良かったのだが、結婚生活は数年もしない内に破綻。妻は他所(よそ)の男に惚れて離縁という結果となってしまった。  妻もとびきりの美人で、若い二人はほぼ互いの容姿のみに惹かれ合って子供まで儲けたものの、育児をはじめとした現実生活に失望した妻は、「後悔しない人生を送りたいの」と言っては自由を求めて亭主の元を去っていったのだ。  レイの手元にはまだ乳飲子の一人息子だけが残り、父子(おやこ)で食べていく為に大学を中退することを決意。入学当初からアルバイトでやっていたモデルの道で本格的に生きていくことに決めたのだった。  そうしてデビューするや否や、レイは抜群の容姿に更に磨きが掛かって、あっという間に引き手数多のトップモデルへと躍り出た。乳飲子を抱えてのモデル稼業は想像するよりも遥かに大変だったが、仕事と育児を両立できたのには理由があった。それというのは、幼馴染だった一之宮飛燕(いちのみや ひえん)という男が幼子を預かってくれたからだ。  飛燕(ひえん)の実家は大きな寺であった。ゆえに親を亡くして引き取り手のない子供などを預かっては小坊主さんの修行をさせながら面倒を見ていたりしたものだ。そんな経緯もあって、忙しく各地を飛び回るレイの息子の面倒を見てくれることになったのである。  当時、一之宮飛燕(いちのみや ひえん)はまだ大学生でいて独身であったが、彼の父親である住職は幼い頃からレイのこともよく見知っていて、離縁直後で乳飲子を抱えた大変さを理解し、厚情を掛けてくれたのだ。そのお陰でレイは仕事に専念することができ、瞬く間に世界の舞台で名の知れたトップモデルになることが叶ったのだった。  それから数年後、実力も人気も揺るぎないモデルとなったレイは、世界各地で開催されるファッションショーの常連となり、大きな舞台に立つ時には警護がつくまでになった。その警護を担当したのが、当時″始末屋″として名を成し始めていた鐘崎僚一(かねさき りょういち)であった。彼は頭脳、武術共に並々ならぬ達人というほどに抜きん出た才を持った男でいて、レイや一之宮飛燕(いちのみや ひえん)とほぼ変わらない年齢であったにもかかわらず、鐘崎(かねさき)組という看板を掲げた組織を束ねていて、裏の世界でも顔が利くという男だった。  そんな鐘崎僚一(かねさき りょういち)に警護の仕事を依頼したのはレイが所属するモデル事務所だった。まさに″たまたま″目にした何でも屋のような広告に、警護もやってくれるらしいと(うた)ってあったことが理由だったようだ。  とにかくも警護を通して意気投合したレイと僚一(りょういち)の間には、その後も一個人同士の友としての付き合いが始まることとなった。そして一之宮(いちのみや)家の寺に預けた乳飲子が幼稚園に上がろうという頃、経済的にも余裕が生まれたレイは息子を引き取り自らの手で育てていくことにした。その時にレイを通して一之宮飛燕(いちのみや ひえん)鐘崎僚一(かねさき りょういち)は初めて顔を合わせることとなる。そして僚一(りょういち)伝手(つて)で香港裏社会を治める(ジォウ)一族とも出会うこととなり、若者四人は交友を深めることになったというわけだった。  一人は世界的トップモデルのレイ・ヒイラギ。  一人は大きな寺の息子で武術にも精通した一之宮飛燕(いちのみや ひえん)。  そして裏の世界にも顔が利く始末屋として組を構えたばかりのやり手である鐘崎僚一(かねさき りょういち)。  四人目は香港裏社会を治めるマフィア『龍首(ロンシゥ)頭領(ボス)の後継と云われる周隼(ジォウ スェン)。  同世代の若者四人は、互いの性質や生き方を尊敬し合える友となって、その後もますます強い絆で結ばれていった。  そんな中、周隼(ジォウ スェン)の紹介で出会ったのが龍首(ロンシゥ)の経営するカジノでディーラーをしていた(ウォン)という男だった。  