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第27話 昏い身体

「失礼いたします」  メイドの女の声がした。来訪はアイリにも予想外だったのだろうか、びく、と身体が強張る。 「あぁ、待っていたよ」  男にとっては待ち人だったらしい。 「伝えない方が面白いかなと思って、アイには言わないでおいたんです」  部屋の隅でソファに座っているフェレスは悪びれずに言い、男は満足げに笑った。 「悪くないサプライズだね、マスター」  ドアが開き、二人分の足音がした。一人はメイドだろう、すぐに出て行き、一人が水無月の視界の中に現れた。一人目の初老の男と同じかやや若いくらいに見える黒髪の男だ。  アイリは振り返って予想外の二人目を見つけ、初老の男の肉棒を咥えたまま目を丸くした。口元は唾液に塗れ、目尻には涙が浮いていて息も荒い。 「あぁ、これは……君に聞いて想像していた以上にすごい」  アイリのあられもない姿を見た黒髪の男は一瞬息を呑み、大きく頷いた。 「アイ、誰が止めて良いと言った? 口も手も、私の命令なしに勝手に止めるな」 「っく……申し訳ございません。すぐに……っ、ぐ……」  アイリは頭を元通りに下げ、男の性器を一息に喉の奥まで受け入れたようだ。噎せそうになる生理的な衝動を無理矢理抑え込んだせいで歪んだ声が聞こえた。そろそろと後ろに伸ばす手にも力がない。 「阿久津様がお友達を連れてきてくださったんだよ。二人でアイのことを可愛がってくれるって。良かったね」  フェレスが告げた内容に、アイリの身体がすっかり脱力したように見えた。諦観かもしれない。水無月もまた、曇り濁った空気が身体に纏わりついているような気がした。  これから起こるだろうことは水無月でも想像できた。アイリはもっと克明に想像しているはずだ。 「見た目も声も素晴らしいな」 「お前ならそう言ってくれると思ったよ」  後から来た黒髪の男が感嘆し、初老の男は満足そうだ。自分で見つけたお気に入りのものを誰かに自慢したかったのかもしれない。  俺だったら誰にも見せないのに。アイリを他の誰かに渡したり手を離したりしないのに。  どうしようもない男たちに意地を張る自分にはたと気付いて怖気がした。猿轡のせいで嗚咽さえ漏れない。漏れなくて良かった。こんなところまで見てしまった。俺が見てることにアイリが最後まで気付かずにいればいい。  そうしたら俺も忘れるから。  次にアイリに会うときに、何もなかったように振舞うから。  アイリが俺にしてくれたことも出来るだけ全部忘れて、俺の汚い傲慢を隠すから。  水無月の内心が誰かに伝わるわけもなく、黒髪の男はアイリの背後から近づいた。 「君は今日が初めてだからね、名器は譲ってあげよう」 「ありがたい話だな、先輩」  黒髪の男は笑いながら自分のベルトを外し、前を寛げた。クローゼットに対してベッドはやや斜めに配置されているから、アイリが隠れることはない。だから、見えてしまう。見てしまう。  スラックスから何かを取り出している。何かじゃない。何をしているのかわかる。事実を拒んでいるだけだ。 「見ただけで勃ったのか」 「そりゃあ、これほどのものを見せられちゃあな」  客の男同士がからからと笑っている。何も楽しくない。  アイリは自身の窄まりから指を抜くと、左右の手の人差し指でそこを引っ張ってみせた。 「サービスがいいな」 「そうだろう。締まりもいいぞ」  初老の男は何故か自慢気に言った。赤く艶めく媚肉が見える。そこに、黒髪の男が切っ先を触れさせた。そのまま無遠慮に、腰を進める。 「んぐ、ぅ……」  呻き声は悲鳴か泣き声に近いように思え、聞くに堪えない。だが男たちの息はむしろ上がり、より昂っているように見えた。 