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第26話 アイリの秘密
固い靴の底が床を打つ音がする。おそらく男の足音だ。さらに、子供のものらしき軽めの足音もする。
「今日は阿久津様がいらっしゃるから、ちゃんと準備してね」
「あの人か……」
扉の開く音がして、二人分の声がした。入ってきたのはアイリとフェレスだった。
「お給料前払いしてあげよっか? なんか疲れてるみたいだし」
フェレスは透明なパウチに入った赤い液体をアイリに差し出すが、アイリは首を横に振った。
「あとでもらうよ」
「相変わらず血が嫌いなんだね」
フェレスは先ほど見た時と同じ服装だが、アイリは執事のようなフォーマルな服装になっていた。華美ではない落ち着いた色合いで、人形たちが着ているものに似ている。
さらに細身のメタルフレームの眼鏡をかけていて、眼鏡から伸びる華奢な金属の鎖がしゃらりと小さな音を立てた。
「あんまり時間ないから急いでね」
フェレスは部屋の端に置いてある椅子にちょこんと座って足をぶらぶらさせている。アイリはベッドに座るとおもむろに自分のベルトに手を掛けて緩めた。
「あ、先にこれ飲んで」
フェレスは血液のパウチをしまい、代わりにグラスをアイリに手渡した。透明なグラスには薄い茶色の液体が入っている。
「なにこれ?」
「リラックス効果のあるお茶だよ。緊張はしてないだろうけど、少しは気持ちよくなれるかもしれないでしょ? どうせするなら楽しめばいいのに」
フェレスはすらすらと答え、飲んで飲んでと促した。
「……怪しすぎない? お前らのことだから媚薬とかそういう……」
「そんな野暮なものは使わないよー。アイリだったら媚薬なんかなくてもお客様のこと楽しませられるでしょ」
アイリはあからさまに嫌そうな顔をしながらもグラスの中身を一息に飲み干した。
「どうせ飲まないと仕事が終わらないんだろ。喉は乾いてたし」
「さすが、慣れてるねー」
「味は普通だったよ」
空のグラスをフェレスに返したアイリは、靴を脱いでベッドに膝立ちになった。
スラックスの前を寛げ、下着ごと下にずらす。下着は絹の光沢のある黒で、やたらと面積が小さい。腰の横で紐が蝶結びになっているが、すぐに解けてしまいそうな華奢な代物だ。アイリの白い腰と尻の割れ目が、クローゼットの中にいる水無月にも見えた。
「お客様の好みのこと、ちゃんと覚えててえらいじゃん」
「あの人、年中来るからね……」
深い陰鬱な溜息を吐くアイリに、フェレスがなにかを投げて寄越した。アイリが受け取ったそれは半透明のチューブで、中に液体が入っているようだ。
「なんか今日は嫌そうだね。いつもは淡々と仕事してるのに……別の人に変わってもらう?」
チューブの蓋を外そうとするアイリの手が止まった。
「ほら、今日来てた子、皐も人気出そうだから、僕たちの儀式を果たすならあの子でも。アイリとは違って、隠れた色気……みたいな?」
なんで俺の名前が出るんだ。それに、儀式ってなんのことだ。
「……別に、そんなに嫌がってない。いつものことだし、皐は関係ないんだから俺で」
アイリはチューブの蓋を開けて逆さまにし、右の手のひらにとろりとした透明なジェルのようなものを出した。左肘をベッドについて尻だけを突き上げるような体勢になる。クローゼットに、つまり水無月に尻を向ける姿勢だ。
「もしかして皐のこと庇ってるつもり?」
滑らかなスラックスは薄い丸みを帯びた尻をするりと滑り、ベッドの上に落ちた。
「そういうわけじゃないけど、皐は人間で、俺達の世界には関係ないからね」
無関係だと言い切られてしまうと、否定したくなる。一緒にご飯を食べたり寝たりした。それでもアイリにとっては気にするような相手じゃないのかもしれないけど。
アイリが右手を自分の尻の方に伸ばした。淑やかに閉じていた尻の双丘を、長い薬指と人差し指が割り開いた。ひそやかな窄まりが見える。そこに、体温で溶け始めたジェルを纏ってぬらりと光る中指の先が触れた。
ジェルがそこに塗り広げられていき、皺に入り込んでいく。
「そうそう、すぐに入るように準備されてる方が阿久津様はお好みだからね」
「っ、ぅ……」
長めでゆっくりとした息を吐き出しながら、アイリのそこは自身の指を飲み込んでいった。つぷん、と第一関節まで入る。太い関節部分を飲み込むときに開いてすぐに閉じるそこが、水無月からよく見えた。