三十路(みそじ)少し手前の若者四人からすれば、父親世代ともいえる(ウォン)だったが、彼は生涯をディーラー一筋で生きていくという固い信念を持っていて、ゆえに伴侶すら持たずに独り身を通している男でもあった。ディーラーとしての腕は、その右に出る者はいないというほどの神技の持ち主と名高く、彼は四人の若者が身を置く人生のこともよくよく理解していて、彼らが生きていく中で養っておいた方がいいと思えるカジノでの流儀や目利きを教えてくれた。技を教える時には厳しく、だが普段の時は穏やかで気持ちのやさしい、まさに父親も同然のような人だった。  そんな彼は、信念の通り生涯ディーラーで居続けたまま老衰でこの世を去った。周隼(ジォウ スェン)から報せを受けた三人は、何を置いても一路香港へと向かったのだった。  その香港では周隼(ジォウ スェン)自らが空港まで出迎えてくれるというほどで、三人の到着を待っていた。  三十余年前に出会った若者四人、今となっては年齢も立場もそれぞれが立派な人生を成し遂げている。  レイ・ヒイラギは現役を引退してモデル事務所を設立。今は東京の白金台という一等地に大きな白亜の御殿ともいえる寮を建てて後進を育てる為に尽力している。  一之宮飛燕(いちのみや ひえん)は住職にはならなかったものの、寺の脇に設えた道場で師範となり、子供たちを指導する傍ら、その達人級の武術の腕前を生かして時折舞い込んでくる少々危険を伴う厄介な事件や案件解決の為に貢献するといった″影なき忍者″として警察や公安などからも重宝されていた。  同様に鐘崎僚一(かねさき りょういち)も裏の世界はもちろんのこと、警察上層部や政治家、大手企業などからも頼みにされる陰の始末屋として名を成しており、その活躍の場は日本のみならずアジア各国に及んでいて、当時組織したばかりの組も今では都心から川一本挟んだ広大な敷地に豪邸といえる組事務所を構えて、押しも押されもしない立派な組長となっていた。  そして周隼(ジォウ スェン)は自らの父の後を継ぎ、香港裏社会を治める龍首(ロンシゥ)の頂点に君臨。  四人にはそれぞれに息子もできて、今では各々父親の後を継ぐべく立派な青年に成長してくれているのだった。  そんな息子たちだが、本来の稼業に入る前の社会勉強をも兼ねて、それぞれがレイ・ヒイラギの下でファッションモデルとして活動している――というのも親たち四人の深い絆を体現するような成り行きといえようか。  レイはモデル稼業よりもその″モデルたちの容貌を創り上げる″仕事がしてみたいと言った自らの息子を、専任のヘアメイクとして側に置いた。名は倫周(りんしゅう)、彼は今でもレイの事務所で若者たちのヘアメイクを担当してくれている。  残りの三人、周隼(ジォウ スェン)の庶子として生まれた次男坊の(イェン)鐘崎僚一(かねさき りょういち)の一粒種である遼二(りょうじ)、そして一之宮飛燕(いちのみや ひえん)の一人息子・紫月(しづき)もファッションモデルとしてレイの事務所に籍を置いているといった具合だ。  父親たちとしては別段示し合わせて息子らをレイに預けたわけではなかったのだが、結果として彼らが出会い、仲間になることはまさに運命の導きだったのかも知れない。 ◇    ◇    ◇  (ウォン)老人の葬儀が行われたその日、香港は朝からシトシトと霧雨が降り止まぬ一日となった。 「まるで老黄(ラァオ ウォン)を悼んでいるかのような雨だな」  誰もが在りし日の老人を脳裏に浮かべながら寂しさを噛み締める。  そんな中でのことだった。葬儀に訪れてくれた人々に丁寧に頭を下げながら見送りをしている一人の青年に目をとめたレイが訊いた。 「周隼(ジォウ スェン)、あの若者は?」  レイの視線の先にいる青年に気付いた(スェン)が答えた。 「ああ、あの子は老黄(ラァオ ウォン)が引き取って育てていた養子だ。両親は共に日本人だったそうだがな。気の毒なことに彼がまだ子供の時分にいちどきに亡くなったそうでな。