「っ、これは、すごいな。うねって絡みついてくる上に、確かに女より締まりが良い」  はぁ、と吐く息は深く、熱を帯びているように思えた。今やアイリの腰を両手でがっしりと掴み、腰を前後に思いきり動かしている。ぐちゅぐちゅと音がする。男ふたりの分の劣情を帯びた荒い吐息と、胸が締め付けられるようなアイリの声が絶え間なく響く。  部屋の隅のフェレスも、クローゼットの中のメフィスも、それを涼やかな表情で眺めているだけだ。水無月は手を伸ばしたくても伸ばせない。何もできない。できるはずなのに、動けない。 「口をもっと……ん? どうした、アイ。勃ってもいないのに気持ちいいのか? 太腿を擦り合わせて」  アイリに指示をしようとした初老の男が言い澱んだ。確かに、アイリの様子が変化している。先ほどは腰を持ち上げてされるがままだったが、今は何かそわそわと足を動かしているし、力んでいるように見える。 「言ってみなさい」  初老の男はアイリの顔を引きはがした。黒髪の男は腰を動かすのに夢中で止まらず、アイリはがくがくと揺さぶられたままだ。 「っ、あ……ッ、申し訳、ございません」  アイリは律動の度に声を途切れさせながら言葉を紡いだ。 「謝るだけじゃわからないだろう。事情があるなら言ってみなさい。君のことは大切にしたいと思っているからね」  大切な相手に対する行動には思えない。だが声だけは猫撫で声だ。 「っ、その……」 「恥じらっている姿も良いが、気になるだろう?」  男はアイリの顎を掴んでくいっと持ち上げた。水無月の位置からはアイリの表情は見えない。見たいし見たくない。 「ッ、一回席を外してもよろしい、ですか。すぐに戻ります、ので……っあ、あ……」  今までずっと口を喉まで塞がれていて余程苦しかったのだろう、アイリは大きく呼吸をしながら頭を思いきり反らした。全身が強張り、ひく、ひくと不規則に痙攣している。 「なんでそんなことを言うんだい」  初老の男の声はどこまでもわざとらしくやさしい。 「も、うしわけ、ございません。っあ! そ、の……尿意、が……」  にやり、と初老の男が唇を撓らせてフェレスの方を見た。フェレスがうっすらと笑う。 「勿論、手配しておきました」  小首を傾げるフェレスの髪がさらりと流れた。あざとい程の愛らしさだ。アイリがはっと顔を上げ、フェレスの方を見た。 「利尿作用が強いお茶を」  アイリの身体がふるふると震えている。シャツの裾とジャケットをたくし上げられ背中が半分程見えていて、白い肌が薄桃色に染まっている。 「お願い、します。外、に……」 「君は射精しないことも多いだろう? 今日は一段と元気がないようだが……私はそれでもまぁ満足しなくもないんだけれどね。初めての相手には華やかさが欲しいだろう」  この男は、何を言っているんだろう。初老の男は動揺するアイリをじっと見つめている。黒髪の男も事態を把握したようで、アイリの腹に手を回し、ぐいっと押した。 「っ、や、やめ……ッ」  アイリが身を捩らせ、ますます身体を強張らせる。 「ッ! あぁ、ますます締まった……イくかと思ったよ。ほら、これでどうだ?」 「も、う……もたない、ので……ッ」  アイリが懇願する。長い銀髪が背中の上でさらさらと流れを作った。 「お願いがあるなら言ってみなさい」 「ご、主人様……ッ! お願い、です。お手洗い、に……行かせて、ください」  震える声で言ったアイリの頭を、初老の男は愛おしそうに撫でた。 「よく言えたね。勃っていないんだからそのまま出せるだろう? 我慢しなくていい」 「っ、な……ッ! ぅぐ! ぅ、ぁ……」  アイリの頭をやさしい手つきで撫でていた初老の男はアイリの頭をぐっと強く押し、自分の股間に押し付けた。