アイリがなんで、こんなことを。
なにをしてるんだ。
頭が真っ白になり、だが、アイリの出す音を拾ってしまう。長い吐息も、吐息に混ざる少し苦しそうな声も、全部。
やめてくれと叫びたいのに、猿轡がそれを許さない。隣にいるメフィスがにやにやと声を出さずに笑っている。
「今日はきっと楽しいよ。阿久津様が特別な趣向を用意してくださってるんだって」
「嫌な予感しかしない、ね……っ、あ……」
アイリは手慣れた様子で指を進めながらフェレスと話している。見たくないのに目が離せない。目を奪われてしまう。
既に中指を根元まで飲み込んでいるそこに人差し指が触れた。窄まりの形を歪めて人差し指が入っていく。ぐちゅ、ぬちゅ、と静かな水音が際立って聞こえる。二本分の指の形に窄まりが抗っていたのは一瞬で、すぐに指にやわらかにまとわりついていく。
中の熱に溶けてゆるくなったジェルがつぅと太腿を伝った。
再び、足音が聞こえた。
「ん……」
アイリがずるりと指を抜き、フェレスから渡されたティッシュで尻や太腿をざっと素早く拭った。手も拭い、元通りに服を着る。やや乱れたベッドはそのままにするらしい。
「っ」
ベッドの足元に立ったアイリの端整な顔がほんの微かに歪んだ。
「こちらでございます」
「あぁ、アイ。相変わらず綺麗な身体だ」
扉が開く音がしてメイドらしき女の声が聞こえ、続いて男の声が聞こえた。水無月からは姿の見えない誰かは、部屋に入るなりアイリの容姿を讃えた。ここではアイと呼ばれているらしい。
男はすぐにアイリのベッドのところまで歩いてきた。やや腹が出てはいるが全体としては中肉中背の、白髪交じりの初老の男だ。
品のあるスーツで身を包んでいる。普段水無月が着る吊るしのスーツとは異なり、上質な布を使って丁寧に縫製されたものだ。WhiteRabbitsのオーダーメイドかもしれない。
顔立ちにこれといった特徴はないが、逆に言えば、それなりに整っているということでもある。皺が刻まれ始めているが、髭もきちんと手入れされていて清潔感がある。表情も落ち着き払っていて、紳士的な雰囲気を纏っている。
「お褒めに預かり恐縮です、ご主人様」
アイリは寸分の乱れもない、誰もが見惚れるだろう微笑を男に向けてから浅く礼をした。
「何をすればいいかわかってるね?」
「はい」
微笑を崩さず、ベッドの上に四つん這いになった。
「服も相変わらず素晴らしいな。下品すぎず、だが身体のラインが程良くわかる」
ありがとうございます、と言ったフェレスの声は男には届いていないかもしれない。男はスラックス越しにアイリの腰から尻のラインを撫でた。
「っ、ふ……」
「敏感だな。脱がせてあげよう」
ふぅ、と息を吐いた男はアイリのベルトをがちゃがちゃと外した。余裕のなさを感じさせる忙しない手つきだ。
じじ、と前を開く音がする。そしてそのまま、アイリのスラックスを下ろした。折り曲げた膝のあたりに衣類が溜まった。引き締まっているがやや丸みのある白い尻があらわになる。
「あぁ、紐が食い込んでしまっているね」
男が腰で結ばれている黒い下着の紐を解くと、局部を辛うじて隠していた下着がはらりと落ちた。
「これで、よろしいでしょうか」
アイリは後ろに回した両手で自分の尻を掴み、割開いて男の目に晒した。自分で解したばかりの場所はジェルのせいで艶やかで、ひくついている。
「潤んでいるな。自分でしたのか?」
「っ、はい、ご主人様。こんなはしたない召し使いのことは嫌いになってしまわれますか?」
きっと答えを分かっていて、アイリは問いかけているのだ。
「まさか。私のことをよくわかってくれている素晴らしい執事だね」
案の定、男はゆっくりと首を横に振った。ぬかるんだ窄まりにつん、つんっと指先で軽く触れる。アイリの身体がぶるり、震えた。
「あ、りがとう、ございます……」
指に吸い付こうとする動きを見せるそこは、しかしすぐに離れていってしまう指にぴくん、と反応を示した。
「そこに欲しいのかね?」
「っ、早くほしい、です……」
アイリは強請り、振り返った。金の瞳が潤んでいて、上目遣いに男に欲望を訴える。それが本心でなければいいのにと願わざるを得ない。だが、あまりに色に満ちていた。男の欲を煽るには十分すぎる媚態だ。
男の高まる熱とは反対に、水無月は自分の体温が下がっていくのを感じていた。