日本に帰ったところで引き取り手もいないことから隣家に住んでいた老黄(ラァオ ウォン)が自分の息子として育てることにしたんだそうだ」  彼は小学生の時に親を亡くし、以来十数年を老人の養子として育てられ、今は二十歳手前だそうだ。 「老黄(ラァオ ウォン)が亡くなる前の三年ほどは体力的にもだいぶん衰えて、病院通いも頻繁になっていたようだが、あの子が甲斐甲斐しく面倒を見ていたと聞いている」  周隼(ジォウ スェン)も老人のことは気に掛けていて、たまに若い衆らに様子を見に行かせたりしていたそうだが、あの養子の青年がしっかり面倒を見ているようだとの報告を受けていたという。 「――そうだったのか。老黄(ラァオ ウォン)が養子を取っていらしたとはな」  レイは未だ青年を見つめながらつぶやいた。 「歳は二十歳手前といったな? 彼は今後どうやって生きていくつもりでいるんだ?」 「うむ、既に修業して、ここ二年程は老黄(ラァオ ウォン)の介護方々カジノのボーイとしてアルバイトをしていると聞いた。今後どうするかはまだ決まっておらんだろうがな」  これまでは老人の介護が最優先だったのだろう、就職はせずにアルバイトで生活していたそうだ。まあ、そんなふうにして働かずとも(ウォン)老人の稼ぎは相当なものだったから、例え生涯を無職で過ごしたとて余程の贅沢をしなければ悠々生きていける、生活自体には困らないはずだと(スェン)は言った。それでも青年は自分にも出来得る限りのことをして、育ててくれた老人の資産に頼ることなく恩返しがしたいと思っていたのだろうか。老人の面倒を見ながらでも出来るアルバイトをして治療費や日々の生活費に充てていたそうだ。 「――なるほどな、老黄(ラァオ ウォン)が養子にしたくらいだ。心やさしい青年なんだろう」  レイは瞳を細めながら感慨深げに青年を見つめ続けるのだった。 「周隼(ジォウ スェン)、彼は日本人の両親から生まれたと言ったな。名は何というか知っているか?」 「ああ、知っているとも。名は雪吹冰(ふぶき ひょう)だ。近隣の者たちには黄冰(ウォン ビン)と認識されているが、戸籍は雪吹(ふぶき)のまま変わっていない。おそらく老黄(ラァオ ウォン)が彼の将来を考えてそのままにしておいたのだろう」 「雪吹冰(ふぶき ひょう)か――。心根と同様に美しい顔立ちをしているな」  細めていた視線に何やら決意のようなものが浮かんでくるのを感じたのか、 「――レイ?」  思わず(スェン)がレイを見やる。その直後、(スェン)をはじめとした僚一(りょういち)飛燕(ひえん)の三人は驚くべきことを聞かされることとなる。 「決めた。老黄(ラァオ ウォン)の代わりにゃなれねえだろうが、これからは俺が彼の親代わりを引き受けたい」 「親代わりだと? つまり――なんだ。お前さん、まさか彼を……」 「ああ。我が事務所にスカウトするつもりだ」  ニッと不敵な笑みと共に瞳を輝かせたレイに、僚一(りょういち)飛燕(ひえん)の二人も驚いたふうに彼を見やった。 「スカウトって……レイ、お前さん本気か?」 「もちろんだ。見ろ、あの容姿! 体格こそ華奢だが、資質は充分過ぎるほどだろうが。必ず立派なモデルに育ててみせる!」  しかも、お前さん方の息子たちとも縁ができるじゃねえかと言ってレイは意気揚々、明るい未来を想像させられるような笑顔を見せた。  一年後、そんなふうにしてレイにスカウトされた雪吹冰(ふぶき ひょう)は、ファッションモデルとしてデビューし、周隼(ジォウ スェン)鐘崎僚一(かねさき りょういち)一之宮飛燕(いちのみや ひえん)の息子たちと出会うことになる。  世代を超えて引き継がれるかのように歯車が回り出す。まさに父親たちが築き合った友情と絆の再来ともいうべく、不思議な(えにし)が結びつけた運命の出会いとなるのであった。 (えにし)が結んだ(えにし) - FIN -

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