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第24話 双子の吸血鬼
ホームは人が多かった。着くなり、電車が参ります、のアナウンスがあってほっとした。アイリは目立ちすぎるし、何を話したらいいのかわからない。
各駅停車でも新聞を開きにくいくらいの混雑ぶりで、いつもの平日だと思い知る。いつもの平日なのに仕事は強制的に休みにされていて、疑いはきっとまだ晴れていない。俺にとってはいつもじゃない平日。
満員電車は嫌いだ。ただでさえ誰かといるのが苦手なのに、身体同士が触れ合う。
今日は大分マシだった。アイリのおかげ、というのはやはり癪に障るが、どこか皆がアイリを避けている節がある。綺麗すぎるのも一種の圧力なのだと思い知る。
車内がずっと満員だったためアイリとは殆ど話すような時間もなく、途中乗換を挟み、一時間ほどかけて目的の駅に辿り着いた。
人混みに塗れながら駅を出る。灰色の憂鬱そうな顔をした会社員たちに混ざって歩き、巨大な商業ビルを超えてその先へ。アニメショップが立ち並ぶエリアを通り抜け、大通りから少し外れた場所にある白を基調としたビルの前に立った。
「やっと着いた」
まだ新しいビルの一階は大きなガラスのショーウィンドウになっていた。磨き抜かれたガラスに水無月とアイリの姿がうっすら映り込む。店内には客の姿が見えた。かなり賑わっている。
店の入り口にはレトロな雰囲気と現代らしい洗練された印象を併せ持つ黒の看板が掲げられていた。
黒の看板は金の縁取りがされていて、同じく金の読みにくい字体で「WhiteRabbits」と書かれている。兎をモチーフにしたと思われるシルエットも添えられていた。
ショーウィンドウの中ではマネキンが服を着ていた。服に全く詳しくない水無月でも、この店の服の大まかなジャンルは一目でわかった。
レースがたっぷりと使われているがかっちりとした印象のある、洋風ファンタジーや騎士が出てくる話で見るような服ばかりだ。いわゆるゴシックとかロリータとか、多分そういう、一部が熱狂する服だ。
まさかこの店に入るのかと思えば、アイリはウィンドウの隣にある、狭い下り階段へと向かった。アーチ状の入り口になっていて、ここにもやや小さなWhiteRabbitsの看板が掲げられていた。
「あー……先に入ってくれる?」
アイリが歯切れ悪く言った。
「え、俺が?」
「ちょっと気まずくて……怒ってないか様子見てきてくれない?」
どういう店なのか全く想像がつかない。引っかかることがある時の気まずさはなんとなくわかるから、アイリに促されて階段を下りる。アンティークなドアを押し開けようとすると、ドアが勝手に開いた。
「んじゃ、また来るぜ。やっぱここは便利だな」
出てきたのは五十がらみの男だった。くたびれたコートを羽織った目つきの悪い男だ。不精髭を生やしていて、水無月よりも背が高い。アイリよりは低いが一回りがっしりとした体格で、粗野な威圧感がある。
立ち止まって横に避け、会釈すると男はじろりと水無月を睥睨してから階段を上がっていく。
「っ」
狭い階段で肩がぶつかった。否、ぶつけられた。
「お前もここのスタッフか? なら俺に付き合えよ」
男はにやにやと下卑た笑いを浮かべながらこそこそと話しかけてきた。酒臭い息だ。
「いえ……」
面倒なことになりそうだ。どうやって逃げようかと考えていると、カランとベルの音がしてドアが開いた。
「お帰りください。この店の周りでそういった品のない行為は慎んでいただきたい」
出てきたのは燕尾服を着た三十代に見える男だった。アイリと同じくらいの身長で、酒臭い男よりも体格がいい。格闘技を嗜んでいそうな体型だ。燕尾服が全く似合わない。ガードマンがいるような高級店なんだろうか。
「ったく、ここの店員は融通が利かねぇな」
男はちっと舌打ちして吐き捨て、もう一度水無月にぶつかりながら階段を上がっていった。
「大変失礼いたしました」
体格の良い男は水無月に向けてきっちりと腰を折り、ドアの中へ戻っていく。ドアの中を覗いてみると間接照明で照らされていて、仄暗さが店内の雰囲気を形作っている。ソファやテーブルが並べられていてカフェのようにえる。
「大変申し訳ございませんが、本日はお茶会の予定は……」
ガードマンのような男の代わりに細身の男が中から出てきて、恐縮しながら水無月に告げてきた。
店員なのだろう、漫画の中でしか見ないような、いかにも執事ですという姿の三十代後半と思われる男だ。
髪をオールバックに撫でつけ、モーニングコートにウィングカラーシャツ、丸眼鏡を身に着け、完璧な角度で水無月に向けて腰を折った。アイリ程ではないが、すらりとした体躯にちょっとしたモデルくらいはしていそうな整った顔を乗せている。
「今日はおやすみなんですね」
なるほど、いわゆる執事喫茶なのだろう。営業時間からすると、執事バーなのかもしれない。あるのかどうか知らないけど。
店内に片方だけ踏み入れていた足を戻そうとして、鼻についた匂いに思わず動きを止めた。
店の奥から出てきた執事が連れてきたのは、死の匂いだ。
店の中からは葬儀場よりも強い死の匂いが漂ってくる。落ち着くはずの死の匂いだが、強すぎてくらりと眩暈がした。