アイリは俺を助けてくれて、やさしくしてくれて、傍にいてくれた。こういうことに似たことも、した。アイリは俺を気持ちよくしてくれた。
それはほんの少し前のことなのに、アイリはなんで俺以外の誰かとこんなことをしてるんだろう。
アイリが苦しむところも誰かとするところも見たいわけがないのに、見てしまう。アイリとそれをしてるのが、なんで俺じゃないんだろうと考えてしまう。
「じゃあ、奉仕しなさい」
男は靴を脱いでベッドに上がった。ベッドヘッドに背を凭せ掛けて座り、ゆったりと足を軽く広げた。アイリは尻を高く上げて剥き出しにしたまま男のベルトを外しているようだ。
「はい、ご主人様。ん……」
アイリが顔を男の股間に寄せた。じじ、と音がする。ファスナーを口を使って開けているようだ。
「は、ぅ……んん、ぅ……」
アイリの声がくぐもった。ぴちゃ、と音がする。何かを舐めている音が強調されている。アイリの顔は見えないが、何をしているのかはわかってしまう。生の匂いに吐き気がした。
吐き気の理由はそれだけじゃない。
「後ろも物足りないだろう、ほら」
男はアイリの手を取り、後ろへ回すように促した。アイリは抵抗せず、右手を尻のあわいに滑り込ませた。先ほどしていたように人差し指を窄まりに埋め込む。すぐに中指も入れて、ぐにぐにと動かした。
「よく音が聞こえるね」
アイリが一人で準備していたときよりも、指の動きは激しい。あえて大きく動かして音を出しているようだ。柔らかく解された窄まりが指に合わせて歪み、きゅうきゅうと締まる様子がクローゼットの中からでもよく見えてしまう。
「っ、気持ちいいけれど……まだ足りない」
男は両手でアイリの頭を掴み、ぐい、と自分の股間へ押し付けた。
「んぐっ、ぅぇ、ッぅ……ぅあ……」
アイリの声が苦しそうなものに変わる。嘔吐いているのだろう、その度にびく、と尻が震え、それでもアイリは言いつけを守って窄まりを弄るのを止めない。
「そうだ、上手いな。良い子だ。もっと……」
呻き声と水音に、さらに男の感じ入った声が混じる。それに合わせるかのように、アイリを掴む男の手に力が入り、激しくなった。アイリの頭を強引に上下させている。
「ぐ、ぅ……んぐ、ぁ……んンっ、ぅ……」
やめてあげてくれ、と言えない。声は届かない。もし届いたとして、今から声を上げたらどうなるんだろう。これを見られたアイリは、どう思うんだろう。乾いた金の瞳で俺を見るんだろうか。
「皐、どう? アイリ、すごくえっちだよね。虐めたくなるでしょ。だからすごく人気があるし……あいつも興味を持つと思うんだ」
澱んでいく水無月の心を見透かしたように、メフィスが水無月の耳元で囁いた。虐めたいなんて思わない。アイリが早く解放されて欲しいと願うばかりだ。
本当に?
それなら身体を転がしてクローゼットに体当たりでもすればいい。
それが出来ない。
ここにいることをアイリに気付かれたくない。アイリを傷つけたくないから?
正解がわからないまま、何も選べないからただ見ている。
アイリは手馴れてたから、経験があるんだろうとは思ってた。
でもまさか、こういうことだとは思わなかった。
ヒモっぽさはあったし、でも、あの時のアイリの全てが俺だけに向けられたものだと思いたかった。思い込みたかった。思い込んでた。
アイリを独り占めしたいと、独り占めしていると、傲慢にも思っていた自分に、気付いた。
だから今、アイリが他の誰かに触れられていることが嫌だ。気持ち悪い。俺自身のことが、気持ち悪い。
「っ、あぁ、喉が締まって、素晴らしい。白い尻に浮く珠の汗も、全て奪いたくなる」
俺だって、アイリが欲しかった。アイリが欲しい。
独占した気になってたけど、そんなことなかった。
そうだ、俺はアイリのことが好きになってたんだ。そんなことに、こんなタイミングで気付きたくなかった。
アイリが手馴れていたのはこういうことを年中してるからだし、それと同じことを、俺にもしてくれただけだ。俺にだけやさしいんだと思いたかったけどそんなわけない。寝場所を手に入れるための手段だった。
「──ッ! ぁぅ、ぐ、ぅ……ぁ……」
初老の男が上体を起こし、アイリの尻を強く揉みしだいた。アイリの身体全身が痙攣したようにも見えた時、こんこん、とノックをする音が聞こえた。
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