25 / 30
第25話 襲撃
「好みだろうとは思ってたけど、そこまで気に入るとはね……お前らの部屋にまで連れてくなよ、《人形師》」
入り口で腕を組み肩を竦めるアイリの姿を見た瞬間、小悪魔の顔は大人の顔に変わっていた。顔立ちは幼いのに、表情は老獪だ。
「なんだよ、アイリのだったの。つまんないの」
ちぇっ、とメフィスが舌打ちした。
「俺のってわけじゃない」
「え、もしかして人間連れてるの?」
少年たちとアイリは、水無月にはよくわからない会話を続けた。
「誰それ構わず吸血鬼にしたりゾンビにしたりする趣味はないって。お前らと違って」
「高貴な《動物学者》様はやっぱり言うことが違うねー。大体、ゾンビじゃないし。全然腐ってないでしょ」
メフィスとフェレスはぶーぶー文句を言いながらソファに足を組んで座った。
「お茶くらい出してくれないの? 給料プラスアルファで」
アイリは双子に向けて眩しいウインクを投げてから水無月の腕をぐいっと引っ張り、少年二人の向かいにあるソファに遠慮なく座った。水無月も否応なくアイリの隣に座らせられる。ピアノの近くの席だ。
「それが雇い主かつ年長者に対する態度かよー」
メフィスは床に付かない足をぶらぶらさせながら手のひらを上に向け、二本の指をくいくいと動かした。執事の一人がかしこまりましたと言って奥に去っていく。別の執事にアイリがコートを渡したのを見て水無月も真似し、マフラーを膝の上で握りしめた。
「給料って言うからには仕事するんだよね?」
「してくれるよね?」
メフィスとフェレスの声が綺麗に重なった。
「知りたいことを教えてくれればね」
奥に入っていったのとは別の執事がやってきて、四人の前にティーカップを置き、ポットから紅茶を注いだ。
「アフタヌーンブレンドでございます。少し濃く淹れておりますが、ミルクはお使いになられますか? アイリさまはいつも通りにしてありますので」
アイリは執事の言葉を最後まで聞かずに無造作にカップを手に取り口に運んだ。丁寧過ぎる接客への対応がわからず水無月がぼんやり頷いているうちに、澄んだ赤茶にミルクが混ざり、煙が立つように濁る。
「ここは料理と紅茶だけは美味しいよ」
アイリは意外にも辛辣なことを言いながら紅茶を飲んでいる。
「だけってさー、相変わらずひどいよなー」
「ねー。お兄ちゃんだって色々頑張って経営努力してるのにね」
メフィスが言ってフェレスが同意する。
「それで? 何を知りたいんだよ」
「いや、ちょっと待て。待てって」
メフィスが話を進めようとするのを水無月が止めた。
「アイリ、説明しろよ。こいつらがお前の吸血鬼仲間……ってことか?」
アイリと似た匂いがしたから、アイリと同類なのだろうと推測する。
「そうそう、友達で同類で、雇い主。こいつらがここ、WhiteRabbitsのブランドオーナーでデザイナー。見たことない? 天才双子デザイナーって触れ込みで話題になってるの」
軽い調子で言いながら、紅茶と一緒に出されたショートブレッドを摘んでいる。服に興味はないが、言われてみれば聞き覚えがある気もした。どうにか記憶を掘り返し、SNSで時々話題になる「童貞オタクを殺す服」の画像に思い至って納得した。
過剰すぎない露出と、上品さと、ゴシックな雰囲気を持つあの服のブランドだ。現代風にアレンジしたデザインや昔ながらのデザインなど、何種類ものラインがあるのが売りで、幅広い年齢層に支持されてる、んだったか。
「雇い主だし吸血鬼だけど友達じゃないし」
「それにお前、雇い主の言うこと聞かないし」
メフィスが唇を軽く突き出して苦情を言った。
「ちゃんと仕事してるだろ。あれとか、それとか」
アイリは壁に掛けてある豪奢な額をいくつか指差した。額の中には写真が入っている。人物がゴシックな服を着ている写真だ。後ろを向いていたり、首から上が隠れていたりして、顔ははっきりとはわからない。だが、身体つきには見覚えがあった。