アイリの口がまた、何かで埋まる。言葉は言葉にならず、苦しそうな声だけが溢れ出る。 「君ももっと、激しく奥を突いてやりなさい。そうすればアイは泣いて喜ぶから。女よりはるかに頑丈だから、何も気にしなくていい」 「へぇ、そういうものなのか。これで、どうだっ」  ぱつん、と腰骨と尻がぶつかる音がした。 「んぐぅ! ぐぅ、ぇ……」  呻き声と共にアイリの腰が跳ねた。それに気をよくしたのか、黒髪の男の腰遣いは躍動を増した。前後に腰を激しく動かし、さらにぐるりと中を掻き回すように動く。加えて、奥を貫くのに合わせて腹をぐっと強く何度も押している。 「ほら、アイ? もう苦しいだろう、早く楽になりなさい。っ、私もそろそろだからね」  初老の男は黒髪の男に負けじとアイリの頭を上下に動かし、頭が低くなるのに合わせて腰を突き上げている。 「────ッ!」  アイリが声にならない悲鳴を上げた。アイリの足の間からさらさらとした液体が勢いよく流れ、シーツに水溜りを作っていく。 「あーあ、おもらししちゃった」  フェレスの声がアイリと男たちを煽る。 「もう少しで終わるよ、楽しみだね」  メフィスがクローゼットの中で声を潜めて水無月に向けて囁いた。何も楽しみなことなんかない。早くアイリが解放されて、この部屋から出て行けばいい。俺になんか気付かずに。  クローゼットの中で何もできないまま、水無月は唇の代わりに猿轡を噛んだ。 「っ、出すぞ……ッ」 「私も、だ……っ」  初老の男は股間にアイリの頭を強く押し付け、黒髪の男は腰を隙間なくアイリの尻に押し付けた。その間もアイリの尿の勢いは収まらず、びしょびしょと溢れた。 「ッぐ! ふ……っ、ぇ……っぁ、んんッ……」  過ぎた時間は数秒だったはずなのに、水無月には永遠に思われた。アイリはもっと長く感じてるんだろうか。  アイリの尿が収まる頃に、黒髪の男が萎えた肉棒をアイリからずるりと引き出した。途端、白濁がどろりと溢れてアイリの内腿を伝う。 「口を開けてみなさい」 「は、い……」  初老の男の言うままに、アイリは顔を上げた。水無月からは表情は見えない。 「ちゃんと飲んだな? よく頑張ったね。今日も最高だったよ、アイ」  初老の男はアイリの髪を無造作に掴み、引き剥がした。支えのなくなったアイリはベッドの上に横向きに倒れ込んだ。そのままげほげほと咳き込み、噎せている。外した眼鏡のレンズには白濁がどろりと付着していた。 「あ、りがとう、ございます、ご主人、様……」  噎せる合間に掠れた声で言い終えた。横たわった身体からは微塵の活力も感じられない。初老の男がアイリの肩を、黒髪の男がアイリの尻を、ぽんっと軽く叩いてから身支度を始めた。 「お楽しみいただけましたか?」  フェレスがソファからぴょんと飛び降りて首を傾げた。 「もちろんだ。また頼むよ。いつもの人形のようなアイは素晴らしいが……今日は少し人間みたいに思えて、それも悪くなかった。君もそうだろう?」 「そうだな、俺もここの服を大量に買わなければいけなさそうだ」  男二人は気安く笑った。黒髪の男の言葉も社交辞令ではないだろう。  その間も、アイリはベッドの上から動けずにいる。微かな嗚咽が聞こえてきて、水無月の胸がぎゅう、と強く締め付けられ痛んだ。 「バスルームにご案内させていただきます」  扉をノックする音がし、ロングスカートのメイドが部屋に入って来た。男二人を先導して客用のバスルームへ案内するようだ。 「ちなみにこちらのメイドさんにもお願いしたりできるのかな?」  黒髪の男はメイドをちらりと見てからフェレスに訊ねた。 「ご用命いただけましたら、もちろん。ただ少々、『冷たい』かもしれませんが」 「クールな女性は好みだよ。まぁ、しばらくはアイかな」  メイドからアイリに視線を移した。