目の前の執事も、上品に纏った香水に死の匂いが混ざっている。副業が葬儀関連とも思えないがどこで付けてきた死の匂いなんだろう。最近は洒落た結婚式場や劇場かと見紛うような絢爛な葬儀場もあるが、まさかここがそうとも思えない。
いずれにせよ一見で入れる店ではなさそうで、アイリもまだ下りてきていない。
「失礼しました」
死の匂いに意識を奪われながらもどうにか外面を発揮して謝り、出て行こうとしたときだった。
「どうしたの?」
子供の声が聞こえて、背の高い執事の腰のあたりから、ひょい、と少年が出てきた。
アイリよりも白に近い冷たい銀髪は顎の上くらいまでの長さで、内巻きのボブになっている。大きな瞳は薄い青色だ。
つぶらな瞳にじっと見つめられた。くりくりとした瞳にふんわりとした前髪が掛かっていて、目元のうっすらした赤みと相俟ってあざとすぎるくらいかわいい。こういう店で子供を働かせて良いんだろうか。
「マスター」
執事は片膝を立てて少年に跪き、頭を垂れた。マスターということは、この少年がこの店のオーナーということだろうか。身長は百三十センチくらい、年齢は一桁後半かせいぜい十代前半にしか見えない。
首周りにフリルをあしらった白いブラウスに、サスペンダーのついた黒いショートパンツ、白のニーハイソックスを履いていて、数センチだけ太腿の素肌が見えている。
「こんな時間に初めてのお客様がいらっしゃるなんて珍しいね」
にこり、少年が目を細める。まるで天使だ。一瞬、ふわふわとした白い羽が背中に生えている幻覚を見た。聖歌隊で透き通る歌声を響かせる少年。それが第一印象だった。
「夜は特別な人だけのお茶会をしてるんだ。昼間なら予約してもらえれば招待がなくても入れるから……あれ?」
少年が水無月に手を伸ばした。愛らしい子供の姿に反応が遅れ、少年の指先が水無月の前髪に触れた。すっと前髪を除けられ、正面から視線が合った。
「綺麗な目だね」
少年はうっとりと、歌うように言った。
「本当は入れないんだけど、昼のお客様はもうみんな帰ったし、お兄さんは綺麗だから、特別だよ」
少年は薔薇の花びらの唇を撓らせ、伸ばした人差し指を水無月の顔の前に差し出し、しーっと言ってから水無月の手を掴んだ。
「こっちにおいでよ」
手を引かれて中に案内された。店内にはいくつかのローテーブルとゆったりしたソファのセットが置かれている。
直前まで客がいたのか、空になったグラスやティーカップが置かれているテーブルもあった。数人の執事やクラシックなロングドレスのメイドがいて、食器を片付けている。
内装は概ね深紅と金、焦茶、黒を基調としてまとめられている。ソファや椅子は布張りで、縁は金色だ。テーブルは重厚な焦茶の木製。執事たちが片付けているカトラリーも全て金色。本物の金を使っているのかもしれない。
壁にはいくつかの額縁が程良い間隔で飾られている。油絵もあれば水彩画もある。飾られているのは絵だけではない。ショーケースのような立体的な額縁の中に兎の陶器が入れられていたり、柄に宝石を嵌め込まれた金色の宝飾剣が安置されていたりする。
全体的に兎をモチーフにした品が多いように見えた。店名に合わせているのだろう。
部屋の中央には黒く艶やかに光るグランドピアノがどっしりと鎮座し、店の内装が映り込んでいる。
「こっちこっち!」
水無月を引っ張りながら今にも駆け出しそうな姿がいかにもあどけない。
「ねぇねぇフェレス! 早く来てよー。素敵なお客様だよ」
少年が声を張り上げる。
「どうしたの、メフィス。眠いんだけど……ほんとだ! お目目の色が深くて綺麗」
奥の扉から目元を擦りながら出てきたのは水無月を引っ張るメフィスと呼ばれた少年に瓜二つで色違いの服装をした天使、もとい少年だ。はしゃぐメフィスと眠そうなフェレス。
世にも愛らしい天使二人に見つめられて逆らえずに店内を進み、繫いだメフィスの小さな手を見た。
そう、繋いでいる。繋いでいるのに、肌同士が触れ合っているのに、気持ち悪くない。
あの執事だけではない。店全体から死の匂いがするのだ。それに、この少年から漂うのは、アイリの匂いにも似た、死とは違う少し甘い匂い──。
「ッ」
背筋にぞくりと寒気が走り、小さな手を思わず振り払った。
「あれ? どうしたの?」
眠そうだったフェレスもとてとてと水無月の方へ駆け寄ってきた。くりくりとした青い四つの目に見上げられる。
相手が自分に逆らったり断ったりするとは微塵も思っていない、純粋無垢で傲慢な瞳。その奥に隠している絶対的な死であり、死ではないものを、見つけた。
「君たちは、一体……」
後退る。にこり、メフィスが笑って水無月の左手を握った。
「どうしたの?」
「君たちは、吸血鬼?」
水無月が言うと、メフィスの表情がすとんと抜け落ち、透明なアイスブルーの瞳で見つめられた。
「なんでわかったの?」
「……匂いが」
アイリから吸血鬼の存在を聞いていたことを伝えていいのかどうかわからず、自分のことだけを伝えた。
「へぇ……鼻がいいんだね」
フェレスが静かに微笑んだ。メフィスもあっという間にひまわりの笑みを浮かべる。メフィスにぎゅっと腰のあたりに抱き着かれ、フェレスに服の袖を握られた。
「ねぇねぇ、僕たちと一緒に遊んでよ」
天使に見えていた彼らが悪魔にしか見えなくなった時、入り口の扉が開く音がした。
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