「こいつにはモデルをやらせてるんだ。こんなだけど外見だけは良いから。新作出すから来いって言ったのに、約束すっぽかしただろ」
メフィスは不服そうだ。気持ちはわからなくもない。
「そうだっけ?」
アイリは白々と言いながら紅茶を啜る。メフィスを応援したくなってきた。こいつはきっと絶対、メフィスの言う通り約束をすっぽかしてる。アイリのスマホはメフィスからの連絡で鳴っていたのだろう。
「この双子、見た目はいいけど、騙されないように。こいつらは《人形師》って呼ばれてて、死体を使った人形の量産はお手の物だよ。吸血鬼も人間と同じでいろんなのがいるから気を付けてね」
紅茶を飲みながら水無月に忠告するアイリの言葉に双子が唇を尖らせた。
「量産なんかしてない」
「気に入った人間だけだもーん」
そーだそーだ、と二人で言いながらきゃっきゃと手を取り合っている。
デザイナーやらオーナーやらを務めるくらいだ。見た目通りの年齢でも、ふわふわの天使のような性格でもないんだろう。死体を人形にすると聞いてもぴんとこないが、双子が遺体を盗んだ可能性があるということだ。
「この写真に見覚えは?」
アイリはどこかから手のひらサイズの一枚の写真を取り出してローテーブルに置いた。いつの間に手に入れたのか、三日前に姿を消した遺体、松島隆の遺影だ。笑顔を浮かべたカラーの写真だから、ごく普通の写真に見える。
「何これ」
フェレスが首を横に傾げ、覗き込んできたメフィスは写真を掴むとしばらく眺めてからアイリに押し返した。
「自分がサボりたくて他のモデルをスカウトしてきたとか? だとしたらセンスなさすぎ。僕たちが気に入るわけないじゃん、こんな奴」
メフィスが鼻でせせら笑う。アイリの手元の写真と、部屋のあちこちでかしこまった姿勢で立っている執事たちを見比べる。
故人の顔も一般日本人としてはまあまあ悪くない方じゃないかと水無月としては思っていたが、執事たちとは大分方向性が違う。
見た目には興味が薄いが、故人を人好きのする親しみやすい顔とすれば、執事たちは日常生活では出会わないような雰囲気だ。品があり、どこか生活感がない。俳優と言われたら信じそうだ。
「見覚えはないってことだな?」
アイリが念を押すと、メフィスとフェレスは同時に眉を寄せて全く同じ顔を作った。何から何までそっくりな双子だ。
「全然ないけど……結局なんなの、この写真」
アイリは二人の様子をじっと観察してからため息を吐いた。
「じゃあ、こういう男に興味ありそうな同類に心当たりは?」
「ぜーんぜん」
メフィスが答えて、場に満ちていた緊張が和らいだ。
「この写真は遺影だ。この男の遺体がなくなった」
「あぁ、最近の遺体の連続盗難の話? なんでアイリが探してんの。眷属にしたくて目星を付けてたとか?」
アイリは肩を竦めて写真をしまうとティーカップに手を伸ばした。アイリに倣ってカップを口に運ぶ。
ミルクに負けない紅茶の香りが口腔内に広がった。百パック数百円のティーバッグの紅茶やペットボトル飲料ばかり飲んでいた水無月にとっては紅茶の香りの新発見だった。今まで飲んでいたものは紅茶じゃなかったらしい。
「いや、この辺りに新しい吸血鬼でも増えたのかと思って。死体じゃなくて実は仮死状態の吸血鬼で自分の足で消えたのかもしれないし、吸血鬼が誰かに殺されて灰になって消えたのかもしれないし」
あぁ、でも後者なら灰は残るか、とアイリは自問自答した。
アイリの言葉に双子は顔を見合わせて何度か瞬きをし、くすくすと笑った。そのタイミングまで一緒で、まるで実体と鏡像のようだ。
「相変わらず怖がりだねー。そんなことよりこの子、アイリのじゃないんだし、僕たちがもらってもいいよね?」
悪い顔をしたメフィスが唐突に言い放った。勝手に話が進んでいる。