初老の男も納得の表情で頷いている。 「お気に召していただけたようで何よりです」 「また来るよ」  二人の男が口々に言ったが、アイリはベッドから動かず、顔も上げなかった。  バタンとドアの閉まる音がして、男二人とメイド、三人分の足音が遠ざかっていく。  アイリはベッドの上でぐったりして肩を揺らし、咳き込み続けている。クローゼットと反対の方を向いて横になっているせいで、背中しか見えない。 「おつかれさま、相変わらず人気だね」  フェレスがアイリの方へ近付いてきてアイリに目の前に立った。アイリは精液やら汗やら尿やら様々なもので濡れて汚れたベッドの、汚れていない端の方にいた。 「っ、ぐ……ぅぇ」  俯いたままげほげほと咳き込み、シーツに何かを吐き出している。尻は水無月の方へ向けられたままで、どろり、とろりと溢れる白濁が生々しさを増幅させている。  悪夢でも妄想でもなく、現実に起こった出来事なのだ。  しばらくして咳が落ち着いてから、アイリは自分の尻の間に手を伸ばし、白濁に塗れた窄まりに乱雑に指を突っ込んだ。アイリの指がそこを出入りするのが見える。 「落ち着いた?」 「……そう見える?」  抜かれたアイリの指は白濁を纏っている。掻き出された中のものがぼた、ぱた、とシーツを汚した。 「今日は二人だったし、お客様も激しかったし、疲れた?」 「疲れないわけないだろ」  アイリの声は掠れていて、白銀の髪も心なしかくすんだように見えるが、水無月の想いを映しているだけかもしれなかった。  アイリは一通り掻き出し終えたのか、小さく呻きながらゆっくりと起き上がってベッドに腰掛けた。小さな呻き声を漏らしながら皺だらけの服を元通りに着直している。 「今日、お客様もおっしゃってたけど、いつもと違ったよね? なんで? なにかあった? 暗い顔してるー。良いんだよ、この仕事を辞めても」  フェレスが可愛らしく首を傾げてアイリの顔を覗き込む。アイリはすっかり乱れた銀髪を手櫛で整え、右肩から前へ流しながら肩を竦めた。 「少し疲れただけだよ」 「吸血鬼のくせに人間を襲えないアイリは、一人じゃ生きてすらいけないもんね。僕たちが血を分けてあげないと。生きてるか死んでるかもわからない大切な待ち人のために、アイリはここでこうしてるしかないんだもんね」  フェレスの声は弾んでいて、アイリの声は沈んでいる。  大切な待ち人。それはアイリの夢の中の誰かなんだろうか。少なくとも俺じゃない誰か。 「うーん、なんだろ。もしかして仕事以外でセックスした? まさか、気になる人が見つかったとか?」 「っ」  アイリの肩が僅かに跳ねた気がした。 「え、図星? そっかー、誰にも興味がないからこういう仕事が出来てたアイリに、まさかそんな相手が見つかるなんてね?」  誰にも興味がない。  俺みたいに? 「別に……そういうわけじゃないけど」 「ふーん、じゃあ皐のことはどうでもいいってことだね。皐と待ち人、どっちが大切なの?」  フェレスは含みのある笑みを浮かべ、それからクローゼットの方を見た。フェレスと目があった。 「お兄ちゃん、まだ? ずっと楽しみにしてるのに」 「確かにそろそろ丁度良いかも?」  手足を縛っていたものが全て解かれ、身体が自由になる。メフィスがクローゼットの扉を開けた。 「っ」  隙間が一気に広がって、光が入ってくる。眩しくて目を瞑りそうになって、逆に思いきり開いた。閉じるわけにいかなかったからだ。  生と性の臭いがクローゼットの中に入り込んできた。気持ち悪い。嘔吐いた。 「なっ……」  座ったまま、アイリが振り返っていた。アイリと目が合った。

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