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5話 冗談と頼み事
座って待っててとは言われたが、ソファを汚しそうで気が引ける。近くに立っていると、カップやポットを乗せたトレイを持ってきたリュシエンがオレを見つめた。
「どうしたんですか? 座って飲みましょう?」
「そうしたいが……なんか汚したり壊したりしそうで座りにくくてな」
リュシエンはオレの言葉を聞くと、くすくす笑った。彼はソファに座り、ぽんぽんと隣を軽く叩く。
「ふふ、大丈夫ですよ。保護魔法がかかってるらしいですし、ひどく暴れたりしなければ壊れないですから」
「そうなのか? よく知ってるなぁ」
「あはは、僕も心配で聞いちゃったんです」
冗談っぽく笑うリュシエンに、オレの緊張は解れていく。オレの方が年上だからと敬語なところも、こうやって人を和ませようとしてくれるところも、変わっていない。聖者だからじゃなく、彼自身が優しい人だからだろう。
オレは意を決してソファに座る。包み込まれるような座り心地だ。思わずがっつり背中を預けて目を閉じる。正直ここで寝れそうだ。
「アディさん。冷める前に飲んでくださいね」
「おっと、悪い悪い」
彼の声に目を開け体を起こす。淹れてくれた紅茶はすごく香りがいい。一口飲むだけで美味いのがわかった。茶葉が高級なだけじゃなく、リュシエンの腕がいいからだろう。
「うま……」
「よかったです」
ぽつりと呟くと、リュシエンが嬉しそうな声を返す。本当に美味い。
「相変わらず、リュシエンが淹れてくれるお茶は最高だな」
「これからは毎日淹れてあげられますよ」
「はは、そりゃ無理だろ」
旅が終わったら毎日アディさんにお茶を飲んでもらいたい、そうリュシエンに言われたのは一度や二度じゃない。そのときもオレは無理だと笑っていたっけな。いつもの冗談だろうと、オレもいつも通りの言葉を返す。神殿育ちの彼は役目が終わったあとはまた神殿に戻るだろうし、オレは聖者として世界を平穏に導いた彼と毎日一緒に過ごせるような立場じゃない。
「無理じゃないですよ」
そう言ったリュシエンの声にいつものような軽さがない気がして、オレはゆっくりと隣を向く。笑みを浮かべる彼の瞳が妖しく光る。
「アディさん……」
リュシエンが顔を近づけてくる。本能的に危機感を感じ取り、顔を背け話題をそらすために口を開いた。
「そ、そうだ! リュシエン、お前手紙にお礼がしたいって書いてただろ? ちょっと頼みがあるんだけど……」
本来ならばしっかり目を見て話すべきなのだが、なんとなく目を合わせづらい。
「なんですか? なんでも言ってください」
優しい声が耳に入り、変な空気が消えたと思ったオレは、またリュシエンの方を向いた。これから頼むことへの後ろめたさもあるから、目線は外したままだけど。
「その……オレが、追放、された……みたいな噂あるじゃん?」
「……はい。みんな好き勝手言ってますよね」
少しだけリュシエンの声が低くなる。自分たちは仲間を追放するようなやつだと言われたようなものだから、気を悪くするのは当然だろう。
「そのせいで、オレ、仕事にちょーっとだけ支障が出ててさ……」
本当はちょっとどころじゃない。収入の要だった護衛の仕事は町に戻ってからほとんど受けられていなくて、貯金も底をつきかけている。オレは少しだけ言い淀んで、腹をくくった。
「利用して悪いんだけど、オレが追放されてないって証明してほしいんだ! みんなと仲がいいってところをちょっとだけでも見せたら、仕事もまた受けられると思うから……頼む!」
リュシエンに向かってがばりと頭を下げる。彼の優しさにつけ込む心苦しさに支配されながらも、オレは彼の言葉を待つ。旅の仲間から抜けたのは事実だ。先ほどのお茶の件もいつもの冗談で、本当は会うのを今日で最後にしたかったのかもしれない。静寂の中、そんな考えばかりが頭に浮かんだ。
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