「それは俺たちが決める事じゃないよ。吸血鬼は別に、人間より強かったり偉かったりするわけじゃない」
会話を聞いていて、気になった。人間を簡単に吸血鬼に出来るかのように話しているように思えたのだ。
「吸血鬼にするのって、そんなに簡単なのか」
問いかけると、メフィスが大きな目をぱちぱちさせた。
「吸血鬼になりたいの?」
アイスブルーの無邪気な瞳に見つめられると、全てを見通されている気がしてたじたじになってしまう。
「なりたい……のかどうかわからないけど、気にはなる」
アイリは吸血鬼で、吸血鬼になることはアイリに近付くこと、かもしれない。
「この子は吸血鬼になりたいって言ってるのに、しないんだ。変なの」
メフィスはアイリの方を見て鼻で笑ってから水無月の袖をぎゅっと掴んだ。
「俺は別に、吸血鬼が素晴らしいものだとは思ってないからね」
アイリはきっぱりと言い切って紅茶を飲み干し、席を立った。
「アイリは変わってるよね」
フェレスがくすくすと笑う。
「そうかな? 吸血鬼と人間、どっちが偉いとかないし」
アイリは髪をまとめながらピアノの椅子を引いて座り、蓋を開いた。余程気の乗らない話題だったのかもしれない。白く長い指が鍵盤に触れた。
「あ……」
音が鳴った。泣いているみたいな音は、渇いた砂に落ちる涙みたいに、水無月にすっと響いた。
どんなにちいさな場所にも入り込めるくらい鋭くて、微粒子みたいに細かくて、冷たくて、澄んで響く高音が刺さった。刺さった場所で溶けてさざなみになって、身体全体に広がっていくみたいだ。
次々に紡がれる透明な音に傷つけられて痛いのに、まるみのあるやわらかさもあって、苦しくて、締め付けられて、そのくせ、どこか甘い。やさしいのだ。
「嫌味だよねー。本当に何でもできるっていうか」
メフィスとフェレスが何かを言っているが、頭に入ってこない。水無月の世界はアイリの奏でるピアノの音で満ちた。
音楽には詳しくなく、上手いのかどうかもわからない。激しい曲ではないのに、酷く乱される。
「有名な曲なのか?」
聞いたことのない曲なのに、滑らかに繋がる旋律が印象に残る。
アイリみたいだ。初めて出会ったはずなのに入り込んできて、囚われてしまう。
曲自体が、アイリみたいなんだ。アイリそのもの、みたいな。
「全然。アイリが作った曲じゃないかな」
ピアノを弾く姿勢も整っていて、繊細かつ大胆に動く指の動きを見つめてしまう。すらりと長い足が丹念にペダルを踏む。
「足も手も長くて様になるからずるいよね。僕なんか足も届かないのに……ま、こいつがピアノを弾くとお客さんも喜ぶからいいんだけどね」
双子が床につかない足をぷらぷらと揺らした。
「そんなことより、名前は?」
袖を掴んだメフィスが水無月を上目遣いに見つめてくる。
「水無月……」
メフィスの声は雑音でしかなく、アイリのピアノに気を取られて上の空で答える。
「下の名前が知りたいなー」
「皐、だけど」
名前を答えたところで、丁度アイリのピアノが終わった。終わってしまった。メフィスに話しかけられなければもっとじっくり聴けたのに、と思うとややうらめしい。
拍手をするのも忘れて、余韻に聴き入っていた。双子はなんでこの曲を聴いて平然としてられるんだろう。
「この曲も、よく弾いてるのか?」
「これ? これはお客さんの前では弾いてないよ。お店ではもっと有名な曲を弾いてもらってるから。こういう休憩の時とかにはたまに勝手に弾いてるけど」
大勢がこの曲を聴いているわけじゃないことに何故かほっとした。双子はカフェに流れるBGM程度に聴き流している。
水無月が双子と話している間にアイリはピアノを片付けていた。
「ねぇねぇ。皐」
メフィスの愛らしい声で名前を呼ばれると、その場に縫い付けられるような心地がした。
「吸血鬼か人形になりたければいつでも言ってね。皐なら大歓迎だから」
「なりたいとは言ってな……」
メフィスはにっこりと天使の笑みを浮かべてから水無月の袖を離した。
「勝手なことするなよ」
演奏を終えたアイリが水無月の隣に戻ってきてメフィスに釘を刺した。
「アイリのじゃないなら、口出すなよ」
メフィスが言い返し、天使の笑みを小悪魔の笑みに変えた。
「さ、アイリにはさぼってた仕事してもらうから」
「え、でも俺は皐と帰……」
渋るアイリの袖をフェレスが掴んだ。
「皐、アイリはしばらく借りるね」
「え……あぁ」
借りるもなにも、アイリは水無月の所有物ではない。断る言葉も持たず、曖昧に頷いた。
「もっと皐といたかったのに……」
「じゃあ皐にも仕事手伝ってもらう? 今日は夜はなくて、真夜中のお茶会だけだけど」
アイリはむすりとして目を伏せ、メフィスの質問には何も答えなかった。
メフィスに追い立てられるように店を出た。アイリのマフラーがないせいか、さっきよりも寒い。マフラーはアイリに返してしまった。
アイリは何の仕事をするんだろう。吸血鬼の仕事はなんだろう。俺はこの後、何をすれば。
何をすればいいか、なんか、考えたことがなかった。仕事をしてどうでもいいゲームをして何かを食べてシャワーを浴びて、寝て起きて会社に行く。するべきこともしたいこともなかった。仕事をしていればそれだけで時間は過ぎていく。
今は手持無沙汰だ。
帰って寝て明日仕事に行けばいいだけなのに、アイリのことも気になって、なんとなく落ち着かない。
「あれ」
いつの間にか薄暗く細い道に入り込んでしまっていた。ぼんやりしながら道順を考えずに歩いていたら、駅とは反対方向に来てしまったらしい。どれくらい歩いていたのかも、どのくらい時間が経ったのかもわからない。
都心の真ん中にもかかわらず人気がなく、店のあかりもなく、冬の寒さがますます肌を刺すように感じた。
駅の方角がわからず立ち止まり、コートのポケットに手を入れてスマホを取り出した。街灯が暗いせいでスマホの画面がやたらと眩しい。地図アプリを開こうとして、スマホに集中していた。
「──ッ」
後頭部に重い痛みが走り、そのまま道路に倒れた。
どこにいるのかわからない。
何があったのかわからない。
薄暗く淀んだ意識が浮かび始めて、手足を動かそうとして、動かせないことに気付いた。何かで縛られているらしい。
重い目蓋をどうにか持ち上げる。目は見えている。辺りは暗いが、かろうじて自分のシルエットが見えた。床らしき場所に座らされ、背を壁に凭れかけさせられている。
暗い場所に一条の光だけが差し込んでいる。頭は動かせる。見渡してみれば、壁のうちの一面に縦に細長い隙間があいていて、そこから光が入ってきていた。隙間は丁度水無月の視線の位置にあり、向こう側が見えた。
隙間から見える場所は橙の間接照明で照らされていて、やや斜め向きのベッドが見えたが誰もいない。ベッドは派手だ。光沢のある赤いサテン地のカバーが掛けられており、ベッドヘッドや足は金色で、WhiteRabbitsの雰囲気にやや似ている。
もっと向こう側を見てみようと頭を動かすと、ずきりと頭が鈍く痛んだ。痛みに、状況を思い出した。
羽振りが良いようにも見えないだろうに、どういうわけか路地裏で誰かに殴られて気を失った。そのままここに運ばれてきて、縛られているらしい。
隙間の向こうに見えるのが寝室だとすれば、ここはおそらくクローゼットの中だろう。扉の隙間から寝室が見えているのだ。
空っぽのクローゼットの中はたっぷりと広く、奥行きは水無月の身体の横幅の三倍ほどはある。幅も、水無月が真っ直ぐ横になっても十分以上に足りる。
「あ、目、覚めた? 気持ち悪かったりしない? 大丈夫?」
聞き覚えのある声だ。WhiteRabbitsの双子のどちらかの声。答えようとしたが、くぐもった小さな声が漏れただけだった。布か何かで猿轡をされている。
「皐からベッド見えてるよね? これからが面白いんだから、静かにちゃんと見ててね」
声のする方を見ると、足元の方に双子の片割れがいた。メフィスなのかフェレスなのかは薄暗くてわからない。にっこりと浮かべた笑顔は天使そのものだが、状況がおかしい。
「僕はメフィスだよ。なんでこうなったかわかってる?」
首を横に振った。双子は見た目通りの年齢ではないのだから、子供らしい悪戯やかくれんぼではないことだけは明らかだった。
「理由はふたつ。一つ目は、皐が使えそうだから」
使えそう、という意味がわからない。
「匂いで吸血鬼と人間の区別がつくんでしょ? それって、皐が思ってるよりもずっと便利なことなんだよ。だから僕のためだけの番犬になって?」
可愛らしくあどけない声と内容がちぐはぐだ。
「僕は《箱庭》を探してる。そのためにたくさん吸血鬼を見つけたいのに、外見だと人間と吸血鬼の区別がつかないんだ。もちろん、爪を隠さないような馬鹿な奴ならすぐに見つけられるんだけどね」
《箱庭》。文字通り捉えるなら庭の模造品だが、それは一体どういうもので、なんで吸血鬼をたくさん見つける必要があるんだろう。《人形師》や《動物学者》みたいなものなんだろうか。それともどこかにある楽園みたいな場所?
「《血の力》を求めて吸血鬼を狩る吸血鬼もいる。だから身を守るためにも、皐は貴重なんだよ」
そこまで言われても、ぴんとこない。吸血鬼でもないし、その世界のことを何も知らない。
「さっき店の外で皐に絡んでた男いたけど、あれも吸血鬼だよ。気付いた? あいつは馬鹿だけど、馬鹿だから皐を連れてくる役には立った。皐が吸血鬼になったら、あんなつまらない奴よりももっと面白い吸血鬼になるんじゃないかなぁ」
メフィスはクローゼットの奥の壁に凭れかかり、水無月と足を交差させるようにして座っている。
「吸血鬼になりたいんでしょ? 僕に任せて。臆病なアイリなんかに任せておいたら、皐がおじいちゃんになっちゃう」
メフィスは言って、忍び笑った。理由の一つ目は、納得はいかないが理屈は理解できた。二つ目の理由を聞いたら納得がいくんだろうか。そんな疑問が顔に出ていたのか、メフィスが続ける。
「吸血鬼にするだけなら、こんな風に閉じ込めて色々話す必要はない……って思ってるでしょ? 必要性だけで長いこと生きてたら飽きちゃうよ」
メフィスはふわぁ、と愛らしい欠伸をしてから腰を上げ、水無月の太腿のあたりに跨った。ぐい、と顔が近付いてくる。アイリの匂いに似た、死にそっくりな匂いがした。
「面白いから。面白いことをしないといけない(・・・・・・・・)から。それが二つ目の理由、だよ」
薄闇の中、隙間から入る光に照らされてメフィスはにっこりと笑った。
その笑みを見て初めて、ぞわりと全身が粟立った。囚われているのだという実感に襲われたのだ。
縛られてクローゼットに放り込まれても、どういうわけか焦ってはいなかった。普通の人間といるときと違い、双子といる時には嫌悪感がなかった。それは死に似た匂いのせいだが、それを勝手に親しみに変換していたのかもしれない。
親近感が一方的な思い込みだったのだと、簡単に信じてはいけなかったのだと、天使の笑顔を目の前にして思い知らされた。
俺も吸血鬼に狙われる可能性があると、アイリにも言われていたのに。
寒気がした。震えてしまいそうになって両手を強く握りしめた。身体が強張って、体温が下がっていく感覚がある。その反応の全てをメフィスに見られている。
不意に足音が聞こえてきた。クローゼットの外、寝室らしき部屋の外からだ。
「楽しい時間は、これからだよ」
どこか浮足立ったような、軽やかな足音がする。この足音は──
【選択肢】
女のものだろう。
➡男のものだろうか。
---
※「女のものだろう。」はフリーゲーム「偏愛ネクロマンチシズム」でお楽しみください。
※掲載分は「男のものだろうか。」を選んだ場合の物語です。
---
ともだちにシェアしよう!

